霧雨の夜は魔が出る5
そんな話をしながら試合を見ていると、やっと草地と江鈴の二人が説教から帰ってきた。
こころなしか二人共やつれているように見える。
「よお。『魔神』の説教は終わったか?」
ニヤッと笑いながら話しかけると、無言で手を振られた。
相当応えているようだ。
「試合はどうなってる?」
草地は幾分疲れた声で聞いた。
「予選突破の可能性があるのは大井先輩のペアと宮城先輩のペア、白原先輩のペアだな。他の先輩方は点数的に結構厳しそうだ」
柿成が答えた。
「なんや、今年も相産が一人勝ちかいな?」
「イヤ、新規の高校が今の所トップだ」
「は?どこやねんな」
江鈴が怪訝そうに聞いてきたので、
「聖ガブリエル学院。キリスト教系の高校らしいが、あんなにあからさまな名前つけてんのは珍しいな」
と柿成が答えた。
「あからさま?」
草地が意味がわからない、というふうに口を挟んでくる。
「ガブリエル......ジブリールとも言うな。これはユダヤ、キリスト、イスラムの聖典にもなっている旧約聖書に出てくる天使の名前なんだよ」
「ふーん.......そいつらが一位か」
「ああ。一応な」
「?どういうことだ?」
柿成の含んだような言い方に問う草地。
「そこから先は私が答えましょうー!!」
と横から参戦してきたのは後輩の小木。先程の第一部門に出場していた女子新入部員の一人で、それなりに頭角を現している。その上顔は良く、明るい。ただ、少しグイグイ来る癖があり、影の薄いのばかりが集まっている同期の男どもの中では恐れられていた。
「ああ、小木」
唯一まともに話せる草地が答えた。
「あの聖ガブリエル学院、男女とも一組しか出ていないにもかかわらず、その二組ともが記録的な高得点を取って暫定一位に居座っているのですー!!」
「でもそんなの偶然でありえるんじゃあ.....」
「96点が3人居てもですか?」
「確かにそれは妙だな」
草地の眉根が寄った。
少林寺拳法の演武採点は少し変わっている。
主審が一人、副審が四人存在し、それぞれ100点満点で点数をつける。10点満点の項目が10個あり、それぞれに点をつけてその合計で点を算出する。
そして、5人が出した点数のうち、一番高い点数と低い点数を除外した残り3つの合計で各演武の点数がつく。
ちなみに10点満点の各項目の基準点は8点で、なかなか10点がつくことはなく、90点を超えるのはそれこそ全国大会レベルぐらいのものである。
にもかかわらず。
「女子の方は96点が3人、95点、94点が各一人ずつで合計287点ですー。男子の方も大して変わりませんー」
「なんか裏があんのかね」
「さあて、あの先生方に小細工仕掛けて籠絡できるとは思えんがな」
「まあ待て。あの方々も人間だ、金積まれればグラつくかもしれんぞ」
「お前魔神にまた絞られるぞ」
と俺が言うと慌てたように草地が周りを見回す。
残念ながら、他の高校のコーチの方々へ挨拶回りに出かけているようで周りに魔神は居なかった。
「話を戻しますが、なんだか彼らの採点中、審判の方々の様子が少しおかしかったのですー。妙に頭がフラフラしていたりしてたんですー」
「なんだそりゃ。魔法でも使ってんのか?」
「お前ラノベの読み過ぎやろ」
「やかましい、今関係ないだろ」
「お前が魔法やら言うからやろが、このアホ」
「んだとこのヤロウ」
ラノベオタクのリューイと江鈴が睨み合う。
二度話の腰を折られた小木はぷりぷりしながら立ち去った。
「まあそんなわけで、今は疑惑の高校がダントツトップなわけだ」
「相産はどうなんだ?」
「あいつらは安定で二位につけてるよ。流石は名門だ」
柿成が差し入れの塩分タブレットを口に放り込みながら答えた。
「ええもん食うてるやないか、俺にもよこせ」
「めんどいからヤダ」
「大して面倒でもないやろが!!」