第十八話(12~13の途中まで)
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「で、お嬢ちゃん、何か用か?」
「お嬢ちゃんではありません!アナタ、失礼な人ですね!」
数分後。
八助は、声の主と向かい合っていた。
いま彼は、両手で耳を抑えながら、かがみ込んで話しかけている。
そうしないと、相手と視線が合わないからだ。
突然、八助に話しかけてきたのは、ひとりの小さな少女であった。
年齢は、小学生くらいだろうか…?
少女の背はかなり低く、そのため、すぐにその姿を捉えることは出来なかったのだ。
もちろん、こんな絶海の孤島に、これほど幼い少女がいるのは明らかにおかしい。
【食卓界】は、色々と地球の常識から外れた異世界ではあるが、そこで起きることは基本的に物理法則に則っている。
少女が唐突に、天から降ったり、地から湧いて出てきたりするはずがないのだ。
となると、少女の出現についての最も合理的な説明は……
(追い詰められた俺に、ついに幻覚が見えてきた……というのが一番妥当ではあるが、おそらくコレは違う。幻覚にしては妙な安定感があるし、俺が見る幻にしては馴染みがなさすぎる)
地球時代に、性悪な先輩に色々と酷い目に合わされた八助は悟っていた。
これは、幻覚などではない。
「ちょっとアナタ、聞いてるんですか!」
怒りのあまり、ぴょんぴょんと跳ねる少女のポニーテールを見つめた八助は、自分の推測が正しいことを実感した。
少女が跳ねるたびに、いつの間にか空間を漂っていた『光る粒』が、きらきらと光を放ちながら砕けて……いや、よく見ると『斬れて』いる。
この少女は、幻覚にしては、妙に現実感がありすぎる。
それに、こんな光景、たとえ幻覚にしても、自分なんかの脳が創り出すものだろうか?
となると、もう一つ立てられる予測としては……。
(ちょっと、カマをかけてみるか)
「ねえ、あの…聞いてますよね?もしかして、傷、痛みますか?脳まで斬れちゃったとか?」
黙り込んだままの八助に、不安になってきたらしい少女。
なにやら物騒なことを語っているが、それはいったん置いておくことにする。
少女に、語りかけてみる。
「伝説の【氷晶包丁コルセスカ】ってのは、試練の期間になると誰にでも話しかけるのか?」
「え?いいえ、誰にでもというわけではありませんね。私と調律出来るのは、ごくごく限られた人間だけなので、実は試練の期間が来ても、誰とも話せないことのほうが多いのですよ」
「なるほど、それでヒマを持て余して、俺に話しかけてきたというわけか」
「いや別にそれだけと言うわけではありませんが……あ」
そういうことであった。
「さて、ではもう一度聞こうか」
謎を一つ解明した異世界人の少年・橋本八助は、目の前のポニーテールの少女に問いかけた。
さらなる謎を解き明かすために。
「【コルセスカ】、アンタが俺に話しかけてきたのは、俺にアンタを使う資格があるってことなのか?」
「それはどうでしょうね。アナタは、どう思いますか?」
「え?」
問い返された八助は、予想外の返答に、またとまどう。
先程の強気から一転、急に受け身になった少年に、包丁少女はさらなる追撃をかける。
「【羊少女】を護るため、アナタが力を必要としているというのは分かります。ですが……」
そこで少女は、何かを押し留めるかのようにいったん口を閉じ、八助を真っ直ぐに見た。
その透明な瞳に、異世界人の少年の姿が映し出される。
「アナタは、本当にソレを望んでいるのですか?大切な モノのために、犠牲を払って危険で苦しい試練を受ける。それが、アナタの本当の望みなのですか?」
「それは……」
口ごもる八助。
「どうなのですか?」
少女は問い詰める。
「確かに、貴方があの羊少女を守る理由があるという話には、筋道が通っています。恩を受けた、だから返す。実に明快です。ですが、理由と意欲とは、また別の話です」
少女は語る。
「私が長い年月の中で見てきたところ、人間は、二種類に分けられます」
「料理が上手い人間か上手くない人間か、だろ?」
「いいえ違います。自分中心で物事を考える人間か、他人中心で物事を考える人間か、です。そして、アナタはその前者」
「……なんで、そんなことが分かるんだよ」
軽口を叩こうとした異世界人の少年は、少女の冷徹な言葉の前に、急に不機嫌になった。
だが、少女はそこへ更に追撃をかける。
「分かるのです。なぜなら……」
そして少女は、指揮者のように大きく手を振った。
同時に、奇怪な音があたりに響く。
なにかがうなるような、強くこすれるような、そんな音だ。
次の瞬間、唐突な変化があった。
八助の目に映る光景が、文字通りまたたく間に変化したのだ。




