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残念美人の伯爵令嬢は婚約破棄を望んでいます

作者: 花朝 はた

家族から残念美人と呼ばれているラドミラは、とある事情から婚約者であるイグナーツとの婚約を破棄したいと思っている。というか、破棄とイグナーツの方から言わせたい。ラドミラには切羽詰まった事情がある。実は伯爵家の家訓の為、違約金と言うムダ金は使わないつもりなのだ。

私のつたない作品に皆様からご意見や評価やブックマークをいただきまして誠にありがとうございます。思いついて設定まで2日、かき上げるまでに3日という短期間で投稿した作品ですが、こんなに皆様にお読みいただけるとは思っても居ませんでした。ありがとうございます。

皆様、ありがとうございます。総合評価が1000pt超えました。本当に皆様の支援のおかげです。ありがとうございました。

 その日は生徒主催の卒業式の後のパーティがあります。このパーティは貴族が通う王立ハルディナ学院の生徒たちが企画運営する学院の年行事の一つで、生徒の代表が学院の講堂を貸し切って、夜半まで続けられるパーティなのです。


 私は目の前に仁王立ちする、私の婚約者様のご尊顔を見ながら立っていました。

 私の婚約者様は、イグナーツ・ペリーシェク、ペリーシェク公爵の次男で、繊細な美しさを持つ美男と言われている方です。今その顔が顰められ、額に垂れた金の糸を思わせる前髪をかきあげながら、私を睨んでいます。


 「どうなのだ?カシュパーレク伯爵令嬢、ラドミラ!私の婚約者でありながら、他国からの留学生であるリーディエ・シュブルトヴァー男爵令嬢に嫌がらせをしていたと聞いたぞ!本当の事か!」


 私は何も言えず、ただただイグナーツ・ペリーシェク様のお顔を見ながら黙っているしかできませんでした。

 私は心の中では、そんなことをやれるはずがない、物理的に無理だと思っておりましたが、とある事情で言葉にはできません。ですが、とある事情がなくても、私の婚約者様であるイグナーツ・ペリーシェク様は到底聞き入れないと思います。


 ところで、申し遅れましたが、私はあの婚約者様が言いました通り、今はラドミラ・カシュパーレク、カシュパーレク伯爵の長女でございます。家族は私の父である伯爵とその妻で私の母である伯爵夫人、そして嫡子である長男にあたる弟とそれに次男にあたる下の弟の五人家族です。我が伯爵家は一応特産物のある領地を持っていますが、その特産物は国内での消費が主なものですので、一定の需要しかありません。家訓は無駄遣いはしない!です。


 堅実だったはずの祖父はなぜか、隣国の美人家系と誉れ高い男爵家令嬢を嫁とされました。隣国と言っても我が伯爵家と男爵家は領地が隣り合わせていました。行き来に不便はありません。ただ伯爵家の嫁に男爵家令嬢では少々問題となりました。位が下がると、当時のご家族や親せき、友人に反対をされたそうです。私のおばあ様となる男爵家令嬢も周囲の反対が多いために、婚姻を最初はお断りになられたとのことでしたが、おじい様の情熱は消えることなく、令嬢を説得し、男爵のご両親を説得し、男爵の親類縁者を説得し、ひるがえっては自分の両親を説得し、・・・以下略。三年かかって男爵令嬢を迎え入れたとのことです。ロマンスですね。

 おばあ様はおじい様と仲良く暮らし、三男を産み育てられました。女の子は期待されましたが産めなかったそうです。そしておじい様の長男である私の父が当主を継ぎ、叔父様お二人は男爵位を賜り、別に家を建てられました。これのためカシュパーレク男爵家と言う男爵家は2家となってしまいました。ただ、なぜかいまだ叔父様お二人とも独身のままで、婚約もされておりません。わが父に遠慮しているのでしょうか。気にしている方は居るようですが。


 ちなみに私とこの外面だけが優良な公爵の次男坊様は、私が生まれて割とすぐに婚約者と決められました。理由は何度も聞いたのですが、よくわからないというか、私には理解できない理由でした。

 一応説明をしますと、私の母と公爵の妻が友達同士で、私が生まれたときに、約束をしたらしいのです。母は王家の血の混じった侯爵家の三女でした。今でもそうですが可愛らしいお顔の穏やかな笑顔の女性です。友人に親戚の侯爵家の娘がいました。その娘は前に我が父に入れ上げていて、夜会やパーティなどで猛アタックをしたそうですが、わが父は母を選びました。仕方なしに嫁いだ公爵家で男子を二人出産しました。その内の下の子が今の私の婚約者であるイグナーツ・ペリーシェク様です。

