1.転生女神とオタク賢者
「お前のような現地人がいるかぁ!!」
思わずツッコんでしまった。
本当に今時珍しいくらいのテンプレオタクファッションで、現地人? それは無理でしょうとしか言えない。
ねぇ、何故バンダナを巻くの? 何故チェックのシャツをインするの?
何故登山でもないのにリュックのカチってやるところをカチってやるの??
教えておじいさん。教えてアルプスのもみの木。
というか現地人は自ら現地人ですとは言わないだろう。
私が異世界に送ってしまった転生者という可能性はあるが……さすがにここまでインパクトの強いオタクと話していたら流石に覚えていると思う。
セイラたんと会うまでは女神業務に対してまぁまぁ無気力だったので自信はないが。
今はといえば、女神業を代わってくれる転生者を血眼で探しては異世界に遠征しなければならないのでそれなりに真面目にやっている。
誰も長続きしなくて戻ってきてと泣きつかれるところが問題だが。
何でだろう。引継ぎが雑だからかな。
現地人を名乗る明らかなオタクを前にして、少しばかり混乱してきた。物事を整理しよう。
転生者なら、私とは女神の間で出会うことになる。しかし、ここは女神の間ではない。
現地人と会うには、私がその人の夢に現れるか、女神を代わってくれる転生者を見つけて私が異世界に行くしかない。しかし、今の私は異世界にはいない。
ということは、ここは夢の世界なわけで。
「もし本当に貴方が現地人なら、これは貴方の夢ということになっちゃいますけど」
「いえ、これは女神氏の夢でござる」
「私の夢?」
「実は拙者、巷で賢者とか呼ばれておりまして」
「賢者?」
それは、アレだろうか。
たいへん申し上げにくいが賢者タイム的なやつだろうか。
それとも30歳までチェリーだったら魔法がどうこういうアレだろうか。
「拙者、夢を見るんでござる」
「夢、ですか」
「ここではない世界、女神氏のいた世界の夢でござる」
私のいた世界。
それはつまり、現代日本ということで……このオタク賢者(自称)が、それを夢に見ている?
私が、異世界の住民の夢に現れることが出来るのと同じように?
そんな馬鹿な、と思うが、そうでもなければこの男がここまで解像度の高いコッテコテのジャパニーズトラディショナルオタクコスプレをしていることに説明がつかなかった。
「拙者のいる世界とは違う世界、だけれどそれは確かに実在している。何故だかそうはっきりと感じたのでござる。拙者は夢の世界に夢中になりました。見たこともない乗り物、魔法とは違う動力で動く機械、食べ物に音楽、そしてサブカルチャー。あまりにも、あまりにも娯楽が多く……!! 可処分時間が足りずに家にこもって眠って夢を見てばかりの日々」
「親泣いてない?」
「そうすると、だんだん分かってきたでござる。今拙者たちがいるのが、いわゆる『異世界モノ』の異世界だと」
急にメタ的な話になってきた。
可処分時間の取り合いをする様々な娯楽については私も激しく同意である。
ソシャゲにショート動画にSNS、一日が何時間あっても足りないのが現代日本だ。気になるところがあるとすればこの話は現地人とする話ではないというところぐらいだ。
だが、よくよく考えてみれば私の送り出してきた異世界人は皆ここでいう現地で暮らしているわけで――現地で暮らす彼らにとっても、「異世界」という存在は、そんなに荒唐無稽な話ではないのかもしれない。
何故ならそこからやってきた人間が、実際に身近にいるわけなのだから。
「するとどうでござるか。異世界の『お約束』に則ると、この世界でこれから起きること、気をつけなければならないこと。そういうことがだんだんと、予測できるようになってきたのでござる」
「なるほ、ど?? 割とテンプレ異世界だもんね??」
「それを周囲に伝えてみても、最初は相手にされなかったでござるが……今では預言の賢者としてそれなりに頼られているのですぞ」
鼻の下を擦るオタク賢者。
何だかたいそうな二つ名だけど、結局異世界テンプレ慣れして展開が読めるようになった、ってことなんだとしたら……結構な数いそう、その賢者。
「これには親もニッコリどころか嬉し泣き、拙者のオタ活にも好意的になり万々歳だったのでござるが……そんなときに、そちらの世界からの転生者だという人間と会いまして。そこで女神氏のことを聞いたのでござる」
「私のこと、ですか?」
「何でも筋金入りのドルオタだとか」
「待って」
「女神の力を振りかざして、自分好みのアイドルをプロデュースする側に回って東奔西走推し活三昧の日々を謳歌しているとか」
「待って!!!!」
悲鳴を上げてしまった。
いや事実だけども。事実ではあるけども。
振りかざしているつもりは毛頭ない。そもそも振り翳すだけの女神の権限というものがないのだ。
夢枕に立ってハッタリかますだけでやってきたと言っても過言ではないのだ。
自分好みというか、セイラたんはアイドルになるべき人材で、それは最早私とは無関係のセイラたんのフェイトというかカルマというか……
まぁセイラたんに私の理想を押し付けているのではないかと言われればそれは否定できないけれども!!
