5.決意の亡者は高笑う
さて、品のないワイドショーが有名で今朝から最高の視聴率をたたき出した、和井戸テレビの本社ビルである。
昔から歪曲で評判が悪かった和井戸テレビは、この放送を期に存分に株価を急落させた。
大手のスポンサーには軒並み逃げられ、陰口として付けられていた「歪度テレビ」のレッテルは不動のものとなったのだ。
ちなみに、清廉なイメージが売りの政治家はすっかり心が折れて家に引きこもってしまった。年単位の検査入院も検討しているという。
「一体何なんだ……」
頭を抱える社長の隣で、机に腰を掛けてニヤニヤと笑う亡者・源次郎がそこにいた。
『良かったな、和井戸。俺、お前のこと嫌いだったんだ』
「賠償金が辛い……」
『お前に払えないわけないよなあ。節操なく、怪しい団体や第三国や、ついでにライバルの他国企業から金をもらっては大げさに歪曲報道をしてくれていたものなあ。こちらはお前らのせいで、国家戦略レベルのエネルギー資源を集めるたびに強盗企業の汚名をかぶってきたんだよ』
「なんなのだ。なぜ私が責任を取らねばならない。私は悪くない。私は会社のためを思って……」
『俺も散々言ったわ、その台詞。実際にやらかしたしな。考えてみれば、どんなに会社のせいにしたって、子会社のせいにしたって、自分の犯罪の免状になんてならないのにな』
「私は入り婿なのに……奥さんに離縁される……」
『お前の奥さんは逞しいからな。離婚よりも、せいぜい旦那に適当に遺書を書かせて首をくくらせて証拠隠滅を図るかもなあ。その後は……まあ、俺の元嫁くらいに、すぐ自立するさ』
榎並源次郎は笑った。
昔の敵だった男に亡者の悪戯が成功したと、腹の底から大笑いをした。
そこに大慌てで、あの若い獄卒が現れる。
『ようやく検知器に反応したっす! ちょっと! 何しているっすか、榎並源次郎! 現世に人に姿を見せてはいけないっす!』
『見せてないが? ポルターガイストや映像ジャックは亡者の悪戯の許容範囲だろ?』
『悪戯!?……やりすぎっす!』
『こんなの序の口だ』
『は!?』
『だってハロウィンの前振りだからな。夜は、まだこれからだ』
榎並源次郎は小心者で器が小さく、自分勝手で――――正しく悪党だった。
なんでも他人を利用してきた人生だった。
だから来るべくして地獄に来たと、自身でも思う。
源次郎は彼岸に到着した頃から、地獄の労働環境の悪さに気づいていた。
この地獄は運営費が足りない。攻め苦を行う機器がぼろい。獄卒も薄給で働いている。ついでにお盆の度に彼岸に来ても、三途の川の渡し船の修理がされていなかった。
理由は簡単だ。
宗派の信者が少なくなったからだ。
世界中に数多くある宗教。
彼岸の地獄を運営するのは仏教の一部の宗派に過ぎない。世界的宗教では大量の信心が潤沢な資金へと変わるが、仏教行事を運営する共同体が減る中では、この仏教の一派は先細りが目に見えていた。
そこで源次郎が閻魔大王に提案したのが仏教行事に「若者受け」をする、他宗教の要素を取り入れることだった。試しに地獄ハロウィンを行い、亡者三箇条に引っかからない程度に地獄の教えを行うのはどうだろうかと。
生前エネルギー企業で世界中の途上国の危ない組織と交渉を勝ち抜いてきた源次郎は、やって見せた。
神仏習合の経験者である彼らの経験を見抜いた交渉の末、一日限りの実験を、了承させたのだ。
『それでハロウィン……』
『ハロウィンといっても企業のハロウィンだ。バレンタインデーと同じだな。若者からすれば渋谷で暴れる理由があればなんでもいいように、<亡者のデモンストレーション>の日にした。お盆の最終日にハレの日の空気を作るんだ。多少のいたずらは亡者三箇条に引っかからないしな』
『生者に知られたらどうするんすか!』
『知られようがない。むしろこれは別の意味で失敗する』
『はあ?』
現代のハロウィンは、宗教的な旗印も薄く、単なるお祭り空気を感じたいイベントだ。
極楽を担当している連中も半端なアピールには怒るだろうし、他宗教の連中の中にだって、現世でPRをしたい奴がいっぱいいるだろう。
余計なことをしやがって、と責任者がつるし上げられて終わる。
以降は、ただのお盆が繰り返されることだろう。
『お祭りは一回でいいんだ。夜明けには全て終わる。自分が出来ることはこれくらいかな』
源次郎がビルから見下ろす。
そこには聖ルノアール総合病院のヘリポートがあった。
ポートには、生者には見えない、豊川財閥製の巨大な変型キュウリロボットが仁王立ちで鎮座している。
『ずっとあいつの努力を馬鹿にしてきていたからな。一回くらい、あいつを応援してもいいだろう?』
『あんたって……ほんと自己中の老害っすね』
『知ってる。だから明日からの地獄の責め苦は期待しているよ、獄卒くん』
金タライ分はさすがに三箇条に抵触しそうだからしょっ引きますよ。怪我なんてしてなかったけどさ……と、源次郎は地獄へと強制送還された。
最後まで祭りを見たかったなあと、ぼやきながら。