2.結成? ウイルスバスターズ(仮)
見えない何かが随分とえぐられた源次郎だが、確かに生前は企業戦士だった。
若い頃から承認欲求が強かった。誰よりもすごいと言われたかった。
仕事の成果で快感を得るようになってからは、職務のエネルギー開発のために海外を飛び回った。社内の尊敬を糧にして。
だから、家庭を顧みることは、ついぞなかった。
60で定年退職し、社会との接点を失った途端に消失した、理由なき万能感。
かみ合わない家族の会話。始められない地域デビュー。テーブルに置かれた離婚届。
その後たった一年で癌を引き起こし、自宅で一人、亡くなった。
ただ、源次郎の息子夫婦はかろうじて見捨てないでくれたし、孫にも会わせてくれた。
葬式もしてくれたし、一族の墓参りもお盆も、全てやってくれている。
それがどれだけ貴重なことか。
六文銭を握りしめて彼岸にたどり着き、似たような連中を眺めながら、ようやく気が付いたのだ。
金さえ稼げば。
名のある企業に勤めれば。
組織の肩書さえ上がれば。
これだけやっておけば、家族は自然と源次郎を尊敬し、愛してくれるのだと、信じていた。
だが、実際には源次郎は何もしなかったのだ。
興味すら抱かない相手に、無償の愛を求めていた。
愛の正反対は無関心だ。
関心すら向けなかった存在に、愛は生じない。
特に妻とは修復不可能になっていた。
主婦を<させてやって>、パートタイム労働だけ<許してやっていた>。子育てだって、親の介護だって、させてやった思考の連続だ。
彼女が去り行く姿を思い出すと共に、指の間からドボドボと吐血させ、思考のドツボにはまる源次郎。
……そうか。
這いずるキュウリ馬が来ないのは、もう息子たちに忘れ去られてしまったからに違いない。
ならば墓参りだって、今後は怪しいかもしれない。
しょせん愛のない父や一族の田舎の墓だ。交通費が掛かる遠い墓なんて、年々手取りが減っている子や孫にとって負担でしかない。
亡者にとって墓は大事だ。
墓さえあれば、亡者は現世に中継地を作ってもらえる。
ただ、忘れ去られでもしたら――――亡者の存在意義は、もう終わりだ。
「もう俺は終わりだ……」
「おじいちゃん?」
「源次郎、これも時代の流れだ、気にするな。ここで修業をして早く輪廻に入れ」
「無縁さん甘すぎっす! 自分の機嫌と自尊心だけが大事な老害どもは、ここで永遠に反省させないと!」
地獄の獄卒は基本的に公務員なので、地味な格好をして淡々と仕事をする人が多い。
一方で若い獄卒は珍しくファッションがパンクで、自己主張するように髪を赤くメッシュに染めている。そして妙に源次郎のような老人につっかかる。
以前なぜだろうと首をひねったが、多分、野良鬼だったころにひどい目にでもあったのだろう。
手元の棍棒で源次郎をつついていた若い獄卒の尻ポケットから、スマホの着信音がした。
「ああ? もしもし? 今いいところなんすけど? ん、現世側の川岸が亡者であふれて大混乱?」
にわかに騒がしくなる三途の川の渡し場。
精霊馬の交通整理に来ていた獄卒たちが、思わぬ仕事に慌て始める。
「え、百年に一度の疫病の大発生ですか!? 今まで渡し場の人員が足りなくて、難民キャンプ状態になっていたけどもう限界!? それに賽の河原の子供たちの親兄弟も巻き込まれて続々増加中!? サービス残業の予感っすね!」
「だから俺は見放され……どうした?」
「うええええん」
「ひぐっ、ひぐっ」
ミカと幼子たちの泣き声に、ようやく源次郎の思考が引き戻された。
裾を掴んでエグエグと泣き続けるミカ。
教育と躾は妻に押し付けていた源次郎は、子供の涙に慣れなくて戸惑う。
「みかがずっといたね……びょういんでね……たくさんひとがしんじゃったの」
「……友達が死んだらこっちに来るから、むしろ嬉しいのでは?」
「うれしくない!」
眼から溢れる涙をそのままに、見上げた幼子は怒る。
「だって、ままがみかにいきていてほしいっていったのよ! みかだっていきたかったのよ! みんないきたかったのよ!」
「……すまない」
「じいさん……最低な老害思考っすね」
幼子に道理を説かれて、ますます己の器の小ささを恥じ入る源次郎。
ただし白い目で見下してくるチャラい獄卒の存在は無視する。
言い方に気をつけろ、若造(老害思考)!