私が心置きなく一生かけて推せるアイドルを育成したいという気持ちにも嘘はないけれども!!
でも!! セイラたんは生まれながらにして完璧で究極のアイドルだから!!
ちゃんと楽しそうにしてくれてるから!!
「実は吾輩ドルオタにも少々足を突っ込んでおりまして、ぜひ女神氏に会ってみたくなり……夢で異世界に行けるなら女神氏のところにも行けるだろうと賢者の力を使って、ここにきた次第で」
「ポテンシャルすっご」
オタク賢者の能力に恐れ慄いた。
セイラたんといい、山田さんといい、インフレが進みすぎではないだろうか。
稀代のアイドルがいたり、女神の才能あふれまくっていたり。
いや、セイラたんと山田さんはまだ異世界人だからチートポテンシャルなのにも納得できるが。
この賢者は現地人なのに、一体何がどうしてそんなポテンシャルを備えているのか。
やっぱり30歳までチェリーなボーイをしているから?
目の前のオタク賢者を見る。
自慢ではないがアイドル以外の才能を見出す力とかはおそらく具備していないので、この賢者にどんな力があるかというのはよく分からない。
分からないが……ドルオタに足を突っ込んだ人間が、運営側の人間に接触する。
その理由は推測できた。
こういうのは初めが肝心だ。しっかり厳しくお断りしないと、今後同じようなファンが出てきた時に不平等になってしまう。
私は毅然とした態度で対応しますよ。
アイドルと繋がろうとする輩にまともな人間はいません(※個人の感想です)からね。
「えーと、来てもらってなんですけども、セイラたんのライブのチケットを用意してほしいとか、あまつさえセイラたんとお近づきになりたいとかのお話は全面的に一切合切お断りしますけども」
「いえいえそんな滅相もない、某はイエスアイドル、ノータッチ! ですぞ!」
「本当に現地人??」
「それにライブは自チケを握ってこそですからな!」
「本当に現地人!!??」
何だこのオタクの鑑。
オタク賢者が頭を掻きながらへらへらと笑う。
「いやぁ、夢で異世界を覗くたびにいろいろな文化に触れまして。アイドルはもちろんのこと、Vtuberとまんがタ〇ムきららとカードゲームにもハマっておりますぞ」
「もう名誉異世界人だよ」
お前が異世界人でいいよ。お前こそが異世界人だよ。
あの扉が逆向きにも通れるなら異世界に送ってあげたいくらいだよ。
「しかし某は広く浅くのオタクゆえ、アイドルへの造詣が深くなく……どうしたものかと思っていたところに女神氏の話を聞きまして。ぜひ力を借りたいと思いましてな」
「えーと、アイドル関係の相談ってこと?」
「そうなのです、それで……おっと、月野らびび殿の配信が始まるので拙者はここらで一旦落ちるでござる! これ某の住所ですゆえ、詳しい話は直接!」
「ネトゲみたいな落ち方やめれる?」
はっと気がついたら、いつもの女神の間で。
咄嗟に「は?」と息が漏れた。
いやもちろん急に夢に出てきておいて知らんVtuberを優先されたことへの「は?」もあるが、それだけではなく。
女神の身体には睡眠など必要ない。女神になってからこれまで、眠ったことも夢を見たことも、一度もなかったのに。
これが、あのオタク賢者の力だというのか。
前の山田さんの時も思ったが……「持ってる」側の人間というのはすさまじい。
そう実感した。
あの賢者、見た目はまったくそうは見えなかったが。
あとよくよく思い返したら童貞がなれるのは魔法使いだった。
しかし、賢者とはRPG的にいえば魔法使いの上位互換? 上位職? なことが多いし、似たようなものだろう。




