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第三十九話(29~30の途中まで)

「【自警団】の皆や【里】の一部の者には、もう合意を取った。代官の配下にも、何人かは協力を得られる手はずが整っている。

父上たちにはまだだが…きっと分かってくれる

納得してもらえるまで説得を続けるつもりだ」


果たして、それは一体何のためなのだろうか?

反逆?復讐?自身の優位性の誇示?


違う。


兄は、マトマトンは、この場で特に優位性を得ていない。

この時点での彼は、まだまだ子供である。

どれだけ理想を語ったところで、実行力を持たないのでは説得のしようがない。


先ほどまでのように外来の理想に酔っているというのならともかく、今のマトマトンなら、そんなことはとっくに分かっているはずだ。


それなのに、なぜ彼はああも熱心なのだ?

どうしてこんなに柔らかく、こちらに微笑みかける?


それでは、まるで私が…それこそ子ども向けの本や漫画に出てくる『可愛い妹』のようではないか。

私のどこが可愛いのだ。

私は、こんなにも根性がねじ曲がっているというのに……


そんなふうに、ぐるぐると回り続ける思考をもてあます私をよそに、兄はその後もしゃべり続けた。

普段の寡黙さが嘘のようだ。

いや、これは夢であり、言ってしまえば嘘に近いものなのだろうけど。


「分かって…くれただろうか?」


兄について、その新しい側面を発見することは出来た。

まだ私には、それを十分に受け止める用意までは整ってはいないが。


それでも、ここまで熱弁を振るわせてしまったのだ。

私にも、【羊人】族の英雄を継ぐものとしての誇りぐらいはある。

その労力に報いなければ、それは嘘になってしまうだろう。


せめて、こちらの意志を、兄に告げなくては。

準備が出来てないので、かなりぶざまで不恰好になってしまうが、それについては諦めよう。

とにかく大事なのは、声をかけ、言葉を放つことだ。

後はきっとなんとかなる。


たぶん。


「ごめんなさい。お話、あんまり聞いていませんでした」

「え?」


あれ?ちょっと間違えたかな?

仕切り直し、仕切り直し。


「私は、兄さんも間違ってはいないと思います」

「そ、そうか!それなら!」

「でも、ごめんなさい」

「今からでも一緒に…え?」


「私には、兄さんのような生き方は出来ません。出来るとは思えませんし、どうしてもしたいとは思えないのです」

「え?それは、な」

「私からお話出来ることは以上です。もう一度ごめんなさい。もう黙りますね」


そして、私は黙った。

もうこれ以上、かける言葉はない。


避けられない未来、いや過去に目の前が暗くなる。


抵抗の余地はない。

なぜなら、私は、もう……


いままで頑なだった心が、氷のように溶けたというわけではない。

しこりはまだある。


けれど、それでも私は分かってしまった。

納得してしまったのだ。

兄は、正しいのかもしれない、ということを。


問題は、全て解決する、のかもしれない。


ただ、それでも解決しきれない問題は、まだ残っている。


けれど、

けれど、私はどうすれば良いのだ?

一体何が『正解』なのだろう?


何かを言うべきなのか?

だけど、何を?

兄を止めるべきなのか?

一体何の正しさを以って?

兄には兄の正しさがあり、それは【里】の皆を思ってのこと。

彼は、誰よりも【里】のことを【羊人】族のことを考え、深い思いやりと責任感から、改革を始めようとしている。

それは言ってみれば、私たちの祖先の英雄たちに匹敵する行いだ。

この現代に、英雄を蘇らせるのに等しい偉業だと言ってもいい。


私のように、ただ言われたことだけをやっている子供とは大きく違う。

彼に比べれば、私は、英雄の形をなぞっている紛い物に過ぎない。


さっきの会話で、私はそのことに気付かされてしまった。


兄は、正しいのかもしれない。

ならば、ならば…私は一体どうすれば良かったというのだ?

なにより、彼女は…母さまは、どうするべきだったのだろう?


教えられ、自分の基盤としてずっと大切にしていた血族の伝統を、その教えを裏切るべきだったのか?


それは母さまのそのまた母さまから、つまり偉大なる母祖からずっと受け継いできたものなのに?


兄は、一体どうして、この状態から立ち上がることが出来たのだろう?


これはこんなにも頼りなく、これほどまでに不安でいっぱいの状態なのに。

怖いはずなのに。

確かなものなんて、何も無いのに。


どうして…兄もあの人も、どうして前へ進むことが出来たのだろう?

あんなにも怖がっていたのに、あれほどまでにぶざまな失態を演じたのに…

どうして?

本当に、なぜ?


いくら考えても、私には、何も思いつくことが出来なかった。

一族の代表になるために、英雄を受け継ぐためにずっとずっと学んできたはずだったのに。


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