 婚約者様が産まれるほぼ同時期に母は待望の妊娠をし、私を生みました。公爵家夫人は父と婚姻できなかった恨みを晴らすかのように、母の産んだ子と自分の産んだ子と婚約させたいと願ったそうです。申し入れの際には公爵夫人から美男である父の血が欲しい発言があり、当然最初は断ったそうですが、親戚なのだから聞き入れて欲しいと強引に申し入れられ、断られても何度も何度も諦めず申し入れられて、ついに根負けした両親は生まれて間もない私をあの公爵家の次男と婚約させたのです。


 私は幼いころはイグナーツ・ペリーシェク様の見た目だけ見て、私は単純にこんな美しいお方と一緒になるなんて幸せとか思っていたのですが、やがてボロが出始めました。実はこの方は私の家の位が伯爵家ということで、私を見下されておりました。近年はそれがさらに増長して、私を下女のように扱おうとしておられました。その私を婚約者として敬う姿勢すら見せないその姿に、私はもし婚約から結婚することになったら、即別居してやると、いつも考えていました。

 それにあの方は次男ですから、たぶん公爵家は継ぐことなく、公爵家の領地の端っこを貰って、子爵か男爵になるのではないでしょうか。我が伯爵家の養子ということも考えられましたが、幸いながら私の後、年子で嫡男である弟が生まれ、さらにもう一人弟が生まれて男子が二人になったので、あの厄病神イグナーツ・ペリーシェク様は伯爵家に養子に入れません。絶対に拒否だ!


 私の容貌について申し上げますと、私は嫁に来ましたおばあ様の直系の初めての女の子ということで、非常に期待されて生まれました。しかし私は絶世とは言い難い顔で生まれました。家族に言わせますと、私は絶世の美女と言われたおばあ様には及ばない「残念美人」だと言います。失礼な家族ですが、まったくその通りとも思います。私はどちらかと言うと可愛い容貌の母と同類のちょっと違うタイプの可愛い系美人とのことです。

 どうしてそんなことを考えたのか今となってはわかりませんが、幼いときの私の容貌は他と比べても優る美人タイプだったので、これはおばあ様に似せた化粧をすれば何とかおばあ様似の美人に見えるのではないか!と両親は当時考えたそうです。そこで骨格が定まってきた十歳以降におばあさまに似せた化粧をして、おばあさまと同じ髪質の鬘をつけて色々なパーティに行くようになりました。そのパーティでの私の評価は、予想の通りです。ちょっとおこがましいですが、ちょっと劣るけどおばあ様の再来とか言われました。化粧の仕方で変われば変わるものだなあと、その当時の私は感心したものです。実際化粧をして鏡を見たところ、我が伯爵家の居間にかかっているおばあ様の肖像画と本当によく似た女の子が鏡の中に立っておりました。

 そういう格好をして私は婚約者様と一緒にパーティやお茶会に出ましたが、婚約者様は私が取り囲まれて引っ張りだこになっている姿を見ると露骨に顔を顰めています。何度も会場の暗がりに連れて行かれて、婚約者様よりも人気が高いことを当てこすってなじるのです。私は最初のころに感じたイグナーツ・ペリーシェク様への憧れはすぐに無くなり、嫌味を言われないようにするため、パーティやお茶会にも顔を出すことは稀になりました。最近は会う気もなくなっており、三月に一度会うのがやっとと言う状態になっておりました。


 そんな折、わたしのおばあ様の出身である隣国の男爵家に問題が持ち上がったのです。

 実は男爵家はおばあ様の兄上が継がれたのですが、おばあ様がなくなられた後ほどなくして嫡子に家督を譲りました。私の従叔父にあたります、そのお方はなかなかやり手で、男爵家の富は増えて、実に隣国の国王の覚えもめでたく、これからという矢先に事故でお亡くなりになってしまわれたのです。そのいとこは仕事が面白く思っておられたとかで未婚でしたので、仕方なしにおばあ様の兄上である大伯父様が当主の座に返り咲いたのですが、ご自分はもうお年を召しておられます。長くはないだろうとお考えになられておられます。それで親戚筋となる我が伯爵家に、これからの事を相談されたのです。その時に、わが父と叔父様達は妙案をひねり出したのです。


