短編 8 人が人を喰らう物語
タイトル詐欺だー! いぇーい! でも最初は本当にこれで書き出したんだよ? 本当だよ?
ある日兄さんが私を襲ってきた。部屋で宿題をしてるときだった。
モヤシな兄さんなので簡単に返り討ちにした。だが気弱にして虚弱な兄さんが私に襲い掛かるのはあまりにも異常な事。
なので兄の頭を踏みつけたまま聞いてみた。何故私を襲ったのかと。
兄は恥ずかしげに答えた。
「……なんとなく」
とりあえず兄の腹を蹴っておいた。兄のはにかむ様子など見たくもない。
とりあえず母と父に連絡をとった。兄が男として目覚めたと。
母は『今夜はお赤飯ね』と言い、父は『ようやっとか』と電話の向こうで涙ぐんでいた。
その日、家でお祝いをした。
兄は終始恥ずかしげにしてた。
とりあえずテーブルの下で脛を蹴っておいた。手加減はしたから折れてない。兄は泣いていたけれど。
その次の日。世間は大騒ぎになっていた。
世界に突如として未知の病『人喰い症候群』が現れたのだ。
これによって社会は大混乱に陥った。
とりあえず一週間くらい。
一週間も経つとみんな慣れた。以前と変わらない日々が戻っていた。本当にいつも通りになった。
兄もこの『人喰い症候群』に罹患していた。
この病は掛かった人によって様々な症状を見せる。
人によっては本当に『人喰い』をしたくなるらしい。実際にかじられた人も出たとニュースでやっていた。
でも罹患する人に大体の特徴があって被害は最小限に抑えられていた。
兄みたいなモヤシ野郎が罹患する謎の病。それが『人喰い症候群』だった。
かじられた人も軽傷で済んだそうだ。多分甘噛みだったんだろう。兄もそれくらいならしてくる。私も他人に迷惑が及ぶくらいならばと兄に我が身を差し出した。兄は申し訳無さそうに私の首にかじりついた。
ちょっと目覚めたのは内緒だ。
あまりにも美味しそうにハムハムしてくるので母性が刺激されてしまう。私、まだ小学生なのに。
兄は必死に『人喰い願望』を抑えてハムハムしているらしい。本当は思いっきり噛みついて血を啜りたいと。
でも気弱な兄だからそんなことなど絶対にしない。人の痛みを理解できるモヤシな兄だ。だから今日も私は兄にハムハムされている。
毎日が薔薇色に見えるのは多分気のせい。
病のひとつである『吸血欲求』については私の鼻血で我慢してもらってる。普通にドン引きだ。どうやら兄は完全なる吸血鬼となってしまったようだ。まぁ元々生っ白いモヤシだから違和感はない。
優しくてモヤシな吸血鬼。
父と母は私と兄のやり取りを優しく見守っている。いや、私は小学生なんだけど。
こうして私と兄は、わりと上手くやっていった。
私が『女』になるまでは。
◇
ある日、尋常ではない腹痛で目が覚めた。部屋から出るなり膝から崩れ落ちるレベルの腹痛だった。
なにかヤバイものでも食べたのか、と脳裏を検索するが夜中のおやつとしてアイスを一キロ食べたくらいでいつもと別段変わりはない。
そうこうしてると兄に見つかった。兄はうずくまる私を見ると、いきなりだっこしてトイレに連れていった。
いや、あながち間違ってはいないけれど。
そしてトイレに私を置くなり戸を閉めて母を呼びにいった。
いや、確かにトイレに行こうとはしてたけど。
まぁここで私はようやく気付いた。自分が『女』としての体になっていた事に。
とりあえず用を足そうとして気付いたのだ。
少しパニックになりかけたがトイレの外に母が居てくれたお陰でなんとか醜態を晒さずに済んだ。
トイレの外から聞こえてくる母の祝福に唸りながら答えた私は思った。
『なにこの苦しみは』と。
母からのレクチャーを終えて居間に行くと父と兄が『おめでとう』と言ってくれた。正直全然めでたくない。むしろ地獄だ。
お腹を抱えたままの私の様子でそれを察知したのか、兄はすぐに私をソファーに座らせてくれた。そしてお腹を優しく擦ってくれた。
とりあえず蹴っておいた。
痛いからではない。滅茶苦茶恥ずかしいからだ。顔が一気に熱くなった。指の先も、爪先まで燃えるように熱くなった。
兄も私の様子でその事に気付いたようで撫でるのは頭になった。
母と父はその様子を優しく見守っていた。
ここから私と兄の関係は少しずつ変わっていってしまった。
兄は私を大切に扱うようになった。以前からそんな感じだったけど、私が生理の時はまるで姫と下僕みたいな感じで私のお世話をしてくれるようになった。
私はすぐに溺れた。兄無しではもう生きられない。そんな体にされてしまった。まぁ冗談だけど。
私の体が大人へと変わっていく。それを一番感じていたのは多分兄だった。私以上に私の事を知っている。
兄のハムハムがどんどん上手くなっていった。もう指先をハムハムされただけで私の鼻血は止まらない。いや、その唇に触れただけで噴き出してしまう。
私もこのままではいけないと思いながらも兄のハムハムから抜け出せない。
私は兄に溺れていた。いや、兄のハムハムに溺れていた。兄無しでも大丈夫だけど兄のハムハムは私にとって不可欠になった。
そんなある日のこと。
兄が進化した。
具体的に言うと角が生えた。
おでこに小さなコブみたいなものが生えてきた。そして魔法が使えるようにもなった。
私の名前を口にすると私の体が熱くなる魔法だ。
この魔法は恐ろしい事に耳を塞いでも関係なく私の頭に染み込んでくる。
兄は私を食べるつもりだと確信した。妹である私を。まだ小学生である私を。勿論、性的な意味で。うん、性的な意味でね。
兄と私は血が繋がっていないから問題はない。年齢的なあれはあるけどバレなければ問題にもならない。
さぁ、掛かってこい! 妹として兄の性欲を全部受け止めてやんよ!
