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第三十五話(26~27の途中まで)

私の【心臓】の家系では、『食材』となる女性たちだけが尊ばれる。

男性には、家系を維持しを守るという役割しか与えられず、同じ家族でも、そこには主従関係に近いほどの格差があった。


それにそもそも、私は、兄を含めた他の家族とは、めったに会うことがない。


【心臓】の娘は、『食材』としての質を保つために、【里】の人びとからは隔離されて育てられるからだ。


この時のように、兄との偶発的な『遭遇』があったのは、彼が定められたルートを外れてぶらついていたためでしかない。


これは、あくまで例外的な事態なのだ。


【心臓】の娘は、いつの日にか訪れるはずの『献上』の日のため、病気やケガなどをしないように大切に守られ、育てられる。

それが、【羊人】の一族が、英雄である【心臓】の娘に果たすべき当然の義務だ。


そして、それに対していつの日か立派な『食材』となって恩返しをすることが、その娘である私に課せられた義務である。


私はその尊い伝統を、教育係でもある母からくり返し教わっていた。


同じ教育こそ受けてはいないけれど、兄も当然そのことは熟知していた…そのはずだったのに!


なのに、兄からは期待したような謝罪の言葉は得られなかった。

返ってきたのは……


「ボク……いや、わ、我は、【自警団】で訓練を…里のために…」

「あんなものがなんになるのですか!武器は代官様のお下がり、防具も古着を縫い合わせたありあわせ。何より、実際に戦った経験だって無いじゃないですか!」


こんな、要領を得ない自己弁護だけだ。


ここで話に出た【自警団】とは、私たちという『財産』を持つ代官が、それを護る費用や手間を惜しんだために創設されたものだ。


最年長の羊を使って羊の群れを操るように、『家畜』をもって『家畜』を育成させる。


要するに、ソレは単なる下請け組織であり、今さっき批判したように、実態があるものではなかった。


そもそも、この【里】は、自然の要害にあり、険しい山脈で守られている。

たとえ十分な戦力があったところで、はたしてこんな平和な里で戦う機会があるのかは、怪しいものだ。


【自警団】などといったところで、それは、単に雑用をこなす村の労働力の呼称でしか無かったのだ。

そう、この時点、私が幼い頃には、まだ――


「お、お前には分からない。まだ子供だから、な」

「なにが『子供だから』ですか!」

「こ、この【里】もまだ子供だ。世界では、今大きな変化が起きている。


確かに今は、我たちはまだ『家畜』だ。だ、だが、やがて知性ある存在がみんな自由になる時代が必ずやってくる!必ず、必ずだ!」


兄は、語気と共に強まる眼差しでこちらを睨んで来た。

それに対して、私は静かに問いかける。


「誰にそんなことを吹き込まれたのですか?」

「こ、これは我自身の…」


「いいえ。兄さんが自分でそんなことを思いつけるはずがありません。

兄さんは、私と同じくらいの田舎者なのですから。

それのせいですか?

兄さんがさっきから握りしめているその汚らしい紙切れの?」


「ぐ、こ、これは…その…」


そう、このとき、兄はずっと古びた紙切れを握りしめていたのだ。

右手に持つ棍棒より、遥かにしっかりと。

なによりも大事そうに。


後になって分かったことなのだが、それは、荷物の緩衝材として使われていた古雑誌の断片だった。


【羊人の里】は、確かに隠れ里ではあるが、物資の流通が無いわけではない。

【羊人】族が、食うや食わずの移動生活を行っていたはるか昔の時代ならともかく、文明的な定住生活は何かと物入りだ。


この里では、牧畜や採集で賄うことが出来ないモノは、基本的に代官の部下からの『下賜』によってまかなうことになっている。

しかし、それは手間がかかるし、それだけではどうしてもまかないきれない物資もあったりするのだ。


そういった物資は、代官の厳重な審査を経たごくわずかな行商人さんや、食材採取の専門家である【採取人】さんたちによって供給されていた。


とはいえ、実のところその審査というのも、わりといい加減なものではあったのだ。


なにしろ、そうした制限の第一の目的は、私たち『貴重な食材』を外に連れ出されないことである。

つまり、『出る』方は厳しくても『入って』くる方はどうしても監視の目がゆるくなるのだ。


こうして、梱包材という形で外界の情報が【里】の内部に入り込んだことが、その良い証拠であろう。


兄は、外界の思想に汚染されていたのだ。


「兄さんは、裏切り者です」


私は、断言した。

それによって、みるみる目の前の大男の顔が青くなっていくのを確認しながらも、更に追い撃ちをかける。


「『自由』?顔も知らない他人からそそのかされて手に入れる『自由』とは、なんなのですか?

それに、武力を蓄えれば『独立』出来るなんて考え、甘すぎます!私だって、兄さんが手に入れた程度のことならもう知っていますよ!

あまりお会いしませんが、最近では、父様もさり気なくそういった『外』の情報を教えて下さいますし」


そう、『外』の影響を受けていたのは、兄だけではなかった。

おそらく、この時点でもうすでに、【里】の大半にこの『独立思想』は浸透していたのだろう。


そのことが何を意味していたのか……


その事実からどうしても湧き上がってしまう思いを押し殺して、私は次に述べるべき言葉を考える。


兄が衝撃から立ち直らないうちに、畳み掛けなければならない。




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