第二十一話(15の途中まで)
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と、そのように少女が格好良くポーズとか決めてセリフを語っている時も、異世界人の少年、橋本八助はただ黙り込んでいた。
もちろん、突然口が聞けなくなったわけではない。
怖気づいたのか?
むろん、それもある。
自分をあざけったり、一種の自己憐憫に浸っているのか?
それもないとは言えない。
だが、少年が黙り込んでいた最大の理由は、そこには無かった。
その時、彼が唐突に黙り込んだ理由は、【羊少女】ラムの身の安全でも、自分の
それは、あまりにも些細な、なんということもないこと。
橋本八助は、その時思ったのだ。
それは――――
(なんだ?この感じ)
(腰のあたりに、なんだかつっかえるような感じがある。何かにぶつかったのか?)
自分の体に生じた、ひとつの奇妙な感覚についてだった。
だが、八助たちがいるのは、寒風吹きすさぶ北の海の小島、【北辺島】の吹きさらしの海岸である。
だからここには、何一つとして、彼の体が引っかかるものなど無いはずなのだが……?
その正体を確かめるべく振り向いた彼は、ある事実に気づく。
(お、こ、これは……!)
そして、彼は
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「さあ、早く決めて下さい。さあ、さあ!」
「……」
「さあ、さあ、さあさあさあさあ!」
「俺は…俺は…」
執拗に勧誘を続ける包丁の少女。
それに対して、少年は相変わらずうなだれたまま、眼の前の【氷の鏡】、【地球】時代の自分の過去の映像を眺めているだけであった。
そこには、八助の先輩や上司らしき者が映り、音の無い世界でなにやら怒鳴り、叫んでいる。
決して変わらぬ過去の映像、干渉できない悪夢のまぼろし。
黙り込んで、魅入られたかのようにそれを見つめる少年。
そして、彼は……
「やっぱ良いや」
そう言ったかと思うと、その彼は、眼の前の先輩の映像を軽く触れ、そのまま押した。
そうやって力を込めれば、当然、【鏡】は動く。
傾く先輩。
ブレる先輩。
後退する上司。
映像の先輩は、【鏡】の中で大きく口を開けたまま、ゆらぎ、ズレ、さらに……
激突した。
キャンプファイアーの踊りのごとく規則正しく並んでいた【氷の鏡】の動きがズレるということは、当然他の鏡との"足並み"が乱れるということだ。
【鏡】と【鏡】、ガラスのような硬質の物体同士が激突!
まるでドアチャイムか風鈴のような涼やかな音が、辺りに響き渡った!
それだけではない。
激突は、連鎖する。
ぶつかった"刃"は、また隣の"刃"とぶつかり、またその"刃"が……と、一つの動きが連なる波となり、一瞬の内に全てを変えていった。
気づけば、"回転する刃"は、もうどこにも無かった。
【鏡】も無く、当然それまで映し出されていた"過去"も消えている。
後に残されたのは、静寂だけ。
少年のただの一押しによって、全てが一瞬で消え去り、【北辺島】の海岸の光景は、一変していた。
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「な…な…」
「"【コルセスカ】の刃は、角度を変えれば安全"というのは、さっき見たばかりだからな。俺程度でも、これぐらいのことは出来るよ」
言葉が出てこないらしい氷の少女に対し、八助は淡々と言葉を投げかけた。
「な…ななな」
「壊しちまってマズかったか?でもアレ結局はただの氷だろ?また試練のたびに作り直せば良いだけだよな?」
不安になったのか、少女に近づき、その顔を覗き込む異世界人の少年。
だが、その選択は、またもや良くない結果を産むことになる。
なぜなら、次の瞬間……
「なんてことをしてくれたのですかー!
【北辺島】に、少女の大音声が響き渡ったからだ。
音を増幅する拡声器などが珍しい世界とは思えない、凄まじい爆音。
とはいえ、加速状態にある彼女の声は変質しているため、その被害を受けた人間はほとんど存在しなかった。
その爆音が直撃したのは、ごくごく限られた不幸な人間に過ぎなかったのが、もっけの幸いと言えるだろう。
例えば……そう、ちょうど、この時に彼女の顔を覗き込んでいた少年とか。
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そういったわけで、ふたたび耳を抑えてのけぞるハメになった八助であった。




