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第四十話(30~31の途中まで)

そうして私は沈黙を続けた。

兄は、それでもしばらくは説得を続けていたが、ついには疲れたのか去っていった。


その身体は修練のため泥で汚れ、将来を約束するようなものは何もない。

けれど、その歩みには迷いがなく、その背筋はまっすぐに伸びていた。


…まあ、途中まではちらちらとこちらの方を伺っていたので、実際には、そんなに迷いがないとは言い切れないかもしれないが。


だが、その姿は、私にはとても美しく見えた。

その手には、もう理想が書かれた紙は無い。


代わりに彼は、淡い桃色をした石のようなものをポケットから取り出しており、それを時々口に運んでいたが、なんだかその姿すら美しかったのだ。


…そんなふうに感じるなんて、私もついに『焼き』が回ったのだろうか?


まあ、あれほどの『偉業』を見せられたなら、そう感じてしまうのも、あるいは仕方がないことなのかもしれない。


あれは、【里】の近くで時折見つかるおやつのようなもので、発見したのは兄だ。


なんでも、修練や労働の後にあれをナメると疲れが取れるのだとか。


私は知っている。

あれこそが、後にこの【里】を変えることになるのだと。

そして、それは同時に……


*


膝を抱え、頭を押し付けてうずくまる。

私が道端でこんなふうに固まっているのは、ただ絶望のためだけではなかった。

それは、兄のせいでもあったのだ。


マトマトンは、私からあれ以上の言葉を引き出すことが出来なかった。

しかし、それは兄が、私に何の影響も残さなかったということを意味しない。


彼が去った後には、ただ一言の残響が残された。


それは、おとぎ話の猛毒のように、耳からするりと入り込み、脳髄から全身までをも痺れさせる。


お前は、辛くないのか?


兄が最後に残したその言葉だけが、私の胸に響き続けていたのだ。

ずっと、ずっと……


無力な私は、ただひざを抱えてうずくまる。

結局、世界を旅して積んだ知識や経験など、夢の中でさえ役に立たなかった。


それは、私が悪いからなのだろうか…?

私が、あまりにも愚かすぎるから?


ああそういえば、私は一体、誰と一緒に旅したのだったっけ……?


*


*


*


気づけば、時は恐ろしい早さで流れ去り、私はまた別の光景の中にいた。


あたりは急激に暗くなり、赤い光が、横から差し込んでくる。

日が暮れる。

夢の中でも、時間は流れるのだ。


あれから月日はまた流れ、【里】の変化はより大きなものとなっていた。

その変化は、言うまでもなく兄によるものだ。


実際の過去でも、誰かと兄の間で、先程のような対話が交わされたのか…それは分からない。


その頃の私は、母さまから一族の偉大な伝統について学ぶのに必死で、【里】のことには興味が無かったからだ。


ただ、そんな私ですら、兄が【自警団】の武力ではなく、新たな手段で【里】に豊かさをもたらしたことだけは、耳にしていた。


そうだ、兄は成し遂げたのだ。


その手段こそが、彼が先程ナメていた桃色の結晶、この【食卓界】でも五指に入るほど貴い富なのである。

それは、疲労回復や日常における刺激だけでなく、生き物が生きていくためには、欠かすことが出来ない資源。


けれど、あの人がいた異世界では、むしろ安物の代表らしい。

その重要性について話したら、大層驚かれたことをよく覚えている。


まあ、彼の故郷は島国だそうなので、その重要さが分からないのも無理はないだろう。


だが、こんな山の中では、水や蜂蜜などのわずかな甘味を除けば、至高の必需品である。


そして、もちろん美食にも、料理にもこれは欠かすことが出来ない。

【里】の周囲で見つかったものは、主に桃色だが、オレンジ色や青や黒のものもあり、色彩はバラエティに富んでいる。


世間一般では、白い姿が一番おなじみだろう。


そう、要するに、塩である。


かつて訓練中に兄が見つけたのは、岩塩の大規模な鉱脈だった。

端的に言ってしまえば、兄は、塩の交易で【里】を独立させたのだ。

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