霧雨の夜は魔が出る1
魔道書。
閉じ込められた欲望、残された念の詰まった書物。
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書物をめくり、叫ぶ。
「オーヴェルニュよ!!力を!!」
大量の槍を精製、敵に向かい射出。
(俺は、何をやってんだ………)
と、思わず心で漏らす弱音と一緒に頭に浮かんだのは、2人の人物の顔だった。
そうだ、あいつらのしょうもないイタズラがそもそもの始まりだったんだ。
「ククッ、随分必死だな、アストロンの新主人」
虚空に浮かぶ魔法陣。
ズッと現れた爪が魔法陣の端を掴み、こちらの世界へ足を踏みいれようとしていた。
(ああ………あいつら、今何してんだろ………)
完全に姿を現した異界生物はその顎を開いた。
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ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ
「うあ………朝か………」
呟き、見た夢を反芻する。
随分ヒロイックな夢だった。空中に浮かんだ自分が、魔術師と戦い、あと少しで召喚獣に呑まれかける夢。
「なんかを思い出そうとしてたみたいだが、思い出せないな………。………まあ夢だしいいか。っと、時間は…………」
午前6時20分。
「うん、大丈夫。試合には間に合う」
今日は人生2度目のインターハイ予選。
万が一にも遅れないように、と昨夜時間帯をズラして5つ目覚まし時計を仕掛けたのだが、3つ目でようやく目が覚めたようだ。
「ま、俺はケガで出られないんだけどね………」
ひとりごちながら、俺はカーテンを開ける。
部屋一杯に差し込む光。
「!?」
慌てて部屋を出て、リビングの時計を確認する。
午前8時ジャスト。
最もやってはいけない寝坊に俺は膝から崩れ落ちた。
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「あんな、今日がどれだけ大事な日か分かってるやろ?なんで寝坊できんねんな」
「すみません………」
小声だが、とんでもなく怒りのこもった声に、俺はただ謝るしか出来ない。
「なんで寝坊したんや。理由は?」
「目覚まし時計の時間が狂ってました………」
「直しとけや!!」
目が覚め、膝から崩れ落ちたのが8時。
そこらにあった食べ物を取り敢えずカバンに詰め、道着を入れて家を飛び出たのが8時5分。
試合会場最寄りの地下鉄の駅に着いたのが8時50分。
ちなみに事前に通告されていた集合時間は6時50分。
大大遅刻である。
そして今、9時5分。
開会式をしている横で正座させられ、魔神という通り名を持つ外部コーチの先生に叱責を受けている。
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魔神に叱責される事15分。開会式も終わる頃、やっと正座を解く事ができた。
「まったく………お前が出場しないのが不幸中の幸いやな」
「ホントだよ………。2時間遅刻なんて聞いたこともない」
「すみません………」
心底呆れた声を出したのは同期の草地。俺の相方だ。
「その上、いいところ見せようと思って張り切ってケガするってお前、ダメ男のルート全部辿ってるぞ」
「うるせえよ、ステップ」
「てめえ、そのあだ名出すってことは反省してないな?」
そんなことを話していると、開会式に出ていた部員が戻ってきた。
「やっと来たのね!!随分心配したのよ!?腰は大丈夫?」
「ああ、ハハ、大丈夫です。痛み止めは打ちましたから………」
「ならいいけど、どうして遅刻したの?」
矢継ぎ早に質問を浴びせてくるのは部長、大井先輩。
歴代の部長は全員美形で、この人もその例に漏れずモデルのような顔立ちである。
また、大遅刻した後輩にもこうして話しかけてくれるあたり、とても優しい人だ。
だが、
「なるほど、目覚まし時計が………ね」
「は、はい………」
ジリジリと交代する俺の頭に、
ゴッッッッ
と先輩の拳が突き刺さった。
ポカをやった人間に対しては力一杯のグーパンチを頭にお見舞いしてくる、根本が筋肉な先輩だ。
そんな先輩のフルスイングパンチを受け、
「うげえ………」
という声を残して俺の意識は飛んだ。