6.転生女神と対バンライブ
「女神様!」
「え、」
男泣きしてひたすら「ありがとう、そしてありがとう」を繰り返すbotになっているオタク賢者の背中をさすってやっていると、聞き慣れた天使の竪琴めいた声がして、咄嗟に振り向いた。
一応伊達メガネと帽子を装備して変装しているが、その姿を私が見間違えるはずがない。
「せ、セイラたん!?」
「やっぱり!! また見に来てる!!」
つかつかとセイラたんがこちらに歩み寄ってくる。
何だろう、全然後ろめたいことはないはずなのに、どうしてこんなに気まずいんだろう。
握手会で代行頼まれて他メンの列並んでるのを自担に見られているような、そんな気分だ。
「そんなにまりあちゃん好きだったんですか? 確かにまりあちゃん歌もダンスもうまいし、かっこいいし、」
「い、いやいやいや、あのね、女神誘われたから来てるだけで、特にファンってわけじゃなくてね、何なら私はもうセイラたん一筋、セイラたんしか勝たん、っていうか、」
「あー、見つけたー」
気だるげな声がして、振り向く。山田さんがすぐ背後にまで迫っていた。
いくら観客が大方はけてるからって、アイドルがあんまり気軽に客席に降りてくるのは感心しない。
山田さんのファンはどことなく「崇拝」という感じだから、山田さん自身には危険がないのかもしれないが。
観客同士のトラブルや、押し合いへし合いになったときの怪我など危険なことはいくらでもある。
降りてくるのは物販とチェキの時だけにしてほしい。
てっきり私に用事があるのかと思っていたら、山田さんは私の横を颯爽とスルーして——私の前に立っている、セイラたんに向き合った。
「イツキセイラさーん」
「は、はいっ」
「あたしと対バン、しませんかー」
「え」
◇ ◇ ◇
「え????」
瞬間、私は女神の間へと引き戻されていた。
そこでは女神の服に身を包んだ男が膝を抱えている。
限界が来た女神代理の男が私を連れ戻したようだ。
もう無理頑張れないと嘆く男を「大丈夫! 君なら出来る!」「諦めんなよ! 諦めんなよお前!!」「今日からお前は! 太陽だー!!」などと励まし倒して宥めすかしたけどもダメだった。
仕方なく異世界に放流する。パン屋になるらしい。繁盛するといいね。
何なの、最近の転生者。根性がなさすぎる。
女神は確かに地味な仕事だしあんまりやりがいはない。だが安定してるしさして忙しくない。
副業にはちょうどいいのではないかと思う。最近の子って安定志向だし。
退屈だし時間ばっかり無限で気が狂いそうになるのは分かるけど。
向いてない私だって頑張ってるんですよ、一応。
そんなこんなで、女神(男)の説得に必死で、対バンの話がどうなったのか最後まで聞けなかった。
後からセイラたんの夢を訪ねて聞いてみれば、商会のおかみさんや風来坊とも相談して、誘いを受けることにしたそうだ。
時期は一カ月後。
ちょうど王都で大きな祭りがあるようで、それに合わせた野外ステージでのライブになるらしい。
一カ月。一カ月ってもうすぐじゃん。
やばいやばい、振り入れ間に合うかな。
頭の中で構成を考える。枠は1時間半。
結構もらえるのに驚いた。まぁ音楽フェスとかではないし、フェスとかでもヘッドライナーならそんなものだろうか。
単純計算なら二人で45分ずつだが、せっかくなら一緒に歌うパートもほしいし、個人のブロックを30分+30分でそれぞれやった後、MC挟んで最後のブロックではサプライズでお互いの曲のショートバージョンをシャッフルして披露して、ラストに盛り上がる曲を一緒に……
頭の中で構成を考えていると、目の前のセイラたんが何だか不安そうにしているのに気が付いた。
いつもの緊張とは、少し違う様子に見える。
一瞬不思議に思って、しかしすぐに気がついた。
初めての対バン、しかも相手の山田さんは歌もダンスもバチバチ。
それにこの前のライブの山田さんは、一皮剥けたというか、吹っ切れたというか。
最初に見た時の寂しさは薄くなって――その代わり。
独りよがりじゃなくなった山田さんを感じさせるような、そんなパフォーマンスだった。
うんうん。アイドルってやっぱり、いいものですね。
成長コンテンツでもあるからね。
そんな山田さんの横に並ぶとしたら少し、気後れするというか。そういう気持ちは分かる。
だがしかし、いや、だからこそ。
私は両手を握りしめて、セイラたんに向かってにっこり笑う。
「大丈夫です! セイラさんがここまで積み上げてきた成果を出すだけですよ!!」
「女神様……」
「セイラさんならできます!」
きっぱりはっきり言い切ると、セイラたんは微笑みながら、頷いてくれた。
りんごん、と遠くでベルが鳴る。
いけない。転生者が来たらしい。これは急いで戻って捕まえないと。
パン屋に逃げられたので、私が異世界に行くためには新しい転生者を女神代理の生贄にするしかないのである。
「それじゃあ、私も転生者をひっ捕まえてすぐ、そっち行きますから!」
「あ、あの!」
慌てて夢から去ろうとする私を、セイラたんが呼び止めた。
セイラたんは少しだけもじもじと気まずそうに視線を泳がせながら、小さな声で言う。
「このライブがもし、成功したら……」
「?」
セイラたんは俯いて服の裾をキュッと握りしめた後、勢いよく顔を上げた。
「い、いっぱい、褒めてくれますか?」
「もっちろんです!!」
セイラたんの言葉に、私は胸を張って答える。
そんなの、褒めるに決まっている。
だってアイドルの愛は、ラブの愛だから。
むしろ私からセイラたんにこの溢れんばかりのラブを伝えるのは、既定路線の決定事項なのである。
「セイラさんがもういいって言うまで褒め倒しますから、安心して待っててくださいね!」
「……はいっ」
どーんと任せてください、と胸を張る私に、セイラたんは晴れやかな笑顔で頷いてくれた。