 「確か、ベェハル国は男女の差はなく貴族に叙爵できるんじゃなかったっけか?」

 ふと叔父が首をひねりながら話し出したそうです。

 「・・・できたはずだ」

 そう父は答えたそうです。

 「なるほど、男爵家には男が居ないのなら女性になってもらえばいいんじゃないか?」

 「・・・」

 息を呑む父と叔父様お二人です。

 「それ、いいな」

 しかし、大伯父様は首を横に振られました。

 「女が継げたとしても無理だ。残念ながら、もうわが男爵家の血筋は居らんのだ」

 「・・・」

 「わし以外にはな」

 「・・・」

 四人は黙ってしまったそうです。


 四人が居たところは男爵家の居間です。おばあ様の大きな肖像画が居間に掛けられています。四人はその肖像画を見るとはなしに見ていられたそうです。脇にはカシュパーレク伯爵だったおじいさまとカシュパーレク伯爵夫人だったおばあ様が並んだお二人の肖像画もかけられています。お二人は仲が良いご夫婦で、おじい様がお亡くなりになった後、おばあ様も後を追う様に数か月後息を引き取られました。その時には大伯父様は葬儀に参列され、泣き声は上げられませんでしたが、大粒の涙を流されておられました。おばあ様は男爵家の心の支えだったのでしょうか。そして今また、ご自分の息子まで亡くされてさぞかし気落ちしておられるのではないでしょうか。


 私と上の弟は共に王立ハルディナ学院で学んでいます。私は最上級生になりました。上の弟は私の一つ下です。下の弟はまだ小さいので今回は私の母と領地にいます。従叔父様の葬儀のため男爵家に滞在しており、私は庭で屋敷に飾る花を摘んでいたところでした。窓の外で花を摘んでいた私の姿を何とはなしに見ていた下の叔父様が、突然叫んだそうです。


 「これだ!」

 「これ?」

 「あの子だ!あの子!」

 「あの子?」

 「ラドミラ!ラドミラがいい!」

 「・・・?」

 戸惑う父。上の叔父様と大伯父様は顔を見合わせ、びっくり顔で下の叔父様を見ていたそうです。ですがやがて、顔に喜色が広がり、立ち上がってそうだそうだと繰り返し始めたとのことでした。

 「ラドミラなら血は近いし、何よりラドミラはずいぶん優秀な子なんだって?確か、城で女官になりたいとかで、ずいぶん勉強したそうじゃないか。ラドミラなら男爵位を継ぐかどうか聞いても嫌とは言わんだろう」

 「・・・」

 父は渋い顔でしたそうです。そうでしょうね、いくら何でも自分の娘と離れ離れになって暮らそうと言うのは、簡単には認められないでしょう。

 「頼む、ノルベルト殿、ラドミラをわが男爵家の跡取りとしてもらえまいか?」

 「・・・」

 大伯父様の言葉に、父はさんざ迷ってから、私が了承するなら良いと最後には言ったそうです。あ、ちなみにノルベルトは私の父の名です。

 

 父は母がお怒りになるということをお考えにならなかったのでしょうかねえ。

 案の定、母はお怒りになりました。家の中は一時冷戦状態になったそうですが、結局は母が折れて父の言う通りになったそうです。


 私は大伯父様から言われたときは二つ返事で即了承しましたよ。

 女男爵。やってみたかったんです、領地経営。私は興奮しました。

 でも男爵位を継ぐに際して条件を出しました。

 まず、私におばあ様の代わりを求めない事。

 次に今までとは違う者として、名前を変えたい。

 しばらくは大伯父様が統治の手伝いをしてくださること。

 この3つを言ったところ、大伯父様はすべてに頷かれました。


 それからの私は、大伯父様の養子となって、男爵家の跡取りになり、ベェハル国のシュテファン国王にお目通りをし、国王から認められて晴れて男爵家の当主となりました。貴族年鑑にも私の肖像画が載って、私はベェハル国の貴族の仲間入りをしました。

 ただ、私はまだ王立ハルディナ学院に籍を置いていて、卒業だけはしたいと言うと、大伯父様は大声で笑い、そんなことは当たり前だ、しっかり勉強して卒業し次第、こちらに来ればよいと仰いました。私も良かったと、胸をなでおろしました。

 しかしながら私は伯爵領に帰るための支度を整えながら、何か忘れているような気がして仕方がありませんでした。どうしても思い出せずに、まあいいやと私達は帰路につき、カシュパーレク伯爵家のつつましい屋敷について、自分のベッドにもぐりこみました。カシュパーレク伯爵領と男爵家は国境を挟んで隣り合っておりますので、行き来については隣町に行く感覚です。葬儀に出てシュテファン国王に会うためにベェハル国の王都に行き、その足で伯爵領に戻るまでに一か月、これからのことに思いを馳せ、色々試してみたいこともあったのでしょう、私は浮かれておりました。一仕事終えた気分となり、心地良い疲れも手伝って、私は直ぐに寝入ってしまったのです・・・。


