第三十三話(24~25の途中まで)
長くなったが、それがつまり、現在の世界の始まりである。
そうやって、多くの種族が【食材】の運命から逃れ、あるいはそのまま食べつくされて滅んでいったのだが……もちろん、そうはならなかった者たちもいる。
その例外、それこそが私たち、【羊人】族の祖先なのだ。
【羊人】族は、はっきり言ってとても弱い種族だった。
私たちだって、他の種族と言葉を交わすことが出来るし、料理だってそれなりに作ることは出来る。
あいにく、他の種族とは好みがわりと違うので、【料理人】としての成功や栄達を望むことは出来ないのだが。
まあ、それは些細な欠点に過ぎない。
それでも【羊人】族は、非常に弱い。
私たちは、もともと数が少なく、あまり子どもを産まない。
そしてその気性は基本的に穏やかで、争いにもあまり向いてはいない。
それだけでも戦乱の世を生き抜くにはだいぶ不利だが、私たちには、さらに致命的な『弱点』が存在したのだ。
それこそが、例の【心臓】なのだ。
私たちの【心臓】の肉は、非常に美味い。
基本的には、他の【人間種】以上、他の【動物種】未満といったところなのだが、【心臓】は例外だ。
ある特定の一族、その娘の【心臓】だけが最高級の食材として位置づけられ、非常に珍重されているのである。
それこそが、伝説の食材【羊少女の心臓】
【羊人】族が、【食材】と位置づけられるようになった理由であり、また隠れ里に住むことになった理由でもある。
ただ、幸いにも、私たちが『発見された』のは、戦乱の時代の終わりだった。
その頃には、人々はそこまで飢えておらず、またそれぞれの一族の地位や権威を確立することにも必死だった。
また折しも、牧畜や養殖の技術が競われる時代に差し掛かっていたということもある。
そのため、『保護者』たちは、私たちを食い尽くすことより、『保護』し、政治の道具として活用することを選んだのだ。
そして【羊人】たちは、いずれ一族ごとより地位のある領主などに『献上』される。
そういう手はずとなった。
だが…そうはならなかった。
そうなっていたら、全てが変わっていただろう。
しかし結局、そんな日は訪れなかったのだ。
その理由は実にシンプルだった。
優柔不断である。
【羊少女の心臓】は、あまりに美味であり、その評判は独り歩きしてさまざまな書物にも載った。
人々は、それを求めて互いに争いあった。
そのため、『保護者』たちは、自分たちの利益のため『一番高く売れる頃合い』を見計ろうとした。
そしてそのまま……その機会を永久に見失ってしまったのである。
私たちの世界に『肉を隠して土に返す』という、そのまんまなことわざがあるのだが、まさにその通りのことが起きたのだ。
ただ、【羊人】は、そのまま土に返りはしなかった。
私たちの一族は、永い歴史を生き抜き、その命脈を保っていったのだ。
ただ、少しずつ腐ってはいったのかもしれない。
そう、少しずつ、ほんの少しずつ……
※
私たちが、『献上』されるはずだったのは、初めて世界を統一した『古代大帝国』だった。
帝国は、美食を産出すると認めたあらゆる地域を首都のための食料庫と成し、特産物が認められなかったそれ以外の地域は、食材運搬のための線路や各種物資の工場に変えた。
【食卓界】とこの世界が呼ばれ出したのも、ちょうどこの頃であったと言われている。
だが、帝国は『献上』の直前に滅んだ。
世界中の美食を独占しようとした帝国の行為は、全世界からの反発を招き、それがそのまま、同時多発的な大内乱の発生を生んだのだ。
そして、私たち権利を主張することが出来た領主の家系すらも、帝国が滅びる際に発生した争乱の中で滅びていった。
けれど、領主は滅びても、忠実な代官は残された。
役割を受け継ぐ者が現れたため、『献上』先が無くなっても、私たちの立場は変わらなかったのだ。
ただ、それは【羊人】族にとって悪いことでなかった。
私たちは、とても弱い種族だからだ。
弱肉強食の世の中で、弱いだけの種族は単独ではとても生き抜いていくことは出来ない。
そのため、たとえそれが『食材』としてのものであっても、強者からの庇護を受けることは、一族にとっての幸福であった。
そして、その庇護を得るため、一族のために文字通りその身を捧げる【心臓】の家系は、最高の名誉に値する勇者であるとされた。
つまり、【羊人】族にとって私の家系は勇者であり、その献身を、永きに渡って讃えられてきたのだ。
……そう、永きに渡って。
だけど、時代は変わった。
変わってしまった。




