第十四話(8~9の途中まで)
*
「もぐもぐもぐもぐもぐ」
「う、美味え…!」
「フム、この極寒で刺し身というのはどうかと思っていたが、なるほど、こういう仕掛けか…!」
「お前ら、食うのが早いよ…」
八助少年のツッコミも虚しく、北辺島は試食会場へと変貌していた。
先程までの大変動も、なんのそのの食べっぷり。
漁船など問題にならないほど巨大な黄金の皿が、豪華客船よろしく着岸したときこそ島の人々はうろたえ戸惑っていた。
だが、喉元過ぎればなんとやら。
その皿の上に、美味しそうな匂いを漂わせる料理があることが判明するや否や、我先にと料理に群がりだしたのだ。
もちろん、手持ちの食器やマイハシ・マイフォークなどを取り出すことも忘れなかった。
この【食卓界】の住民は、誰も彼も食べることに貪欲なのである。
(それが高じて異世界の食文化すら導入しており、それが異世界人・八助少年の来訪にも関わっているのだが…その話はまたの機会にするとしよう)
そんな中、八助以外にただ一人だけ、なかなか料理にハシをつけない者がいた。
そう、"包丁王"ブラーサームである。
彼は、利き腕ではない左手で器用にハシを使いながらも、刺し身を観察していたのだ。
「フフフ、負けを認めるなr「おい、料理人のおっさん、食べないならオレがもらっちまうぜ!」
「ぬ、それは困る」
――――が、それはまた八助の割り込みによって防がれた。
ブラーサームは、ここへ来てあっさりと刺し身に箸をつけたのだ。
「これは…!」
それはまさに、極上の美味であった。
「刺し身でここまで見事に肉を断てるのか!炙られ、表面の細胞が萎縮しているにも関わらず、鏡のような滑らかな断面!それが口のなかでとろけるような美味に直結している!」
【北辺海の主】の刺し身を堪能する"包丁王"
「ぬうう。美しい…なんという切り口。そして、これは熱した黄金の皿を用いて軽く炙ってあるのか!極寒の海で刺し身を出すゆえのこの工夫…」
どうやら、刺し身を見てその技術に感嘆しているようだ。
しかし、どうもその口調には、邪苦の技術で作られた料理への警戒があるように聞こえる。
そこには、若干の怯えも見られた。
刺し身から邪苦の技量を見抜けなければ、彼の料理人生命は終わってしまうのだから、無理もない話ではあるが。
緊張でガチガチになったブラーサーム。
その怯えを見逃さず、すかさず、半機械の料理人が、彼を追い込もうと声をかけるッ!
「それで…?」
だが、そこからが問題だった。
美味。
それはよい。
だが、その先。
果たして、"包丁王"ブラーサームは、見事刺し身から【氷結包丁コルセスカ】の使い方を見抜き、己の名誉を挽回することが出来るのか!?
固唾を呑んで、その成り行きを見守る【北辺島】の人々。
「は?」
だが、そこで返ってきたのは、なんとも予想外な返答だった。
あっけにとられる人々をよそに、都の料理人はなおも語り続けた。
「先程――そちらの"神を喰った料理人"が【北辺海の主】を解体した時のことだ。見えたのだよ、青い光が」
「光、ですか?」
羊少女が問う。
それに首肯し、"包丁王"は答えた。
「そうだ、一瞬、あの男から【主】へと確かに青い閃光が走ったのだ。見間違いかとも思ったが、アレは間違いない。そうアレこそは――――」
「アレは、貴様にはどう見えたのカネ、"包丁王"?」
言い終わる前に、邪苦が、静かに問うた。
相手が言い終わる前に問いかけるのは、普通、短気な姿勢でしかない。
だが、今度に邪苦が行った問いかけは、既にその答えを予感したうえでなされたかのように聞こえた。
その声音は、実に平坦で落ち着きを備えたものだったのだ。
答えはすぐに返った。
「冷気の刃だ」
そして、ブラーサームは邪苦が持つ包丁を指差した。
美しく、青く輝くその刃を。
「"角度"それが問題だったのだ。その包丁、【コルセスカ】は、伝説の水晶【チリー・クリスタル】で出来ている。それゆえそれは常に冷気を放つのだ」
そう言い終わるや否や、"包丁王"は、半機械の料理人に走りより、その手から【コルセスカ】を奪った!
そして、その刃を、島に"接舷"した黄金の皿の、その上に鎮座しか【主】の骨へと振り抜いたのだ…!
それは、誰もが反応出来ないほどの、あっという間の出来事であった…!
その瞬間、青い閃光が走った。
「その"角度"の調節さえ上手く行けば、その冷気を"刃"として放つことが出来る!これこそが、この【氷結包丁コルセスカ】の真の使い方なのだ…!」
そして、光がおさまった後には、見事に真っ二つに切断された【主】の骨が残されていた。
そして肝心の点。
その切断を成し遂げたブラーサームの左腕はと言えば…………無事であった。
初めて【コルセスカ】を用いたときとは違い、その身体には新しい欠損は一切見られない。
"包丁王"は、ついにその名に恥じない成果を達成したのである。
パチパチパチパチ。
島に、拍手が響き渡った。
「正解だ。先程の発言は撤回しよう。どうやら、私は見誤っていたようだ。クズ料理人ではなく、包丁の使い方ぐらいは知っているらしい」
全く謝罪になっていない撤回を受け、都の料理人は苦笑しながら返答した。
「いや、撤回の必要はない。今の今まで、全く【コルセスカ】の使い方が分からなかったのは事実だからな。さて、返すぞ」
そして、"包丁王"は、今しがた絶技を見せたばかりの青く輝く包丁を、半機械の料理人に手渡したのだった。
「良いのか?これからまたコレを賭けて吾輩と勝負をするという選択肢だって、あるのだぞ?」
「いや、それは良い。少なくとも、今の私では貴公に全く刃が立たないことは間違いないからな。その【氷晶包丁】は、試練に勝利した貴公のものだよ」
そう語るブラーサームの表情は、実に晴れやかであった。
こうして、【北辺島】における不破の試練は、謎の料理人の勝利という形で無事幕を閉じたのであった。
緊迫していた空気が緩み、和やかな笑みや苦笑、投資が失敗した泣き顔などが交錯する北辺島。
この島における騒動は、これで全て終わったかに見えた。
だが……