霧雨の夜は魔が出る2
気がつくと、もう第1部門の試合が終わっていた。
出場していた後輩たちが帰ってくる。
「おう、起きたか。随分寝てたな」
「ケガ人でも容赦しない当たり、さすが大井先輩って感じだよな」
「言ってろよ.....」
ニヤニヤと笑いながら話しかけてきたのは柿成と江鈴のタッグ。
一年前は大勢いた同期の中でも、数少なく残った部員だ。
日頃の言動やら、趣味やらを押し付けてくる当たりは少々、いやかなりウザったらしいが、二人の戦闘センスは折り紙付きである。
ちなみに柿成は大井先輩に告白して振られている。
「お前ら、出場はまだなのか?第一部門のあとはすぐに次の試合だろ?」
「俺らはシードや。予選は免除されとる」
「前回の新人戦で全国大会まで進んだからな。予選レベルに出ると他が霞んじまう」
ヒラヒラと手を振りながら柿成は言った。
「何無駄話してる。次の試合が始まるぞ」
草地が呆れ顔で忠告してきた。
「おっ、今回の出場者は誰や?」
「井上と烏羽先輩のペア、大井先輩と木村先輩のペア、宮城先輩と荒金先輩のペ」
「荒金先輩!?」
俺は驚きで思わず床から飛び起きた。
「その反応はキモいよ、お前」
柿成は冷酷に言い放った。
「お前やっぱりあの人のこと好きなんか?」
「あ、いや、そう言う事じゃないんだけど…………」
「なんや、違うんか?」
「………いや、まあ、違くはないんだけど………さ」
俺は口ごもった。
と同時に、少しだけあの日の事を思い出した。
ーーーーー
その日、俺と荒金先輩は道場の戸締り当番を割り振られていた。
練習後、換気の為に開け放っていた全部の窓を閉め、鍵をかける当番だ。
「それ」は窓を閉めている最中に起こった。
少し錆びついた窓をガキガキと閉めていると、後ろの方でバタリ、と音がした。
何だ、とそちらを向くと、中途半端に閉まった窓の下で荒金先輩が倒れていた。
「先輩!?」
と俺が先輩の元へ駆け寄ると先輩は真っ白な顔で、
「.......私...の.....カバンから....薬を......」
と息も絶え絶えに呟いた。
「分かりました!!」
と言い残し、俺は先輩のカバンへと走った。
だが、カバンのどこにあるのか分からないので、そのままカバンを掴んで先輩の元へ戻った。
「先輩、薬はどこに!?」
「......一番.....外側..の...チャック…」
こじんまりとしたカバンのチャック付き外ポケットを開け、5センチ四方程度のプラスチックケースを見つけ、薬を取り出した。
そして先輩を壁にもたれさせて薬を飲ませると、血の気が引いて陶磁器のようになっていた顔に朱が差してきた。
「大丈夫ですか?」
「フッ....大丈夫なように見えるか......?」
「そりゃ見えませんよ」
「なら良かった。お前の目玉は正常ってことだ」
ニヤリと笑いながら先輩はいつものように茶化した。
「病気ですか?」
「......ああ。小さい頃から心臓が弱くてな」
少し目を伏しがちにして答えたのが気になった。
「先輩、何か隠してますか?」
「....フッ....さすがは教師志望、洞察が鋭い」
「誤魔化さないで下さい」
「大した事じゃない。原因不明、治療法未発見なだけだ」
心底興味のなさそうな顔で先輩は答えた。
だが俺は、先輩の手が微妙に震えていることに気がついた。
一瞬躊躇したが、俺は先輩の手を握った。
彼女は驚いたように手を引っ込めようとしたが、俺はより強い力で彼女の手を捕まえた。
「無理に強がらないでください」
俺がそう言うと彼女はびっくりしたように動きを止め、俺の顔をじっと見た。
そして小さく笑い、
「無理はしてないよ」
と呟いた。
「........でも」
顔を上げて俺の顔を見た。
「少しだけ私の弱音に付き合ってくれないか?」
俺は深く頷いた。