第十話(6~7の途中まで)
「な、なんだと!」
「マジかよ!」
「そうだったんですね…」
「しかし、あの【主】の鱗をどうやって…?」
四者四様の反応ながらも、おおむね島の人々は八助の発言に納得していた。
だが、一人だけ彼に食って掛かるような者も居た。
「そんなバカな!私が大量の美味と引き換えに雇ったブラーサーム様でもダメだったのだぞ!あんな見るからに不味そうな料理人にそんな絶技が震えるわけが無い!」
今回の"祭り"のメインプロデューサーであり、誰よりも【コルセスカ】に執着していた男、"食満家"の強欲な商人である
その商人の訴えに対し、少年は動作で応えた。
欠片が降ってくる天を指さしたのだ。
「降ってくるぞ……」
「だから、あんなものがあのオルカであるはずが…」
商人の言葉は、更なる状況の変化によって遮られた。
まず、既に複数に分かれていた欠片が、更に砕けた。
それは割れたくす玉のように、あるいは風に吹かれたタンポポのように、それまで確かに見えていた影が、ギリギリ見えるぐらいの小ささまで分割されたのだ。
分割されたそれらは、風に吹かれて回転する姿からは、明らかに観察できる特徴があった。
「平たい…?」
まだまだ視力にも自信があり、そして老眼ぎみな老漁師が真っ先につぶやいた。
そう、それらは平たかった。
宙を舞う小さな影は、花弁のような"平たさ"を持っていたのだ。
その形状は、板や葉、あるいはこの『食』が全てを支配する世界で身近なものに例えるとするならば、それはまさしく…
「お刺し身です!」
そう、食材と調理法に異様な執着を持つ【羊人】ラムがつぶやいたとおり、それは刺し身だった。
それは、つい先刻、"包丁王"ブラーサムの手によってまな板の上に降らされた雨と同質の現象であった。
だが、状況の変化はそれだけでは終わらない。
天からきらめく無数の粒が降ってきたのだ。
無数の細片となった刺し身、その外側を取り巻くようにふわふわと降ってきているソレは……
それは北の海独特の強風によって舞い上げられた…………「黄金の鱗!」
「鱗だ!鱗が降って来る!」
「そ、そんなばかなですぞ!」
動揺する商人を置き去りにしながらも、島の人々は今起きている”現象”について整理し、理解を深めつつあった。
「ワシも化け物についてそれほど詳しくはないが、あんな化け物の鱗がこうまで自然にはがれるわけもあるまい。となると…………」
「答えは一つしかねーな」祖父のつぶやきを孫娘が受ける。
ここに来ては、それは誰もが明白な事実であるように思えた。
「ど、どういうことですかな?」
訂正する。
まだ分かっていなかった者が約一名存在した。
商人の問いかけは曖昧であったが、面倒見が良い八助がそれに応えた。
「斬ったんだ。あの包丁で、ただ一瞬の間に巨大な海獣の鱗を全部斬り剥がしたんだよ。」
「そ、そんな神業を?」
「ああ、間違いない」
少年の言葉は、ゆるぎない。
「だ、だが、そんな…」
「そうだ、まだ疑問がある。【氷結包丁コルセスカ】には、使い手の腕を凍結させる副作用があったはず。あの副作用はどうしたと言うのだ」
すっかり弱気になった商人に代わって、冷静さを取り戻した"包丁王"ブラーサームが問いかける。
これについても、少年は静かに応じた。
「それについても、すぐに説明してくれるさ。そういうの随分好きそうなご本人がな」
そして、八助が指差した先には、背中から金属腕を生やした当の料理人が、いつの間にか島に着陸していたのだった。
静かに、そして少年以外の誰にも気づかせずに。




