今日は何の日?
「ねえ、あなた。今日が何の日か分かる?」
突然背中に投げかけられた妻の質問に冷や汗が伝う。こんな時こそ慌てず冷静にならなければ。とりあえず誕生日でも結婚記念日でもないのは確かだ。私は同じ過ちを繰り返すほど愚かではない。しかし、だとしたら一体なんだろう。
「もしかして、本当に分からないの?」
言葉に不機嫌さが滲んでいる。これは非常にまずい兆候だ。一旦スイッチが入った妻を止めるのは骨が折れる。心当たりがない以上、どうにか誤魔化すしかない。
「もちろん覚えているさ。二人にとって、人生に一度きりの、とても大切な日なのだから」
「ええ、そうね。もう忘れてしまったんじゃないかと心配したわ」
「そんなはずないじゃないか」
……危なかった。ぎりぎりのところで修羅場は回避できたようだ。安堵した私の首に、ひんやりとした指の感触が纏わりつく。耳元で妻が囁いた。
「今日は、私があなたに殺された日……そして、これからあなたの命日になるのよ」
ああ、そうだった。すっかり忘れていた。
20年前、くだらない口論の最中にカッとなって彼女の首を絞めて殺したことを。
よかった。私は再び胸を撫でおろす。相手が生身の人間ならともかく、どんなに意気込んだところで、幽霊に人は殺せないのだから。
「はははっ、無駄だよ。君に出来るのは、そうやって惨めに未練がましく私を脅すことだけさ」
成仏もせずに意味のない嫌がらせをしてくるなんて、本当に馬鹿は死んでも治らないらしい。背後に立つ妻の悔しがる顔を見てみたい。
……あれ、おかしいな。なぜだか息苦しくなってきた……この締め付けられるような激痛が幻覚とはとても思えない。
「……うぐぅっ……があっ……な……なぜだ……苦しい……おい、やめろ……やめてくれ……頼む……許してくれ……」
意識が遠のいていくなか、満足そうな妻の笑い声だけが最期まで頭に響いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こうして20年前に妻を殺害した囚人の絞首刑は、奇しくも妻の命日に粛々と執行された。