 次の日の朝、私はすぐ下の弟、ヴィーテクに叩き起こされました。一応私の侍女が弟を止めようとしていましたが、その侍女を押しのけ、弟は寝ぼけ眼でぼんやりとしている私の肩を掴み、揺さぶりながら叫びました。

 「た、大変だ!こん、こん、こんやく、こんやく、婚約者だ!」

 「なに・・・?ヴィーテクに婚約者ができたの・・・?」

 「な、何、ばかなこと言ってるんだ、姉さん!婚約者だよ!婚約者!」

 「婚約者・・・?」

 まだ頭が働きません。

 「姉さんの婚約者だよ!」

 「私の婚約者・・・?」

 「イグナーツ・ペリーシェクだよ!あの俺様な、公爵家の次男坊!」

 「・・・」

 「ようやくわかったのか!姉さんの嫌いな、あの俺様坊ちゃん!」

 「あ・・・」

 私、婚約してたのでした・・・。


 あの俺様なイグナーツ・ペリーシェク様をどうやって説得しようかと考えましたが、妙案が出てきません。実は私はこれから国王に諮り、貴族籍を抜けることを報告しなければなりません。カシュパーレク伯爵領の屋敷から父と母、そして弟二人と共に王都へと移動です。王都へは三週間ほどかかります。国王に会ってから、私は王都のカシュパーレク伯爵のタウンハウスで学院の卒業まで暮らします。

 移動の馬車の中では、下の弟だけがはしゃいでいます。私達は一様に暗い顔をしておりました。

 「どうすればいいんだ・・・」

 父がつぶやきます。王都への道中、こればかり父は言っております。

 「あなた・・・。ですから浮かれるなと申し上げたではありませんか」

 母が返します。母の返しもずっと同じです。

 「そんなことより、私はあの俺様坊ちゃまと一緒にベェハル国で暮らすのなんか嫌だ・・・」

と、私。私の言葉もほぼ同じです。

 私の婚約を勝手に決めた両親が目をそらしています。婚約は当人の気持ちなど二の次ではありますが、いくら母の友人の頼みでも、父の血が欲しかったとかの発言や、曲がりなりにも伯爵家の娘に対して、下女のように扱おうとするなど許されることではありません。両親はどうやらそういう姿勢をとる公爵家のこちらへの接し方に拒否感が増した様子で、私が婚約破棄したいと思っていることを咎めることはなかったのでした。

 「・・・ねえ」

 ヴィーテクが口を開きました。

 「・・・ヴィーテク?」

 父が何か言いたそうな顔で、上の弟に視線を移します。

 「ちょっと考えたんだけど、姉さんの婚約破棄ってこちら側からできる?」

 「言うだけならできるが、あっちが受け入れないとだめだな」

 「できることはできるんだね」

 「ああ、だが、こちらから申し入れた破棄をあちらが受け入れるとしたら、法外な違約金を請求されるだろう」

 「・・・やっぱりか」

 弟が頭を抱えました。

 「ラドミラの持参金を用意していたから、それを使えばたぶん何とかなるだろうが、持参金以上を請求してくるだろうな。それを払えるか・・・」

 悲惨です。

 私達四人はため息をつくしかありませんでした。


 その時、下の弟ヤロミールが、私の顔を見て突然言ったのです。

 「・・・姉様は、今日はいつものお顔じゃないね・・・、絵のおばあ様に似せてるの?ヤロミールはあの絵に似てない姉様のいつものお顔のほうが好きだけど・・・」

 ヤロミールはまだ幼いので、私の化粧をしていない顔が好みのようです。確かに化粧をすると私は無表情になるので、下の弟には嫌な感じがするのでしょう。

 「ごめんね、私はこれから国王様にお会いするから、化粧したのよ。ヤロミールが私の顔を気に入ってくれてるのは有難いけど、もう少しだけ我慢してね」

 私はヤロミールを抱きしめてから、頭をなでなでしました。

 ヴィーテクがうつむいていた顔をガバッと起こしました。目が輝いています。

 「それだ!」

 「・・・?」

 どうやら、私の家の男の血筋は、それだ!と言う言葉が好きみたいですね。先日の叔父と言い、今の弟といい。

 「なにがそれなんだい?」

 父が冷静に聞きました。渋い顔をしています。何かとんでもないことを言うと思ったようです。

 「ヤロミール!お前いいことを言った!それだよ、それ!姉さんを二人にするんだ!」

 「はっ?」

 「姉様は一人だよ?」

 私とヤロミールの声が重なります。両親も面食らった顔をしています。

 「わからないかなあ、姉さんはもう化粧で二人いるようなものじゃないか。それにもう身分も二つになってる」

 「はいっ?」

 私は訳が分からなくなっています。何が言いたいんだ?

