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無いもの貸し升!損料屋  作者: 紫 李鳥
5/9

 


 翌日の明け六ツ(午前6時)。


「お嬢さん、兵治さんです!」


 襖越しに新蔵の声だ。


「……ぅぅぅ……も、うっさいっ!」


 昨日の今日ですからね?まだ、アルコールが残ってる状態だ。


「お嬢さん、兵治さんがおいでです!」


「……ったく、朝っぱらからなんでい?」


「殺しっ!だそうです」


「ん?殺しだ?……あー、そうだ。岡っ引きの手伝い頼まれてたんだ」


 お沙希は急いで布団から出ると、支度を始めた。――




「お嬢さん、酒臭いっすね?」


 小走りの兵治が、新蔵から借りた小袖の着流しにほっかぶりしたお沙希に顔を(ゆが)めた。


「あ、ゆんべ、ちょっとね」


「むぅ……、捜査のほう、しっかり頼んますぜ」


「その辺は抜かりはねぇさ」


「むぅ……、頼んましたよ」



 ――(むしろ)(めく)って現れた、うつ伏せになった男の横顔を見て、お沙希は、あっと短い声を発した。


 と言うのも、知った顔だったんですな、これが。


「これは、両替屋の(あるじ)嘉右衛門(かえもん)じゃねぇか」


「えっ?間違いないっすか」


「しょっちゅううちの商品を借りてた上客よ。間違えるわけねぇ」


「ありがとうごぜいます。早速、与力の旦那に報告します」


「ああ。……おう、金子(きんす)は?」


「いや、無かった。盗まれた可能性もあるが――」


「最初から持ってなかった可能性もあるか……」


「首の後ろを刃物で刺されてるってことは、相手はよっぽどの大男ってことになりますね」


「うむ……死後どのぐらいだ?」


「血の色と固まり具合から見て、ゆんべの五ツ(午後8時)から四ツ(午後10時)ぐれいですね」


「五ツ?」


(太助さんちに居た頃か……)


 お沙希は男みたいに懐に手を入れると、長大息(ちょうたいそく)をした。――



「お嬢さん、おかえりなさいませ」


「ったく、朝っぱらから起こされて。岡っ引きの手伝いも楽じゃねーな。あ~、腹減った。めしは?」


 ほっかぶりの手ぬぐいを取りながら、草履(ぞうり)を脱いだ。


「お亀がご用意を――」


「おう、新蔵。勘定のほうは合ってんだろな?合わなきゃ、めし抜きだぜ」


「へ。おかげさんで合ってるようで」


「チッ」


 ったく、舌打ちなんかしちまって。どうしてこうも新蔵を(ないがし)ろにするんざんしょね?今頃になって言うのもなんですが、ま、これには深~い理由(わけ)があるんざんす。


「あ、お嬢さん。酒を呑むのは構いませんが、ゆんべみたいに、若い男におんぶされるような真似はしないでください」


 おー、新蔵も言う時は言うね。案外、カッコいいじゃん。


「な、なぬぅ!おんぶだ?」


 泥酔(でいすい)していたお沙希は、ゆんべのことを覚えちゃいねいんですな、どうも。


「そうですよ。ここまでおんぶして来たんですよ」


「うっそー!ヤーだ、どうしよう……」


(なんか、みっともないこととか、恥ずかしいこととかしなかったかな……。あ~あ、嫌われたらどうしよう……。初恋の人なのにぃ)


「お嬢さん、聞いてますか?」


「うっさいっ!おんぶごっこしてたんだよっ!ガキん時から親が居なかったんでねっ!親におんぶされたことねぇからよっ!」


 新蔵を睨み付けながら怒鳴るお沙希の目には、涙が溢れていたのであった。


「……」


 新蔵は返す言葉もなく、心痛な面持ちで俯いたのであった。と、ま、こんな具合でい。ね?結構、奥が深いっしょ?涙あり、笑いありの人情物だ。こちとら江戸っ子は、こういう人情物に弱いのよ。



 ――朝飯を済ましたお沙希は、帳簿に記載された、嘉右衛門の貸し賃及び商品の照合などをした。


 ……雪舟の掛軸と信楽の壺が戻ってねぇか。



 その足で、嘉右衛門の屋敷に向かった。――主を亡くした(たたず)まいは森閑(しんかん)としていた。


「ちわー!《無いもの貸し升》です!」


「はーい、只今(ただいま)


 女中らしき年増(としま)が小走りでやって来た。


「《無いもの貸し升》ですが、ご主人はおいでですか」


 お沙希はすっとぼけて訊いた。


「……お亡くなりに」


 女中は声を詰まらせた。


「えーっ!」


 お沙希は大袈裟(おおげさ)に驚いてみせた。


「ご病気で?」


 またまた、すっとぼけた。芝居が上手(うま)いね、どうも。


「いえ、……ころ」


「えーっ!」


 驚くのが、ちっとばっか早いよ。まだ、“コロ”しか言ってねぇじゃねぇか。ったくよ、芝居が上手いねーって、ちっとばっか()めたら、調子に乗りやがって。“コロサレ”ぐれぇで驚くんだよ。万が一にも、“コロモガエ”とか、“コロンデ”とかだったらどうすんでい。ったく、おっちょこちょいだなぁ。


「え?いま、なんて?」


 よしよし。フォローも上手いじゃん。


「殺されて……」


「えーっ!」


 よし、来た!その調子だ。


「だ、誰に?」


「……まだ、そこまでは」


「……こんな時に言いづらいんですが、実は、嘉右衛門さんに貸してる商品があるもんで。期限が今日なんですよ。話の分かる人はいらっしゃいますか」


「はい。では、ご新造(しんぞ)(若い嫁)さんにお伝えします」


「……?」


(ん?ご新造だ?……嘉右衛門は確か、(やもめ)のはず。後妻か?)



 ――客間の床の間には、信楽の壺が置かれ、雪舟の掛軸があった。女中が運んできたお茶を飲みながら、お沙希が掛軸の水墨画を鑑賞しているってぇと、


「失礼します」


 の声と共に、色っぽい女が襖を開けた。


 お沙希は慌てて座り直すと、軽い咳払いをした。


「まぁまぁ、《無いもの貸し升》のお嬢様で。お話は主人から伺っております。ようこそ、おいでくださいました。お(きょう)と申します」


 お梗が座礼(ざれい)をした。


「お沙希と申します。こちらこそ、お世話になっております」


 お沙希も頭を下げた。


「この度は、ご不幸があったことも知らず、不躾(ぶしつけ)に伺い、申し訳ございません」


 よっ、お沙希、ご丁寧(ていねい)挨拶(あいさつ)だね、誰に習ったんでい?


「お気遣(きづか)い、ありがとうございます。……突然のことで」


 お梗は顔を(くも)らせた。


「……犯人に心当たりは?」


「え?あ、……いいえ」


 お梗が狼狽(うろた)えた。


(この女、何か知ってるな……)


「女中さんに訊いたら、神社の裏で亡くなっていたそうですが、いつ、お出かけになったんですか?嘉右衛門さんは」


「さあ。……起きたら居なくて。私はいつも、五ツぐらいには(とこ)()くもんですから、主人がその時分、何をしていたかは……」


(殺された時分を知った上での伏線か?)


 ここで、お梗に疑惑を抱くわけですな。

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