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第三十四話(25~26の途中まで)

たしかに、【羊人】族の隠れ里には、代々、代官の家系が品質チェックに訪れてはいた。

彼らには、かつての主君の『財産』を横取りする勇気も、下手なところに『横流し』をして、大損するリスクを背負う覚悟も無かったからだ。


そのため、代官たちは、慎重さや『冷静な思考』という美名のもとに、ただ惰性的な歴史を積み重ねるだけに留まっていた。

彼らにとって、私たちの【心臓】は、祖先から受け継がれる美術品の食器などと共に、家財台帳の項目を埋めるだけの存在でしかなかったのだ。


そして、かつては重要な政治的アクションのための手段であった行為は、やがて家の格式を誇示するための伝統となり、その伝統は単なる風習へ、そして風習は惰性となって、本来持っていた意味を失っていった。


だが、実際のところ、食品サンプルのように不変だったのは、彼らだけであったのだ。


そんな地方の片隅を置き去りにして、時代は流れ、世界は大きく変化を遂げていたのだ。


この世界における力とは美食であり、それは国においても変わらない。


世界を一度統一した『帝国』が滅びた後、各地の領主たち、そして新興の大統領や議長たちは、覇を競うため、領地を代表する特産物の輸出ルートを各地に広げていった。


同時に、彼らは、他の権力者たちに対して優位に立つため、料理人の地位をさらに引き上げたのだ。


より優れた料理人を選抜するため、たくさんの料理大会が行われ、優れた料理の腕が立つ者が多く取り立てられていった。

料理の腕だけで立身出世が出来る時代、【料理人の時代】の始まりである。


しかも、そうした時勢は、重大な副産物をもたらした。

【動物種】だった種族の【人間種】への『昇格』だ。


もう固定されたかと思われた【動物種】と【人間種】の違いも、権力欲や国際競走、そして何より美食のもたらす誘惑には敵わなかったらしい。


【動物種】たちの中でも料理が可能な者たちは、次々と出世して、政治の中枢に入り込み、果ては国の代表ともなる者さえ現れ始めた。


そしてそれらの料理人たちは、そうやって得た権利を己の種族全体に広げさせ、更には国際条約でそれを確固たるものにせんと活動するようになっていったのだ。


そしてやがて、そういった時代の変化の噂は、輸出された特産物と共に世界各地へと広がっていった。

そう、私たちの隠れ里のような辺境にさえ……


ここで私は、一息をついた。


しばらく歴史などを振り返ってはみたが、ここまで来れば、もう流石に気づく。

これは夢だ。


私はもう小さくはないし、故郷の隠れ里を旅立った後だ。

眠りに落ちる前、私が何をしていたのか。

それだけはどうしても思い出せないが……まあ、今は目の前のことを確かめたい。


なぜなら、私のすぐ近くに兄がいるからだ。

もう私に近づかなくなっていた兄のマトマトン、あの卑怯者の臆病者が。


あの兄が、自信ありげに歩いているということは、これは間違いなく夢なのだ。

だって、あんな姿、たった一度しか見たことがない。

つまり、これはちょうどあの事件の直前なのだ。


ほら、あんなにも呑気に歩いている。

これから何が起きるのかも知らないで…!


どうせ夢だ。

せっかくだから、言いたい放題言ってやる!


そうして私は、小走りで兄の前に立ちはだかった。


それに驚いたのか、馴染んだ小道をのそのそと歩いていた【羊人】の男は、どんぐり眼をぱちくりとまばたかせて、それこそ食品サンプルのように硬直する。


男は、大きかった。


ただ背や体格が大きいだけではない。

日々積み重ねたくだらないトレーニングや、肉体強化のために計算された食事によって、その全身は、はちきれんばかりの筋肉で覆われている。


さらに、それを覆うのは分厚い布で作られた鎧であり、巨大な角は最高級の兜と言っても通用しそうなほどの迫力を持っていた。

その上、手には大きな棍棒すら握られているのだ。


温厚で平和を好む、もっと言えば臆病な【羊人】族にはあるまじき、戦闘に特化したいかつい容姿。


これが、私の兄、マトマトンである。


それに対して、私の身体は小さいままだ。

これは、昔を再現した夢なのだから。


だが、そんなことは構うものか。

精一杯背筋を伸ばして、相手を睨みつける。


「兄さん、兄さんは、恥知らずですね。

あなたのせいで、私たち【羊人】の伝統は壊されてしまったのですよ!

あなたの下らない独立活動とやらのせいで、長い年月に渡って守られてきた大切なものが壊されてしまったのです!

そのことがお分かりにならないのですか?」


私は、兄に食って掛かった。


それでも言葉遣いが丁寧なのは、私が母からしっかりと教育を受けているためだ。

一族の伝統を守る立場にある私たち母娘は、男子である兄たちとは違うのだ。



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