第百五十二話 マック・ドーの不運②(その2の57~58の途中まで)
最初の事件は、オレ様の婚約から始まった。
別に解消したわけじゃあない。
むしろ逆だ。
「結婚、ですか?」
親父から持ち出されたそれは、突然の話だった。
だが、オレ様にとって全くの予想外というわけでもなかったし、即答で同意出来る件でもあった。
もちろん、オレ様もまだギリギリ十代
もっと独身貴族の栄華と自由を楽しみたい、というところはもちろんある。
けど、そんなことは問題じゃなかった。
なぜなら、オレ様はコーベイ・マック・ドーだからだ。
このオレ様には、生まれたときから婚約者がいた。
それに、マック・ドーのような良家の子女にとっては、親に言われて突然結婚するということも、決して珍しい話じゃない。
とはいえ、それにも時期やタイミングというものがある。
この日この時にそれを切り出されることは、オレ様にとっても予想外のことだった。
それは、ある日の夕食のこと。
いつもと変わらない、当たり前に終わるはずだったある夕べのことだった。
※
「ずいぶんと…早い話ですね」
迷ったあげく、無難な返事に落ち着く。
もちろん、この時も表情、視線の動き、身体の反応その全てが“理想的なマック・ドーの息子”の振る舞いを逸脱しないように気をつけている。
なぜなら、それこそがオレ様の存在意義であり、生きている理由、いや生かされている価値そのものだからだ。
「そうだ。
事情が変わった」
返ってきたのは、重々しく、しかしシンプルな返事。
「どのように変わったのか、お聞きしてもよろしいですか?」
恐る恐る、質問を切り出す。
丁寧に、しかし迷いや恐れは決して見せないように。
そして、親父の背後に飾られている巨大な牛の皮に対し、おびえているように見えないように。
強く、若々しく、気品にあふれ、しかし断じて弱々しくはなく、勇ましく有能。
求められる理想を演じるなら、オレ様は、そう振る舞うしかなかった。
そしてもちろん、オレ様はコーベイ・マック・ドー。
“理想の息子”であるのだから、その振る舞いは“理想的”なもの以外にはあり得ない。
それはちょうど、汽車や電車の運行のようなものだ。
ちょっとでも、運行予定が乱れたり、車輪が線路を外れたりすれば、大事故になる。
後者なら死人やケガ人が大量に出るだろうし、前者でも、時間外の運行について路線周囲の地権者や牧場主たち、それに何より環境保護団体から、たっぷりの文句や賠償金の請求書を贈られることになるだろう。
異世界(あるのかね、ホントに)から技術を取り入れたこの【食卓界】では、輸送手段より先に環境保護思想が発達しちまった。
そのせいで、このザマだ。
まあ、本音はふだん嫉妬している金持ちをどなりつけたいだけと、万が一にでも自分のところの牛の味を落としたくない、ってだけだろうが。
北方のような不毛の地ならともかく、ここらじゃ牛のご機嫌の方が、機械やそれが上げる利益よりよっぽど大事なわけだ。
鉄道を運営しているのは、オレ様たちのような新興の名家ばかりなんだが、それでも鉄道が地雷牛呼ばわりされるのは、そういうワケだな。
鉄道事業は、ステーキハウスや喫茶店、ホテルなんかの観光産業と抱き合わせで、ようやく成立している。
どこも正確な運行には気を配っちゃいるが、それでも不安定な産業には違いない。
親父もよく、電話で鉄道局長をどなりつけてたっけ。
まあ、それはともかくとして。
線路を外れる選択肢など、西方名家にはない。
オレ様は、牧場で働く貧民や、どこの馬の骨とも知れない流れ者たちなんかとは、違うのだから。
そんな理想的なオレ様の問いかけに対し、親父はこう答えた。
「もうじき、『料理闘争』(クッキング・ウォー)が開催されることは、知っているな?」
「ええ。
なんでも『闘争』(ウォー)と名付けられてはいるものの、極めて平和的な、ちょうど異世界における『オリンピック』のような催しだとか」
そして、今まで何十回となく繰り返された、『古代メクセト帝国』の復興運動の一つでもある。
無駄な試みだとは、思うけどな。
『メクセト帝国』は『世界統一王朝』の別名の通り、この【食卓界】を残らず支配した国家でもあった。
そして、最初にして最後の特例だ。
『帝国』滅亡以来、再統一の試みは繰り返されてはきたが、いまだに成功したためしがない。
なんで今更そんなことを?
中央諸国どもの悪あがきと、オレ様の結婚に何か関係があるってのか?
オレ様たち『新御三家』は、旧家どもがしがみついてるカビ臭いメクセト時代の栄光なんかとは、無関係なはずなんだがな?