 「・・・つまり、何だ」咳払いして父が話しをまとめようとしています。「化粧させたラドミラと化粧を落としたラドミラを別人に演じさせようということか?それで、化粧を落としたラドミラに、あのぼんくらを会わせて、惚れさせようと?」

 「あなた、ぼんくらは言い過ぎよ・・・」

 母がさすがに窘めています。でもそう思ってたんですね・・・。ポロリと本音が。

 「・・・すまない」

 父が肩を落として謝っていますが、ヴィーテクはもう盛り上がっています。

 「そうだよ!姉さんは男爵家令嬢として、化粧を落として会うんだ。あいつはおばあ様化粧の姉さんしか知らない。素顔の姉さんは可愛い系美人だから、たぶんあの俺様坊ちゃんは気づかないだろ。姉さんは学院に聴講生としてでも入って、あの俺様坊ちゃんにコナかけて、素顔の姉さんに惚れさせて、化粧姉さんとの婚約の破棄を言い出させるっていうのはどうだ!」

 狭い馬車の中でヴィーテクが立ち上がっています。

 「・・・ヴィーテク、コナかけてはないでしょ・・・。曲がりなりにもあなたは伯爵の嫡男ですよ。どこからそんな言葉憶えてくるのですか・・・」

 母が今度はヴィーテクを窘めます。今日の母は失礼な言葉を窘める役のようです。

 「母様・・・、学院の悪友がヴィーテクに教えるのですわ、あのような言葉を」

 「・・・ヴィーテク、そのような友人とは縁を切りなさい」

 ですが、ヴィーテクにはもう母の言葉は届いていないようです。

 「あとは姉さんの努力次第だよ!国王に目通りした後、今度は学院に行って、ベェハル国のリーディエ・シュブルトヴァー男爵として聴講したいと申し込みをしよう!身元引受人として父上の名前を出せば、まず聴講は認められるから、あとは姉さんが俺様坊ちゃんと会って誘惑すれば、あれはなびくと思うよ。実際にあいつの好み聞いたことがあるけど、おばあ様のような美女じゃなくて素顔の姉さんのような可愛い系が好きらしいんだよ!」

 「・・・」

 私、その婚約者様の好みの話、その時初めて聞きました・・・。


 ということで、二重生活をしながらなんとか、男爵家令嬢としてイグナーツ・ペリーシェク様とお近づきになり、と苦労した私は今、何とか俺様なイグナーツ・ペリーシェク様の前にラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢としてパーティ会場にいます。これは!と思わせるような状況です。私は仁王立ちのイグナーツ・ペリーシェク様の前でおどおどした表情で、ガタガタと震えています。もちろん演技ですが。

 周りには、ヴィーテクが事情を話して、本当は嫌で嫌で仕方なかったイグナーツ・ペリーシェク様とのデートや、学院内で協力してもらった弟の悪友たちが奇妙な表情をして立っています。笑いだしそうなのを必死で堪えているしかめっ面です。ばれるからやめてー!笑わないでー!


 「私は、お前がそんなことをするとは思わなかった!恥を知れ!他国からの留学生に対するいじめは国際問題になりかねない!私はそんな考えなしの者を妻にすることはできない!お前とは婚約を破棄する!今すぐここから出て行け!もう顔も見たくない!」


 やった!言わせた!破棄を言わせた!よし!もう演技しなくてもいいんだ!

 「そ、そんな、イグナーツ・ペリーシェク様!」

 「顔も見たくないと言ったはずだが?ラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢」

 私は、何とか悲しいことを思い出して涙を流そうとしています。うつむいてポタリと雫が落ちました。あ、涙も出たわ。よし、ここから逃げよう。言質は取ったしね。


 実際のところ、正直婚約破棄はできないのではないかと思ってました。それよりもまず、私が化粧して化けてることをなぜ皆はわからないのかな?

