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第三十六話(27~28の途中まで)

確かに、これは夢だ。

起きているのは、あくまで架空の情景。


実際には、このとき兄とはろくに議論をすることも出来なかった

でも、それでも…いや『だからこそ』これで良い。


今の私は、これが夢だと明確に自覚している、

そうだ、それが『カギ』なのだ。

起きた事実を変えることは出来なくとも、私の夢なら、私自身の力で変えることが出来るはずだ。


そのはずだ。

そうあるべきなのだ。


だって、そうでなければ、このまま過去の再現が続けば…あの事件が、また……


思い出したくない記憶を振り払い、私は兄へ反撃の言葉をまとめあげた。

あとは、それを叩きつける隙を見つけ出すだけだ。


「な、なら分かるだろう!今こそ我々は武力を蓄えて…」


よし、ここだ。


「ですから、それが間違っていると言っているのです!兄さんがいくら武力を蓄えたところで、独立なんて絶対に出来ませんよ!」


「な、なぜだ!代官の一族は、もう伝統的な『資産』としての我らの価値に見切りをつけ始めているのだぞ!ならば、我らが自衛できる武力を身につければ、そのまま大して抵抗もなく独立が可能なはず!」


「それが甘いのです。今はもう武力――【武将】の時代ではありません。【料理人】の時代です」


「なにを今更。それがどうしたと…あ!」


頭が鈍い兄も、ここでようやく気づいたらしい。

私は、そんな兄にもよく分かるように、丁寧に解説を重ねていくことにした。


「どれだけ武力を蓄えたところで、人の心は変えられません。今や、この【食卓界】に住まう人々の心を動かせるモノはただひとつだけなのです」


「それが料理か…だが、【里】の外では、多くの種族が独立を――」

「それも結局は、料理によるものですよね?そのチラシにも、そう書いてありませんでしたか?」


ここで兄は、ハッと顔を青ざめさせた。


「た、確かに書いてあった! かつて【動物種】として扱われていた少数種族の独立には、その種族出身の料理人が重要な働きをしたと!なぜ、お前がそれを!?」


「言ったはずです。私も、少しぐらいは『外』の情報を知っているのですよ。

そして、それはある重要な真実を意味しているのです」


そう、これだ

これで、優位に立つことが出来る。

後は、驚愕のあまり隙だらけな兄の思考を、論理とさらなる情報によって誘導してやればいい。


「真実とはなんだ?教えてくれ!」


ほーら、乗ってきた。

こうなれば後はもう、『腕の中のカモ』だ。

こちらの思うように料理することが出来る。


そこで勝利を確信した私は、大きく声を張り上げて、『トドメ』となる結論を言い放った。


「私たち【羊人】には、料理ができません。

つまり、料理が全てであるこの世界では、私たちは、他の種族を納得させて自分たちの権利を勝ち取ることが出来ないのです。

それだけではありません。

【人間種】として認められないということは、すなわち【動物】として、言い換えれば【食材】として扱われるということ。

私たち【羊人】族にどれだけ武力があろうとも、野に生きる【動物】として他の【人間種】全てに狙われれば、あっという間に狩りつくされてしまうでしょう」


「な、なら何度でも追い返せば良い!」

「それが出来ないと言っているのです!」


私はそこで、兄が大事に握りしめていたシワだらけの紙片を指差した。

そして指摘する。


「その防衛に必要な物資は、どこから調達するのですか?現状でも、鎧の材料にすら困っているのでしょう?」

「そ、それは……」


兄はうなだれた。

この時点でも私よりずっと背が高い彼も、こうしているとずっと小さな子どものように見える。

いたずらを叱られて縮こまる、子どものように。


そんな彼相手に、私は、彼の教師になったつもりで追い打ちをかけていく。


「そもそも、この【羊人の里】は、代官様からの『下賜』抜きでは一年だって暮らしていくことが出来ません。だから、家畜として生きるのが最も幸福なのです。兄さまにも、もうそれが分かったでしょう?」


こうして、兄の考えの致命的な弱点を突きつける。

そうすれば、後は最後の仕上げをするだけだ。


「でも大丈夫、兄様はこれで真実に気づいたのですから、今から改心して行動を改めれば良いのです」

「行動を…改める?」

「そう、私たちの【里】の伝統に沿った、【羊人】族として正しい生き方に戻るのです。大丈夫、詳しいことは全部母さまが教えて下さいますからね」


一度は打ちのめされた彼に、今度は優しく声をかける。

これで『調理完了』だ。


【北風】の次は【太陽】

【異世界】からの【転移者】がもたらしたという胡散臭い出自の説話ではあるが、こういうときには十分役に立つ。

これこそが、伝統が、私たちが守り続けてきた古くからの生き方が正しいという証拠だろう。

それになにより、これは母さまと同じやり方だ。


母さまが間違っているはずがない。


私は、そんな思いを胸に、目の前でうなだれる『反逆者』に語りかけた。

新しい生き方などなんの意味もない、と証明するために。

母様のように。


だから、これで上手くいくはずだ。

そう、私は確信していた。

けれど…






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