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ラブコメ短編シリーズ

鬼塚瑠美の好鬼心

作者: 井花海月

 

 日常には、常に謎が溢れている。


 例えばそう、クラスメイトの鬼塚瑠美だ。


 これは先週の期末試験前の話に遡るが、実に不可思議な現象が起きた。


 学校の自習ルームで、先生に付きっきりで教えてもらい、その後、俺と図書室で復習する。

 そんな放課後を1週間ほど過ごしたのだが、あまりにも理屈に合わないことが起きたのだ。


「なぜ……全教科欠点なんだ……?」


 放課後の教室で、酷い点数の並んだ答案用紙を持つ手がわなわなと震える。


「聞いてほしいの。新しい謎が出来たのよ」

「またそれかっ!!」


 思わず、机にヒビでも入りそうなほど力強く机をたたいてしまう。


 そう、このバカこと鬼塚瑠美は好奇心が異常なほど強い。

 高校生ともなれば、ある程度自制が効くはずなのだが、コイツにそんな常識は通用しない。

 そして、気になることがあると、それ以外のことを考えられなくなり、定期テストだろうとこのザマだ。


「先日、こんなことがあったのよ」


 こうなると鬼塚瑠美は止まらない。テストなどそっちのけで、マイペースに話し始める。


「おう、なんだ?」


 まあいい、いつものことだ。どうせこれから勉強したって捗らないのは目に見えているし、諦めて帰り支度を始める。


「学校付近の道路でね、人が車にひかれたのよ」

「交通事故か?」

「そうよ。ついてきて」


 乱雑に鞄を肩にかけると、早足で歩き始める鬼塚瑠美。


「お、おい……」


 おそらく、その事故現場に向かおうとしているのだろう。気になるといても立ってもいられない性分だからな。


「ここよ」


 校門をでて少し歩いた場所で、ぴたりと足を止める。


「ここで交通事故があったなら、朝礼やニュースで耳に届いてもいいはずなんだがな」

「なぜニュースにならないか、それはね、運転手が席を降りて辺りを見渡した時、ひかれた人の姿がなかったのよ」


 道路の前で屈み込み、じーっとコンクリートを見つめ、クンクンと匂いを嗅ぎ始める。


「ここに、何かあるわ」


 きりっと真面目な顔になり、仁王立ちで決めポーズを取る。


「交通の邪魔だ。やめろ」

「謎は解明しなければ」

「どんな使命感だよ。ひかれたのは気のせいだったんじゃないのか?」

「いいえ。目の前で見たのよ。男がひかれて、次の瞬間にはその姿が消え去ったのを、この目でね」


 訳の分からない御託を並べる鬼塚瑠美の前に、車が迫ってくる。


「ほら、邪魔になってんだろ。早く退……」

「……今よ」

「は?いいから早くそこから……っ!?」


 鬼塚瑠美は屈み込んだかと思うと、助走をつけて車に向かって走り出す。


「バッ……何してんだ!?」

「もちろん、謎の解明の時間よ!」


 そう、鬼塚瑠美というこの女は、謎が起これば好奇心を丸出しにし、命を捨てることすら躊躇いがない。

 その鬼の如き好奇心、もはや『好鬼心』だ。


「やめろバカぁあああああああああああっ!!!」


 思わず俺も飛び出してしまい、鬼塚の肩を掴む。

 しかし、もう目の前にまで車が迫っており、間に合わないことがその一瞬で理解できた。


 くっ、俺としたことが……こんな好奇心バカのせいで死ぬことになるなんて。

 好奇心なんてロクなもんじゃない。人間は興味なんて持たずに平凡に生きるべきなんだよクソッ!……あれ、いつまで経っても衝撃がこないぞ?


「…………は?」


 おそるおそる目を開け、信じられない光景が視界に飛び込み、一気に目を見開く。


「ふふふ、謎の解明だね」


 鬼塚瑠美はこれ以上ないドヤ顔を浮かべているが、それどころではない。


「なんだ、ここは……?」


 視界に広がる全てを、生い茂る草原が支配していた。

 先程までのコンクリートで敷き詰められた道路は一欠片もなく、頭上は電線やビルといった遮るもののない一面の青空が広がっている。


「あの男の人は、車にひかれる瞬間に、この世界に飛ばされたということね」


 もはや、そんなこと言ってる場合じゃないのに、自分の疑問が解明されたことが心地良かったのか、うんうんと頷いている。


「でも、新たな謎が現れたわ。この世界はどこなのかしら?日本ではなさそうね」


 これまた鬼塚瑠美の口癖だ。「謎が謎を呼ぶ」とはよく言ったもので、基本的にコイツの好奇心には際限がなく、一つの謎を解明したかと思えば、二つほど謎を持ち出してくるのだ。


「うひゃああっ!?草むらから動物の顔がたくさんある猛獣が出てきたわ!キメラよ!初めて見たわ!」


 そうこうしているうちに、勝手に動き回って魔物に襲われる鬼塚瑠美。


 ううむ、弱ったな。コイツは今度、追試があるのにサボったら間違いなく留年だ。俺の知人として、それだけは避けねばならない。


「ねぇねぇ!手から炎が吹き出して、キメラをやっつけられたわ!魔法ってやつかしら!?私、この世界では魔法が使えるみたい!」


 経験則だが、コイツの好奇心を満たさない限りは勉強に手をつけさせるのは不可能だろう。


「ほら、いつまで辛気くさい顔してんのよ」


 キメラを真っ黒焦げにすると、こちらを向いてニッと笑う彼女。


「頭で考えたって意味ないわ。時間は有限なのよ、こんなにワクワクドキドキする謎がいっぱいなのに、最後のページに全部答えが載ってる勉強なんてやってる場合じゃないわよ!」


 年齢不相応な、子どもっぽい無邪気な、悪い遊びを思いついたような顔。

 ああダメだ。この顔になったら、謎を放置しておくことは出来ない。


「……分かったよ」


 首回りをほぐし、ゆっくりと立ち上がる。


 これまでコイツの好奇心に振り回されてきたんだ。今更別の世界に飛ばされたくらいどうってことはない。


 この世界の謎、キメラの謎、魔法の謎、全部このバカが納得できるように解明してやろうじゃないか。

 そんで、追試の日までに元の世界に戻って、コイツを進級させてやる。


 その後、ドラゴンに乗って世界中を飛び回ったり、実は俺たちは選ばれし勇者だったと判明したり、魔王を倒すために七つのオーブを集めたりするのだが、それはまた別の話だ。


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