第三話(2の途中まで)
「じゃ、邪苦!?」
八助たちは、謎の人物の妙な名乗りに驚いただけだが、それにさらに激しいリアクションを返した者もいた。
「神を食っただと!?そんなバカな!お前に顕れて(あらわれて)いるのは伝説の邪神【ペレケテンヌル】の特徴!貴様はかの邪神に取り憑かれて妄想にふけっているだけだ!」
【コルセスカ】を奪われた料理人、”包丁王"ブラーサームである。
彼は、その激しい否定の言葉とともに、憎々しげに邪苦を睨みつけた。
「本当だよ。私は神に取り込まれたのではない。逆に神を取り込んだのだ。まあ、マズい神だったが調理器具としてはそれなりに使えるのでな」
「なんと冒涜的な!」
謎の料理人邪苦のために、その場はあっという間に厳しい雰囲気となった。
異世界人であるため、その空気についていけなかった八助は、こっそり相方のラムに尋ねる。
「なあ、神を食うってそんなに凄いことなのか?というか、【ペレケテンヌル】ってなんだ?」
「ええと、神様というのは、ヒトとは比べようがないほど強大な存在なのです。だから、ヒトが神を取り込むなんて、不可能なはずなのです。それから、【ペレケテンヌル】は悪いことばかりしている神様ですね。小さい頃はよく『早く寝ないとペレケテンヌルが来て、マズいジャンク肉に変えられてしまうよ』と言われたものです」
怖がるのがそこなのか、など多少引っかかりは覚えたものの、八助は自分なりに事態を受け止められたようだ。
「なるほどな。まあ、本当かどうかは、これからのアイツを観察して確かめれば良いか。」
そうこうしているうちにも、事態はまた急激に動き出していた。
「返せ!それは試練を正当に乗り越えた私のものだ!」
そう主張するブラーサームに
「そうか。なら使ってみるが良い。食材の調達を他人任せにしているお前に、これが使いこなせるならばな」
と邪苦が、ぽいっと【コルセスカ】を投げ渡したのだ。
「な、この”包丁王”をナメるか!」
眉間にシワを寄せ、憤怒に満ちたブラーサームは、受け取った氷晶の包丁を振りかざして宣言した。
「そこにいろ!すぐに、貴様が今まで見たこともないような最高の包丁技を見せてやる!」
そしてなんと、ブラーサームは、試練のためにたった今作ったばかりの【ブルーダイヤモンド・マカジキ】の刺し身を海中に投じ始めたのだ。
「な、なにをなさるのだ”包丁王”殿!おやめくだされ!」
動揺する悪徳商人。
「黙ってみていろ!」
そんな雇い主を無視して、ブラーサームは海を注視し続けた。
すると……なんと、海中から巨大な影が現れ、宙へと飛び上がったのだ!
「あ、アレは!」
「あれは船が転覆した時の!」
そう、それこそこの北辺海をナワバリとする海の魔獣、【アイスクラッシュ・オルカ】であった!
「キエーーー!!」
すかさず空中に身を躍らせ、包丁を振り抜くブラーサーム。
その斬撃は、一条の蒼い流星となり、狙い違わず【オルカ】を貫いたのだ!
「や、やった…」
閃光から少し遅れ、ブラーサームのそばに設置されたまな板に奇妙な雨が振り始めた。
それは、解体された【オルカ】の肉片。
切り裂かれ、宝石のような光を放つソレこそ、北辺海で恐れられる魔獣の活け造りであった。
「すごい…」
「あれが”包丁王”の実力…なるほど、自慢するだけのことはあるということか」
ブラーサームの見せた技の冴えに、ただ感心するだけの八助たち。
「やりましたな、ブラーサーム殿。いやあ私も鼻が高い。これなら、これからの我々のビジネスも・・・」
すかさずブラーサームにすり寄る商人。
だが…
「ぐ、ぐぅぅ…」
たった今、華麗な技を見せ成功を収めたはずの”包丁王”の様子は、異常であった。
彼は、うめき声をあげ、その右腕を押さえていたのだ。
「どうしましたブラーサーム殿!こ、これは…!」
その場に集った者たちは、すぐにその異常の正体を知ることになる。
都でも名高い料理人”包丁王”ブラーサーム。
たった今伝説の包丁を扱ったばかりの彼の右腕は…凍りつき、手首から先が砕け散っていたのだ!
「な、なぜだ…なぜこんなことに…!」
腕を失った”包丁王”の慟哭が、北辺海の氷山にこだました。