第二十四話(17~18の途中まで)
「夢は必要ない、と言う訳ですか。貴方の理念は分かりました。では…」
そこで、氷の少女は重ねて問いかける。
「具体的な手段についてお聞きしましょう。…はっきり言って、国際的な力や対話で、あの邪苦がどうにかなるとでも?」
それに対しても。少年は胸を張って自信ありげに返答した。
「もちろん思ってはいないさ。ただ、俺にだって少しは考えていることぐらいあるんだぜ!」
「勝算はあるのですか?」
「そこはまあ、やってみないと分からない。だけど…まあ、見守ってくれないか?少しでもそうしてくれるなら、きっと大丈夫だって思うんだ。ちょうど、今みたいに」
「…ああ、そちらも気づいていたのですね。そうですね、そういうことなのかもしれません」
「実際に聞いてみないと、わからないけどな」
対象が不明瞭な対話で分かりあった少女は、ため息を一つつくと、なにか深く納得をしたようであった。
「分かりました。それが、貴方にとっての責任の取り方というわけなのですね。」
「ああ、俺は俺流でこれからもやっていくよ」
「では、今から貴方との同調を解除して、加速を戻します。」
合意はなされた。
加速した短い時間の中の、長い問答もこれで終わる。
だが、そこで少年は、更に呼びかけた。
「ああ、そうだ。あと少しだけ良いか?」
「何か言いたいことでも?もう本当に時間はありません。貴方はすぐにまた、あの"神を喰った料理人"と対面しなければならなくなるのですよ」
「なに、すぐ済むよ」
そして、少年は、不満げな包丁の少女に向けて、少しだけ言葉を述べたのであった。
*
この時、包丁の少女【コルセスカ】は、少年の言葉に対して、密かに警戒していた。
それは、彼女が少年に、いきなり【試練】を仕掛けていたためだ。
改めて振り返れば、その内容は、拉致、監禁、加えて脅迫と暴行未遂と犯罪行為のオンパレードである。
当然、文句を言われるに違いないと思っていた。
だが、彼から返ってきたのは、意外な言葉であった。
「ありがとう」
「なっ!?」
驚愕する包丁少女。
それに構わず、異世界人の少年はさらに言葉を続けた。
「コルセスカ、アンタにもずいぶんと助けてもらった。アンタの試練が無かったら、俺は立ち上がることは出来なかったよ。アンタが出してくれたあの【鏡】のおかげで、俺は、今までの旅を思い出して自信を取り戻すことは出来たんだ」
「私を…恨みに思っているのではないのですか?なんの不満もないと?」
「いいや。そういうのは特に無いよ。…あ、不満というか、ちょっとしたお願いだったら、一つだけ無いこともないけど」
「お願い?なんですか?」
怪訝そうな表情を浮かべる少女に対して、八助はまたもやさらりと答えた。
「遊びたいんだったら、こんどは【鏡の刃】なんて物騒なモンはやめてくれ。手が空いてたら、きちんと話ぐらい聞くから」
「わ、私が『遊びたい』なんて、そんな!?」
驚愕する包丁の少女。
「そうじゃないのか?さっきの【試練】の実力から見て、俺が邪苦にかなうはずもないのは明らかだし、アンタは嫌がらせをして喜ぶタマでもない。となると、わざわざ人に話しかける理由なんて、それぐらいしかないだろ?」
「そ、そうだったのでしょうか……何百年もこの【島】で【試練】の達成者を待ち続けた、真面目だけが取り柄だったはずの私が……そんな、『遊びたい』なんて理由で『試練』を悪用するなんて…」
まさに、彼女はあまりに真面目すぎた。
【氷晶包丁コルセスカ】は、ある意味【試練】という義務のために作られ、そのためだけに『生きて』きた。
義務を果たし、伝説の料理道具としての役割を遂行することだけを考えていた【コルセスカ】にとって、『遊びたい』などという欲望の存在は、自分の中にあってはならないものだったのだ。
だから、そんな『間違い』(エラー)の存在を指摘されることは、なによりも許せない…彼女の逆鱗に触れるような、そんな邪悪な行為のはずである。
包丁の少女が、自分自身の『自己像』(アイデンティティ)を守ろうとするならば、そんな言葉は絶対に否定しなければならない。
だって、彼女には、それしか無いのだから。
それがなければ、何も残らない。
『遊びたい』なんてちっぽけで俗な欲望は、尊い義務の前では『塵芥』(ごみ)に等しい。
そう、そのはずなのに……
「それがなくても、アンタなら色んな人とつながっていけるし、たくさんの遊びができる。色んな人に会ってきた俺が、それを保証するよ」
「八助さん……貴方が、スパイスなどの他の『試練』を受けることが出来た。期待を託された理由が、なんとなく分かりましたよ」
それなのに、そんな『塵芥』(ごみ)のはずの言葉が、なぜか【コルセスカ】には、心地よかったのだ。
何か、今までなくしていた大切な落とし物を見つけてもらったような、そんな温かな思いを彼女は抱いていた。
とはいえ、もう時間は残り少ない。
少女が感慨に浸っている間に、少年は、早々に話題を切り替えていた。
「っと、時間がないというのに長々と話しすぎたな」
少年は、そうして立ち上がった。




