三
「おう、お苑。おサッキーちゃんだ。色々と教えてやってくれ」
店主はお沙希を紹介すると出ていった。
「……ぁぃょ」
お苑は、意地の悪そうな目つきでお沙希をチラッと見た。
「おサッキーです。よろしくお願いしま~す」
「一回しか言わないから、よーく聞きな」
お苑は矢を手にすると、お沙希を睨みつけた。
「は、は、はいっ」
お~、こわ。……けど、“郷に入っては郷に従え”だ。虫が好かないが、我慢してお苑に合わすっか。
――三日ほど見張ると、お苑にボロが出始めた。それは、客との卑猥な会話だった。
この女、春を売ってやがんな。ったくよー、安吉を亡くして間もねぇってのに、もう別の男か?冷たい女だぜ。
そんな時、いつもより早めに店に行き、勝手口から入ると、座敷のほうからお苑と男の話し声が聞こえた。
「でぇじょうぶだよ、バレやしねぇって」
「気ぃつけておくれよ、あんたなしじゃ生きていけないんだから」
半身で覗くと、他に客が居ないのをいいことに、男の胸元に、のの字なんか書いちゃって、イチャイチャしてやがんの。
……お苑の新しい男か?
「ねえ、米助さん。賭場で稼いで、私に贅沢させておくれよ」
「分かってるよ。おめぇと一緒になるためなら、なんでもやるよ。安吉を殺ったんだって、おめぇを奪うためだからな――」
!……ってことは、この、米助ってぇのが安吉を殺ったのか!ス、ス、スクープだぜっ!ど、ど、どうしよう、腰を抜かしそう。ああああ~、半身だから倒れそう。……バタンと倒れたら二人に気づかれる。太助さん、タスケてー!
と、その時、
「おう、やってっか!」
男の声。
「は~い」
お苑の声。
よかった~。客が来てくれた。お沙希はホッとすると腰を下ろした。米助とやらは客と入れ違いに出ていった。
米助か……。さて、兵治の手柄にしてやるか。お沙希は、兵治に情報を提供すると帰宅した。――
「お嬢さん。毎日毎日、どちらにお出掛けですか?」
あれっ。久しぶりに《無いもの貸し升》を覗いたが、新蔵が帳場格子に座ってら。そりゃそうだ。お沙希はお苑を諜報するため留守してたんですもんね。新蔵が居て当然だ。
「いちいち断んなきゃいけねぇのか?あー?ガキじゃあるめぇしよー」
なんてぇ口の利き方だ、ったく。まだ乙女の部類にランク付けされる年頃だぜ。
「……へぇ。すんません」
新蔵も意気地がねぇなぁ。えー?ビシッと言ってやりなよ。「もう少し女らしくしなさい」ってよ。
「ああ、腹減った。めしは?」
「……お亀がご用意を」
「じゃ、食ってくっかな。おう、新蔵。勘定は合ってんだろな?一文でも足りねぇと、合うまで、めし食わせねぇよ」
「……へ」
ったく、可哀想な新蔵。語りのおいらと同性だから肩を持つわけじゃねぇが、新蔵に同情しちまうよ。ほんと。俺が新蔵なら、お沙希の横っ面をバシッと一発張り倒して、「なんでぇ、その口の利き方は。もう少し女らしくしろっ!」って、言ってやりてぇねぇ。……許されるなら。
一方、大番屋では、兵治がしょっぴいた米助を牢屋に入れると、同心がお苑を取り調べた。
「どうして、太助を犯人にしたんだ」
「……恋心を打ち明けたら、素っ気なくされて、癪に障ってさ。安吉は私の稼いだ金を当てにして働かないから、別れたかった。けど、そのたんびに暴力を振るわれて。
そんな時、矢場の客だった米助に出会った。米助は私にベタ惚れだったから利用したのよ。
あの日、太助さんが風邪で仕事を休んでるのを知った私は、昼間っから酔っ払って寝てる安吉に気づかれないように米助に会いに行くと、殺しを頼んだ。
私に惚れてた米助は、二つ返事で承諾したわ――」
「お嬢さん、この度は、下手人の件、ありがとうございました」
兵治が客間で平身低頭した。
「いいっていいって。おめぇさんの手柄になって何よりだ」
お沙希はじじぃみてぇなしゃべり方をしながら、お亀が淹れた茶を飲んだ。
「下手人を挙げてくれた上に、秘密も暴露しないで頂いて、ほんとに恩に着ます。そこで、お願いなんですが」
「なんでい?お願いって」
「私の手助けをしてもらえないでしょうか」
「手助けだぁ?なんでい、足でも挫いたか?」
「いえ。岡っ引きを頼みてぇんで」
「なんでい、そんなことか。……ん?岡っ引き?えー?この、わ、た、しが?」
「え。頼んます」
「……マジで?」
「マジマジ」
と言うことで、お沙希は兵治のアシストをすることになっちまった。今回の殺しの件に貢献したってことで腕を買われたんだろうが、ま、《無いもの貸し升》は新蔵が居るし、お沙希のほうは暇ってぇば、暇なんすけどね。
間もなくして、お稲が《無いもの貸し升》にやって来た。
新蔵は、野暮用で外出中だ。
客間に通すと、お亀が茶を淹れた。
「太助が戻ってきたもんですから、ご報告をと思い」
「そりゃ、よかったじゃないですか」
「ありがとうございます。……で」
「え?」
「藪から棒なんですが、よかったら、今度うちに遊びに来てくださいませ」
「えー?」
お沙希は大袈裟に驚きながらも、腹ん中ではニヤニヤだ。そりゃ、当然だな。太助は意中の人だ。太助に会えるってんで、頭の中は、お花畑にてふてふが飛んでる状態よ。そこに、手を繋いだお沙希と太助がスキップしながら現れるってぇシチュエーションだ。