と私が覚悟を決めた矢先。
テレビでニュース速報が出されていた。
あの『人喰い症候群』は『兄喰い病』に罹患した家族を持つ者にのみ発現する病である事が判明したと。
……兄喰い病。
テレビのニュース特番を見て私は固まった。
この『兄喰い病』を抑えるために『人喰い症候群』が生まれる。『兄喰い病』は発症までにかなりの日数が掛かるので解明に至るまでこんなにも時間が掛かってしまったと。
末期まで進んだ『兄喰い病』は文字通りに兄を喰らう。兄の肉を食べ、兄の血を啜り己が物とする鬼となるのだ。『兄喰い病』の最終段階はまさに『兄喰い』だったのだ。何故か兄以外は食べないし、兄のいない人はそもそも罹患しない。
だがあまりにも恐ろしい病であるとテレビは続けていた。
末期症状である『兄喰い』を防ぐため『人喰い症候群』を発症した者(大体が兄)が『兄喰い病』患者(大体が妹)の毒素を吸収する。
その手段が『人喰い』つまりハムハムであったのだ。これが『人喰い症候群』の真実だった。
ニュースには『兄喰い病』の末期患者の姿も映し出されていた。部屋に監禁された彼女の目は血走り、正気とは思えない眼光がそこに見える。何かを探して病室をウロウロする様子はまるで理性を無くした化け物のようだった。
この患者は『人喰い症候群』の家族を捨てて都会で一人暮らしをしていた人らしい。
毒素が溜まりこうなった。そしてこうなるともう兄とか関係なく人を襲う化け物になってしまうと。
兄の血肉を与えると少し落ち着くが既に手遅れ。もう人としての理性は戻らないと。
私はテレビを見ながら震えていた。
私も兄を求めている。それこそ血肉に収まらない。優しくて温かい声も。さらさらと流れる髪も。コーヒーの匂いがする吐息も。兄の着た衣服に至るまで全てが私の欲する物だ。
私は自覚している。今の私は兄が欲しくて欲しくて仕方の無い一匹の獣であると。
早くこの家を離れて兄から離れなければ。
その思いが私の胸に沸き起こる。でも同時にこんな想いも沸き起こる。
『食っちまえ』
こっちの声の方がとても大きかった。そして気付いたら私は兄に抱き締められていた。兄は私の背後にいた。背後にいて同じ番組を見ていたのだ。
後ろから抱き締められて……私は泣いていた。
もう我慢ならねぇ! さっさと喰わせろよ! と。
でも愛する人の優しくて温かい声が私を現実に戻していく。
「ほら、もう大丈夫だよ。『兄喰い病』の毒素を吸収し尽くすと『人喰い症候群』の人に角が生えるって言ってるからミーちゃんはああはならない。大丈夫だよ」
ミーちゃんというのは私の愛称だ。兄に耳元で呼ばれると全身に電流が流れて痺れてしまう。この甘美なる痺れは最早麻薬に等しい……。
……う?
「ミーちゃんはもう完治してるんだよ」
……なんだと? いや、待ておい。ならばこの胸を埋め尽くす『お兄ちゃん大好きー! 残さず喰わせろー!』という声は……なんなんだ?
テレビでは『角が生えたら安心です。もう大丈夫。正気に戻ります。戻りすぎて大体喧嘩になるそうですねぇ、はっはっは』と和やかな雰囲気になっていた。
……正気だと?
私は……これが正気だと言うのか?
兄の全てが大好きで堪らないこの状態が私の正気だとでもいうのか!?
「お兄ちゃん。結婚して」
「……ミーちゃんが結婚出来る年齢になったらね」
こうして私は晴れてお兄ちゃんの妻となった。
父と母は祝福してくれた。
その日は親類も呼んでの大宴会となった。
お兄ちゃんと結ばれた私は幸せの絶頂であった。ぐふふふふ。
考えてみれば私が性欲に支配されるようになったのはお兄ちゃんに角が生えてからな気がする。
……元々か。私、一応乙女だったんだけどなぁ。
今回の感想。
一応恋愛物語になります。ええ。恋愛です。乙女の想いは強いのです。