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6.とある総合病院の出来事

 戦場のような院内。

 救急車の受け入れ依頼の電話のがひっきりなしに鳴り響く。


 多くの看護師や若い医師に囲まれた、疲労の色が濃い中年の女医が、ひっつめ髪をほつれさせながらしきりに指示を出していた。


「肺炎が重症化しました! 機器を早く!」

「こちらME室! 足りません!」 

「卸に電話して!」

「もう在庫がないそうです!」

「メーカーのセンター在庫も出せと言って! 型番が違ってもいいから!」

「旧式は無理です! 技術者もいないのに、だれが調整できるというんですか! 機械があればいいってもんじゃないんです!」


 次から次へと起こる問題。


「また看護職員が発症しました!」

「早く隔離して! 人手が足りない! 地方のグループ病院の看護師を「都会の医療機関に勤めていると子供が“プロミネンス”と差別されるからと退職してしまって……人が送れないそうです」……そう。くたばれ国家!」


 あまりの悲惨な状況に、絶え間ないめまいが襲ってくる。

 そこに、長年小児外科で付き合ってきた、馴染みのベテラン看護師が小走りに近づいてくる。


「美嘉先生! ちょっとでもお腹に入れてください! 先生が倒れたらだめですよ!」

「榎並さん……ありがとうございます」

「こんなことで私たちが倒れたら、泣く泣く転院させたICUの子供たちにも申し訳が立ちません。海外援助隊という形で、日本に留学している先生を事務局に紹介できましたから、もう数日の辛抱です!」

「ありがとう榎並さん! 本当にすごいわね! 大学の医局にだってそんな人脈はないわよ」

「こんなことろであの人の伝手が仕えるとは思いませんでしたがね……まあ、仕事だけは出来る人でしたよ」



 なんとか希望が見えて来たところに、さらに急患の連絡が入ってくる。

 もう、この都市では、あふれ出た患者を受け入れられる病床がないというのに。





 この病院も最初から余裕なんてなかった。

 感染症が有名になり始めたころ、和井戸テレビのスタッフが、ただ患者が多く発生した地域だったというだけで、「この病院は最後の救世主となりえるか!」とという番組を作るために、感染予防をしているはずの正面玄関に無理やり入り込んで取材をしたのだ。

 それゆえに、初期から患者が大量に押し寄せ、大混乱に陥った。


 この病院は本当に不運だ。

 町全体でも、感染症患者の入院体制が出来上がっていないのに、イケメン若手党首で有名な野党出身知事が、都市全員の検査を推奨した。

 すると初期症状の患者で病床が全て埋まってしまったのだ。


 プロミネンスウイルスの患者は一度入院すると特性上、二週間は退院できない。

 やがて、手が回らない大勢の患者が重症化していった。


 当然、重症患者だらけとなれば、手が回らず救えない患者も出てくる。

 その都度ろくでもないワイドショー番組が作られ、「殺人病院!」「非情なる命の選択!」「感染を振りまく医療関係者!」とキャッチーな文言だけが世間で踊り、心ない誹謗中傷を受けた病院のスタッフが退職していく。


 救急電話と共に届く中傷電話に、美嘉は思わず叫ぶ。


「一体私たちに何の恨みがあるの!? そんなに医療を潰したいの!? みんなで滅びたいの!?」

『いや、多分売れればなんでもいいんだろうな。他人をコントールするのって快感だし。俺もそうだし』

「榎並さん、誰かいた!?」

「え、居ませんよ?」


 慌てる美嘉に更なる凶報が届く。


「手術部門です! 美嘉院長! 外科の先生から手術予定だった患者さんをどうしますか」

「もう無理よ! 他病院に紹介して!」

「じゃあ隣の歩進病院に連絡します!」

「美嘉先生! 歩進病院が『プロミネンスウイルス感染疑いの患者は全て診療拒否する』と連絡してきました!」

「歩進院長ー! 気持ちは分かるけどね!? プロミネンス患者一人抱えたら他の患者が診られなくなって病院が潰れるかもしれないというのは分かるわよ! でもね……勘弁してよ!」

「そんな! この患者さんは緊急を要するって、山田先生が! 発見が遅れてしまった分早く、執刀しないと」

「ごめん、榎並さん! 市立病院もパンクしたわ! 県外輸送が必要よっ」





 度重なる過剰な疲労が、混沌を無音に変えていく。

 やがてしゃべることにすら疲れた美嘉。視線の先には、県外に移動し閉鎖された小児ICUの可愛い切り絵が張られた窓があった。

 愛らしい絵に、彼女は口を食いしばる。何度も消毒して再使用しているN95マスクの奥で呟いた。


「もうお父さんを馬鹿にできないわね。お盆どころか家にも帰れやしない。ごめんねエイル……でも、お母さん、負けないわよ……」

 

 誰が聞いているわけでもない呟き。

 しかし彼女の気持ちは、正しく娘に伝わったのだ。


『まま! がんばって! みかもままのことてつだうよ!』


 ふと、亡くなった愛娘のかすかな声が聞こえた。

 女医は思わず後ろを振り向いたが、誰もいない。

 とうとう幻覚を見たかもしれないと首を振り、新たな現場に向かっていく。





 ――――ここで、奇跡が起きた。





 美嘉に若手の技師が駆け寄ってきた。


「先生! プロミネンスウイルスによる肺炎の炎症所見が収まっていきます! 機器を外せそうです!」

「なんですって!?」

「入院患者の全員が平熱に戻っています!」

「腹痛の訴えもなくなりました! 各所の微細な出血も止まっています!」

「陽性疑いで来た患者様は簡易検査で全員陰性です! こんなの初めて!」

「血栓消えています!」

 

 次から次へと押し寄せる朗報に呆然とする。

 PHSを取った榎並。そのまま目を見開いて美嘉に振り向いた。その内容は――――。


「先生……ウイルス感染にまぎれて廊下に担ぎ込まれていた熱中症患者さんですが、全員が、点滴前に落ち着いたそうです」

「いったい何が起きているの……」


 呆然と廊下の真ん中で立ち続ける女医と看護師。 

 ICUの窓ガラスには、複数の子供の影が映っていた。


『一回だけだぞ、ミカ』

『私たちが現世に干渉できる地縛霊で良かったと思いなさいね』

『病院で霊が出来ることなんて、本当はお仲間を作るくらいなんだからな』

『みんな、ありがとう!』

『じゃあこの機会にみんな彼岸に参りますか。恨みはきちんと果たしましたか?』

『地蔵のお兄さんありがとう! もうすっきり! 奇跡も起こせちゃったくらい!』

『そうですか、良かったです。皆さんの心残りのご家族も、今回ウイルスにまぎれて全員地獄に行きましたからね。賽の河原にもそんなに長く滞在しなくても良さそうです』

『でもいいの? もうじゃさんかじょうがあるってごくそつのおにいさんが』

『いいんですよ。私は亡者じゃありません。子供の味方・地蔵菩薩です。子供の涙はいつまでも見て居られませんから、たまにはいいでしょう。それに』

 

 影は天井のヘリポートに向かっていく。


『源次郎さんのやらかしたことに比べれば、とてもとても……』


 院内の騒ぎが収まるころには、病院の暗闇も静かなっていった。






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