新しく到着した亡者たちの話では判明する事実。
現世では類を見ない疫病が世界中で大流行して、社会が大混乱に陥っているらしい。
息子家族も、身近で大量の患者が発生し、お盆どころではなくなったのだと源次郎は知る。
――――大流行の根源は公式名称PRVID-19。
いわゆるプロミネンスウイルスの新型だそうだ。
「それにしても新型ウイルス? インフルじゃなくてプロミネンス? 巷の風邪のウイルスの一種だろ? 今回はちょっと性質の悪い風邪とかじゃないのか?」
「風邪でも出勤して職場中にウイルスを感染させたことが自慢になる老害はたいていそう言うんすよ」
とりあえず馬が来ないのは私のせいでないことが分かって良かった、と源次郎がない胸を撫で下ろしていると、知り合いの二人の亡者が駆け寄ってきた。
「源次郎さーん、ここにいましたか」
「源次郎! 探したぞ!」
二人に腕を掴まれて運ばれていく。
「俺は孫の馬を待っているのだが」
「そんなもんは来んわ!」
「現世の混乱が落ち着くまで数年はかかりますよ。多分遺伝子変異を起こして強毒化しています。プロミネンスウイルスはとにかく変異が激しいのが特徴なので」
分析をするのは元・医師の天沢美晴(享年38歳)。
あの世に来てから仲良くなった一人だ。
彼は明治に大流行したスペイン風邪を治療するために、寒村を渡り歩いて自身も罹患し、亡くなった。
彼岸にたどり着いてしまった後も、彼を尊敬する後輩たちが各地に彼の銅像を作ってくれたため、そこを中継地として、お盆や彼岸の度に母校の研究所に里帰りしている変わり者だ。
亡者の服の上に白衣を羽織っており、大きな古めかしいカバンを持っているのが特徴だ。
そしてなぜか、本日は背中にショットガン(?)を背負っている。
もう一人は、昔の取引先の会長だった豊川艶之介(享年100歳)だ。
昭和に大往生した彼は、戦後のフィクサーの一人でもある。
第二次世界大戦後に技術屋集団豊川家を豊川財閥にまで成長させ、アメリカのエネルギー財閥と張り合ってきた。
自身も天才技術者で、大財閥の発展を支えた飛行機開発の鬼だ。操縦も得意だったらしい。
亡者の服にパイロットの制帽がトレードマークだが、本日は、なぜか彼もマシンガンらしき武器を背負っている。
「やるぞ、源次郎!」
逃さないぞ、と艶之介は享年100歳とは思えぬ握力で、源次郎の腕を掴み引きずっていく。
「な、何がですか」
「源次郎君。わしは子会社の連中の中で一番君を評価していた。海外マフィアとの交渉で見せた君の機転を買っておるのじゃ」
「え、どこへ行くのですか」
「源次郎さん、今こそ我々が現世で恩返しをするチャンスですよ! これ以上の子供の涙は見ていられません」
「え、え?」
河原のガマの穂をかき分けて、無理やり連れてこられた先には大きな広場。
不安そうな獄卒たちが数人立っていた。
パカラパカラパカラパカラ。
軽やかな馬の足音が聞こえるが、姿は見えない。
翁がふっと笑いながら空を指すと、頭に影が差し、突如風圧が襲ってきた。
キュウリで出来た巨大なジェット機が下りてきたのだ。
「見ろ、我がひ孫の最高傑作じゃ! お盆の度に霊能力者の枕元に金を置いてきた甲斐があったわっ! 多少改造させてもらったが、これなら馬が来なかったやつも全員乗れるじゃろ!」
「いける、これはいけますよ……!」
「いったい我々は何をしに行くんですか!?」
二人は一度顔を見合わせると、真剣な顔で、源次郎に宣言した。
「「我らはウイルスバスターズ(仮)だ!!」」
「はあ?」
ジェット機はその場で変形し、巨大ロボットが現れる。
キュウリのくせに黒光りするその体。
お盆の最終日に、亡者たちは決意していた。