第二十話(14~15の頭まで)
「では、これはどうなんです……?」
「うっ…そ、それは……」
その時氷の少女が示したのは、新たなる一枚の"鏡"だった。
他の鏡とまったく同じ形の鏡、映っている映像が少年の過去であることも同じ。
ただ、その内容だけが、他の鏡とはわずかに違っていた。
それは、少年の【地球】時代の過去を映し出した鏡であった。
それが映すのは、彼の料理学校時代の情景であり、そこに立つ無気力な背中の正体は……
その映像を前に、包丁の少女は淡々と語った。
「貴方は、無理やりこの異世界に連れて来られたとそう思っている。今も、元の世界に帰ることが自分の基本方針であり、この世界を旅しているのは、あくまでラムさんの夢に付き合うという義理があるから仕方ない、と」
「あ、ああ…」
「でも、違いますね」
「お前に……何が分かるんだよ」
少女の発言を受け、少年は、しゃがみこんだ体勢のまま、うめき声のような返答を返す。
それに対して、少女は
「分かりますよ」
くるりと回転して、少年に向き直った。
少女の顔が、少年に肉薄する。
「なぜなら、貴方はこの世界で十分に楽しんでいますから」
続けて確認する。
「苦痛なだけの元の世界の現実から、貴方は逃げてきた。そうでしょう?」
「それは…それは……」
そんなうめきと共に、異世界人の少年は、凍りつくように動きを止めた。
そんな姿を見て暗い愉悦に浸りながら、氷の少女はさらに問いを繰り出す。
「ラムさんの"夢"にしても、彼女が他の誰かに調理されてしまって、本当に構わないのですか?貴方は、彼女のことを大切に思っていはいないのですか?」
「俺は……」
それは、異世界人の少年ををなぶるように、
「彼女のことを守り抜くにしても、あるいは彼女の"夢"をあなた自身の手で叶えてあげるにしても…どちらにせよ、それを成すには力が必要です。この世界で通用する力、料理人としての力が」
次から次へと、
「先程の一件で分かったでしょう?いくらこちらに来てから特訓を受けたと言っても、貴方の腕前はまだまだ未熟ですし、この世界はとても過酷です」
言葉を繰り出す。
「貴方に、先程の"神を食った料理人"以上の絶技を振るうことが出来るのですか?そして、片腕を落とした"包丁王"さんの二の舞を演じない自信はあるのですか?」
「それは……」
そうした言葉の一つ一つが少年に突き刺さり、確実にダメージを与えていことを確認し、
「貴方は、力を得るしか無いのです」
少女は、断言する。
そして誘った。
「さあ、見せて下さい。私に、貴方の決意と覚悟を……料理人として料理に全てを捧げるというシルシを見せ、見事この私を……【氷晶包丁コルセスカ】をその手で掴み取って下さい」
その氷面の"縁"、映像の端は、触れただけで切り裂かれるような鋭利な断面を見せていた。
その"刃"の鏡が、ゆっくりと、ゆっくりと少年に近づいてくる。
そして、その前で、氷の少女は少年に手を差し伸べていた。
窮地に現われた救世主のように、あるいは……悪魔や魔女のように。
そうして、そうして追い詰められた少年は……
思わず腰が引け後ずさろうとしたが、何かにつまづいたのか、変な風にその動きは急に止まった。
絶体絶命。
その姿は、追い詰められた小動物のようであった。
ネズミかあるいはリスか、いずれにせよ、彼にはもう逃げ場はない。
そして、それを追い詰めた方である包丁の少女は、まさに童話に出てくる猫のように、満足げな笑みを浮かべていた。
「さあ、どうするのです?」
「俺は……」
「決意を示すなら、早くしてください。今の貴方は、一時的に私と同調することでこの【高速調理時間】(ラディカル・クッキング・タイム)に入れているだけ、いわばお試し期間です。
私と本契約を交わすことが出来なければ、加速した時間についていくことが出来ず、貴方はなんの武器もないままに、あの邪苦との真剣勝負の場に引き戻されますよ」
「……!」
「さあ、貴方の腕前を私に見せて下さい。そして、宣言して下さい『俺はラムのためにあらゆる敵に勝つ最強の料理人になる』と。
食材を捕らえ、勝ち取り、競い合う、それこそがこの世界で貴方に用意された運命。元の世界での敗北という負債を取り返す、ただ一つの手段です」
そして少女は、少年に手を差し伸べ、告げた。
「この手を取りなさい。そして、華麗なる【料理闘争】(クッキング・ウォー)の覇者を目指すのです!」
【北辺島】に、一陣の風が吹いた。
それは、結晶化して降り続く雪を宝石のようにきらめかせ、変化の訪れを告げていたのだった。




