5.山田さんとミニライブ
山田さん視点です。
何言ってるんだろうこの人、と思った。
アイドルなんて、歌って踊って笑ってれば、ちやほやされて、それだけ。
みんな同じ。
一生懸命やったって、そうじゃなくたって。求められてるクオリティさえ満たしていれば、どうせ見てるだけの客には何も分からない。
全部嘘っぱちで、全部が偽物。
そんなのに本気になっちゃって、馬鹿みたい。
ま、あたしは楽でいーけどね。
何となく誘われるままに来てみた、ミニライブ。
広さはあたしがいつもライブしてる箱よりちょっと広いくらい。
国立競技場でライブしてたらしいのに、普段はこういう小さいとこでやってるんだ。
ステージにライトが灯る。
そこに一人、女の子が立っていた。
目を細めて、その姿を観察する。
決まりきったいかにも「アイドル」って感じの挨拶。
衣装も仕草も、普通の……前世にはいくらでもいた感じの、アイドル。
年はあたしと一緒くらい。
……ふぅん、これが「セイラ」か。
あの女神様の、お気に入り。
女の子が息を吸って、そして。
ワンフレーズ歌った瞬間――会場が、一体になったかのようにうねりを上げる。
肌がびりびりとするほどの歓声。
あたしもいつも浴びているはずなのに……その真っ只中に身を置くのは初めてだったと、そのとき気が付いた。
「みなさーん! 今日も楽しんでいってくださいね!」
その子――セイラが声を張り上げる。
また、観客のボルテージが、熱が、一段高くなる。
隣の女神も、周りの観客も。誰ももうあたしなんて見てない。他の観客のことなんて全部頭から吹っ飛んでいる。
まっすぐにステージを見て、目を輝かせて……歓声を上げていた。
連れてきといて放置とか、あの女神様、ほんと良い度胸。
曲が始まる。
キラキラしていて、見た目通りにいかにもアイドルって感じの曲。
顔はかわいいけど、クラスで1番可愛いとか、そのぐらい。
歌もダンスも、アイドルにしては普通。
あたしのほうが多分、ずっとうまい。
それでも、どうしてだろう。
あの子から、目が離せない。
動くたびに髪がふわりと広がって、汗がきらりと光って。
何て言ったらいいのか、分からない。
楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうで。
もっと見てたいって、そう思わせる。
あまり感じたことのない気持ちが、胸の奥に湧いてきた。
「いいな」って。
なんかあの子、今この瞬間が――楽しくて仕方ないみたいだったから。
歌って、踊って、ファンを喜ばせて。
歓声浴びて、人気になって、お金貰って。
全部あたしと一緒なはずなのに。
どうして、こんなに。
ぱちり、と。
ステージ上のあの子と、目が合った。その瞬間、その瞳がきらりと輝いて――花が咲いたように、喜びが弾けるように、その目が細められる。
目が、合った。それだけなのに。
ありがとう、って。
そう言われた、気がした。
目が合った瞬間、あの子があたしに、あたしだけに――語り掛けてきたような。
そんな気がしたんだ。
アイドルなんてみんな一緒だって、そう思ってた。
一緒じゃない。全然違う。
あたしも、そこに……行けるのかな。
そしたらあの子みたいに……もっと、楽しくなる?
「どうですか、山田さん!」
いつの間にか、ライブは終わっていた。本当に一瞬で、あっという間で。
まだどこかぼーっとしてるあたしに、隣の女神が鼻息も荒く話しかけてくる。
「これが私が……私たちが育てたアイドル、伊月星空だッ!!」
「あっは」
胸を張って言う女神。
いや、別にあんたが偉いとかじゃないからね。
あんたが連れてきたくせに、さっきまであたしのこと完全放置で、普通に楽しんでたし。
そう。普通に楽しんでた。
楽しんでるとき、そんな顔するんだって。
何か、他人のそういう顔――初めて、見た気がした。
「なーんか、マジな感じですかぁ? ウケる」
「マジです、大マジです」
さらに胸を張る女神に、言葉通りにまた笑う。
だから別に、あんたの手柄じゃないよね。
「でも、何でしょーね」
目を閉じる。
瞼の裏に焼き付いた、あの子の笑顔。
そしてあの子に向けられる――きらきらした視線。
何だか妙に、胸の奥がむずむずした。
「ちょーっと、面白かったですよー」
◇ ◇ ◇
「ねー、」
ライブが始まって、いつもだったらすぐに曲に入るんだけど。
今日は何か気分が違って。何の気なしにステージから観客に声を掛けてみた。
狭い箱の中を見渡す。
ステージから見下ろすと、こんな感じだったんだ。あんまり気にしたことなかったかも。
たいして広くないから、一番後ろ、端っこの人の顔までよく見えた。
なんか、この前セイラのライブで見たのと、だいぶ違う。結構女の子も多いんだ。
みんな不思議そうな顔をして、あたしを見上げている。
「なーんかみんなさー、あたしが歌って踊って、そんだけで喜んじゃってさー」
しん、とその場が静まり返る。
いくら狭くったって、百人くらいはいるかもって人間が、こんなに静かに出来るんだ。
何となく不思議だった。
「ステージの上のあたししか、知らないのに。へんなのーって、思ってた」
何十っていう視線が、ただあたしのことだけを見ている。
ふと、そのうちの一人と目が合った。
女の子。あたしと髪型が似てる。もしかして真似してるのかな。
……初めて知った。
ふっと思わず口元が緩むと、その女の子が小さく息を呑んで、両手で顔を覆った。
……あは。やっぱ、へんなの。
「……んだけどー」
でも、だけど。何でしょーね。
全然悪い気、しないってゆーか。
受け止めるって、こういうことなのかなって。
だって、こんなの。
「みんな、あたしのことすきすぎだよねー」
あたしの言葉の、一拍後。
黄色い悲鳴と、割れるような歓声が、狭い箱を満たした。
びりびり肌が震えるくらいで、何なら足元のステージまで揺れるくらいで。
こんなの、もう――愛じゃん。
「今こんなかんじなんだったらさー。あたしが本気出したらー、みんな、どーなっちゃうわけー?」
ざわめきと戸惑いが走って――そして、会場のボルテージが上がる。
女神さまの言葉が頭に浮かぶ。
―― 『アイドルのアイは、ラブの愛ですからね!!』
何それ、さっぶ。
でもさぁ。
あんなに簡単で、つまんなかったのに。
それが、こんなに一瞬で変わるんだ。
ああ、あたしも。
ここにいる観客全員に――あたしと二人きりだって、思わせてやりたい。
「あは」
一人じゃないって、思わせてみたい。
ステージ上の、あたしと、ふたり。
それが面白いって、思わせたい。
視界に入った、いかにもって感じのオタクが号泣していて、なんかツボった。
ウケる。
こんなに喜ぶなら――もっと早く本気、出せばよかったじゃん。
「じゃーさ、」
すぅ、と息を吸う。
イントロが始まる。
ああ、何だろう。いつもよりたくさん、空気がお腹に、入ってくる感じ。
観客の皆を見下ろして、あたしは唇で弧を描いた。
「試してみよっか」




