霧雨の夜は魔が出る3
「怖いんだよ、いつ死んでしまうかわからないことが。定期的に心臓に直接作用する怪しいクスリを飲まないと死んでしまうことが」
涙こそ流さなかったが、辛そうに彼女はそんなことを語った。
「そんな精神と身体の状態で学校や部活はどう両立させてきたんですか.....?」
「お前らが入ってくる直前までは両立なんか殆どできてなかったよ。急に倒れて無断欠席したり、練習中に倒れて救急車を呼ぶ騒動になったこともあった」
その時を思い出したのか、彼女はなんとも言えない表情になったが、
「状況が変わったのは、宮城に病気を打ち明けて以来だ。私の顔色が悪くなるとそれとなく部室に連れて行ってくれたりした」
そう言うと彼女は少し顔が明るくなった。
「だから、私はそんな騙し騙しの状態で部活を続けてこれた」
「試合はどうしてきたんですか?いつ心臓に異常が起きるかわからない状態で今まで試合に出場し続けてきたんですか?」
「ああ。幸いなことにこれまで試合で異常が起きたことはない。まあ、クスリで確率をできるだけ下げて、だがな」
「じゃあ、次の試合はどうするんですか?」
「体調と相談しながらだが、出られそうなら出るだろうな。何しろ最後の試合だし、宮城にも恩を返したいしな」
「絶対に無理しないでくださいね」
「わかっているさ」
と先輩は笑って言った。
ーーーーー
と、ここまで思い出した瞬間、横から江鈴に肩をゆすられた。
「オーイ、起きてるか。何寝てんねんな」
「ん、ああ.....。寝てたわけじゃねえよ、ちょっと考え事しててな」
「ああそうかい。そんなことよりホレ、第2部門の試合が始まるぞ」
「ああそうだ、あらかねせんぱいあらかねせんぱい.........」
と俺は前後に4列で並んでいる第2部門出場者待機場所を見渡した。
「お前ね、そういうのやめなさいよ。そういう愛が重いのは最近流行らんぞ?」
「Love is too heavy.はだめってこった」
「うるせえな。愛の重さに耐えきれなくなって彼女を捨てるようなやつに言われたかねえよ,、草地」
「あっちゅうまに別れてもてたからなあ。3日だっけ?」
「うるせえ!!4日だよ!!」
ぎゃあぎゃあ言いながら江鈴の口をふさごうとする草地を横目に見ながら俺は荒金先輩を探した。
(いた.......。顔色は......良さそうだな。良かった.....)
俺はホッと安堵の息をついた。
あんな話を聞いた以上、どうしても気にかけずには居られなかった。部へ入部して以降、ずっと気になっていた人ならなおさらだ。
入部当初から、俺は荒金先輩に一目惚れしていた。とは言いつつも、素直に可愛い宮城先輩や美人な大井先輩に目が流れたこともあり、最新部内恋愛予想図での俺の矢印は大井先輩へと向いていたらしい。
「んなことはてめえが自ら彼女作ってから言えや江鈴!!」
「ああ!?お前かて『永遠の0』からの熱烈なアプローチがあったからやろが!!お前が作ったわけちゃうやろ」
『永遠の0』というのは胸の薄い草地の元カノを揶揄した部内だけのアダ名である。
「俺の容姿で好きになってたんだから俺の手柄だろうが!!」
「おー、よう言うたなこのナルシスト野郎が!!」
コノヤロウ、と草地が江鈴に殴りかかろうとするのを柿成と二人がかりで止める。ここまで残ったもう一人の男の同期、リューイはただオロオロするだけ。それを見て周りの後輩連中が爆笑する。
いつもの風景だった。
ただ、ここが試合会場ということを除けば、だが。
ゴスンッ ゴスンッ
と骨に直接響くような音で草地と江鈴の頭にゴツゴツした拳骨が落ちた。
恐る恐る後ろを振り返ると、風もないのに髪が逆立ち揺らめいているなまはげのような魔神がそこに居た。
周りの空気は凍りついた。