 大きな目に、目に沿ってカーブする眉、小さなぷくりとした唇、鼻はちょっと高いけど、か細い項に細い体。極めつけは左の目の泣き黒子、陽に当たると赤い色に色が変わる金髪の華奢な可愛い系美人が、私です。あ、これは私が言っているのではありませんよ、これは全部イグナーツ・ペリーシェク様の言葉です。これがリーディエ・シュブルトヴァー男爵令嬢の外観です。

 対してラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢は、切れ長の目、左右に流れる細い眉、ぷくりとした濡れたような唇、鼻は高過ぎず低過ぎず、か細い項に細い体。極めつけは唇の右側の下顎にある黒子に、サラサラの長いストレートな黒髪の絶世の美人、ということになってます。

 これって見る人が見ればわかると思うんだけど、どうして男共はわからないのかなあ。

 私はラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢の時にはいつもやさぐれていました。


 そういうわけで、私は学院を卒業後、卒業パーティで婚約破棄してもらって、ラドミラ・カシュパーレク伯爵令嬢から化粧を落としてリーディエ・シュブルトヴァー男爵となって、隣国のベェハル国に即日移動し、大伯父様の待つ男爵家に迎え入れられました。父のカシュパーレク伯爵家はペリーシェク公爵家からの違約金をせしめて、不作の時に領内へ供出する買い付け用の貯蓄として蓄えることができました。一番心配だったのは、国王様が私が隣国に出国することと公爵家の次男との婚約破棄について、口を挟んでくることなのでしたが、なぜか国王様は何も言うこともなく、婚約破棄についても、私の出国についても、横やりが入ることがありませんでした。


 そう思っていたら、動きがあったようです。父ノルベルト・カシュパーレク伯爵からの書状が先ほど届きました。その中に、ペリーシェク公爵家は当主と次男の行状の悪さが咎められ、牢につながれたとのこと、公爵家は取りつぶしになったと書かれていました。もちろん公爵夫人も夫の公爵に連座してということになり、修道院送りになったそうです。唯一まともだった嫡男だけは許されましたが、公爵位は取り上げられて最下位の貴族にされたあと、新たに男爵として元の公爵の領地の一部だけ領することが出来たそうです。


 『国王陛下は、どうやら公爵の行状を知っていて、お前の芝居を黙認していたらしい。どうせ取りつぶすのだからと、お前が出国することは惜しいが、公爵次男に嫁げば罰しなければならなくなる。そうなれば我が伯爵家の王家に対する支持がなくなるかもしれない。それは困ると思われたようだ。そのため、陛下は見て見ぬ振りをされていたと、今日会議で宰相殿が話してくれた』

 

 父であるカシュパーレク伯爵の手紙にはそう書かれていました。

 手紙を読み終わったわたしはため息をついて、手紙を元の様にたたみ、引き出しの中に入れます。やっていた仕事は小休止したまま、侍女の淹れてくれた紅茶を飲み、椅子を巡らせて、私は男爵の執務室の窓から外を見ました。窓の外には長い冬が訪れようとしています。雪で移動できなくなる前に、領民のための備蓄がどれだけできるか。外の風景を見たときには、私はもう気持ちを切り替えて領主として領地経営について考えていました。


連載の話を考えていたら、妙な設定が出来ましたので、短編にしてみました。ただ、1話内に納めるのに苦労しましたので、1万字弱の長い短編になってしまいました。途中で連載物にしたほうが良いのではないかと思いましたが、連載物にするにはだらだら続けるしかない設定でしたので、ちょっと長いけど短編で投稿します。ただ、もし長編のほうで読みたいと思われた方がいましたら、お知らせください。設定を使ってなんとか長編にできると思います。

今回の登場人物の名前はチェコの人の名前からとりました。チェコの人の名前には男性名と女性名とあるそうですので、ちょっと考えてある人物の名前に反映させました。

連載版を書いています。「残念美人である貴族令嬢は婚姻を望んでいます」この短編を元に学院生活と男爵になってからの領地経営と婚姻についてのお話の予定です。もしよかったらご一読ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 化粧の『あり』『なし』で二人の人物として婚約者に接して、婚約破棄を勝ち取るという設定が面白いです。 [一言] 無事に婚約破棄できてよかったです。主人公に恋バナとかないのでしょうか?
[良い点] 一人二役の婚約破棄! [気になる点] 『陞爵』は有爵貴族(もしくは貴族家)の爵位を上げることです。 爵位の継承は『襲爵』 爵位を下げることは『降爵』 となります。
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