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第百四話(その2の22~23の途中まで)

今までは、お年寄りだとか“記憶の泡”とかいう超常現象だからと何を言われても我慢してきましたが……

これは今度こそ、怒りが抑えきれないかもしれませんね、ええ。

したい…すごく頭突きしたいです……


いや、とはいえ“泡”とやらでも、お年寄りはお年寄りです。

下手に乱暴なアクションをぶつけてしまうのは、やはり危険なのかもしれません。


しかし、そう自重しようとした礼儀正しく寛大で美味しく素晴らしい私にかけられた言葉というのが……


〈そして分かったはずだ。

人生、先なんて全く分かんねえもんなんだよ〉


うう!

やはり、イライラします!

怒りのあまり、私は足を踏み鳴ら…踏み鳴らそうとしたけれど、肝心の音が出ませんでした。


このよく分からない場所には、ちゃんと音を鳴らして応えてくれるような足場が無いのです。

これだから不思議空間というのは…まったく!


ともかく、私はせめて一言文句を言ってやろうと、テツモリさんの声の方をにらみつけ…て?


「こ、これは…!?」


私は驚かざるを得なかった。

そこには、もう何の回想も無かったのだ。


ただ、泡がある。

それだけだった。

しかもそれは……


「最初見たときは、絶対こんなんじゃありませんでしたよ!

色も形もこんなに薄れて!

これじゃ、まるで…消えかけている…みたい、な……」


〈その通り。

もう限界、お開きってことだ。

いくらオレが数十年積もった後悔の塊だと言っても、これだけ派手にぶちまけりゃ、綺麗さっぱり無くなりもするさ〉


「で、でも!」


そして“彼”は、無情にも言い放った。


〈さあ、嬢ちゃん。

これからお前さんは、自分の道を探すんだ〉


突然の突き放し。

私は、反射的に抗議する。


「そんなこと言われたって、私はただのボンクラです。

まわりの人に甘えまくって、自分じゃ何も出来ない能無しなんです!」


〈そんなこたぁねえさ。

お前さんは、これまでも結構しっかりやってきたし、これからだってやっていける。

なにせ、自他ともに認める【北海】いちのボンクラのワシが保証するんだ。

これより確かなことはないだろうよ〉


「で、でも!

それでも…!」


私は必死に訴える。

けれど、頭が上手く働かなくて、ぜんぜん言葉が出てきてくれない。


そして彼は、あっさりと言い放った。


〈おっと、もう時間だ。

じゃあな、羊娘〉


「待ってください!

私は、まだ!

あなたまで私を置いていくのですか!」


私は必死に呼びかけた。

だけど彼の返答は……


〈胸を張って進め、ラム・スケープシープ・ヤミーミート。

英雄の血に恥じない未来があるとするなら、それはお前自身の歩む先にしか無いのだから〉


けんもほろろのありさまだった。

そして、それで本当に終わりだった。

最後に無駄に英雄らしいセリフを遺して…それっきり、声は途切れた。


「私を、ひとりに…しないで……」


答えは、返らない。


どうせ、こんな場所での関係なんて一時的なもの。

そんなことは十分に見当がついていたはずなのに…やっぱり、すごく悲しい。


私は、どうしてもこみあげる涙を抑えることが出来そうになくて…少しだけ泣いた。


どうしてだろう。


突然の別れは、どうしてこんなにも、心の中にぽっかりと穴を空けてしまうのだろうか。


もちろん、その問いに対しても、答えが返ることは無い。


当然だ。

もう誰もいないのだから。


そして、あの人のためには泣けなかったのに、どうして自分のことだとこんなにも泣けてくるのでしょうか?


こんな私は、自分だけを哀れんでいる、情けなくてさもしい女なのかもしれない…けれど。


「どうしても…涙が止まらないなら…その時は…泣けるだけ泣いて良い、そのはずです」


誰にでもない、私自身に確認する。

だって私が見てきた強いヒトたちも、いつかどこかでは迷ったり、子供のように泣き喚いたりしていたから。


だから、私は思う存分泣くことにした。

美しいとか醜いとか、美味しいとか美味しくないとか、今だけはそんなことを考えないで、ただ泣いたのだ。






思い切り泣いたら、少しだけすっきりした。


そして私は、少しだけ立ち止まったあと、前へ向かって歩き出す。


それはもう、誰かに言われたからではない。

もう、私の胸の中にそれほど強い理由は無いけれど、それでも足は前に進むようだ。


それはなぜか?


たぶん…あえて言うなら、私を信じてくれた“ひと”たちに応えたいからだ。

その通りにする理由は何も無いけれど、けれどそれでも……


「きっと、私はそうすることが好きなんです」


そう独り言をつぶやいても、やっぱり言葉を返す者も無い。


それでも良いのだ。

私が、そうしたいのだから。


結局、私はこのように在ることしか出来ない。

誰かに頼まれたように、願われたように。


けど、それでも……


「そうやって進む道が、私以外の誰かのさいわいにつながるなら。

そしてそれで、私自身も幸いを感じることが出来るなら」


きっとそれも、悪くはないと思うのだ。


だから進もう。

今の私は、ただ歩いていく。

足場に何の確かさも無くても、それでも前へ、進むのだ。


暗闇の中、たった一人。


私は、足を進めていった。


だって、この孤独だって考えようによっては悪くない。


置き去りにされたのではなく、“託された”のなら。

そう信じることが、出来たなら。



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