5 クリスマスは家族でパーティーです
季節感どこいった……
でもクリスマスメニューは心踊りますよね。
今年の12月24日は、平日だ。
クリスマスの意義を知ったころから、いつの間に日本ではクリスマス当日ではなくてイブが祝う日になったのだろう、などとひねくれたことを頭の片隅で考えつつ、美里はわりとしっかりとこれまで日本版クリスマスを謳歌してきた方だ。
子供のころは、当時通っていた英語教室(結局モノにならなかったが)でプレゼント交換をし、家族でケーキを食べて、ワクワクしながら就寝、翌朝枕元にプレゼントを発見して歓喜したものだ。長じて恋人ができてからはデートする日になり、恋人がいない年には寂しさを噛みしめ、もっと大人になれば、少し背伸びしてフレンチでクリスマスディナーを奮発し、恋人とシティホテルに宿泊した。チェックアウトのときは同時に宿泊したのがほとんどカップルで、微妙な居心地の悪さを感じつつ、順に支払いをする男性陣をしり目に、ロビーで所在なく待つ女同士、ファッションや持ち物でなんとなくマウントを取り合う。お風呂に入ったあとなど、まだまだ尻が青かった、と、まさにいま蒙古斑を持つ花菜のおしりを見ながら、その頃のことをふと思い出す12月初頭だったりする。
結婚して2度は、壮介と二人のクリスマスだった。わざわざ外に食べに行くのも何か違う気がして、クリスマス近くの休日に昼間出かけてデパ地下でスパークリングワインとおしゃれなお惣菜、それにミニサイズのケーキを買い、夜は間接照明にウエディングキャンドルを灯して家で飲む。花菜を授かるまでは職場にもう少し近いところに1LDKの古くて小さなマンションを借りていたから、雰囲気を作るにも限界はあったが、小さなクリスマスツリーやサンタ人形を飾ったりして、それはそれで楽しかった。3年目は妊娠中、そして昨年である4年目は授乳中で、酒が飲めない。ノンアルコールのワインといわれるものはあまり好きではなかった美里からしたら、ちょっと寂しいクリスマスだった。子供ができると変わるというが、0歳児相手にクリスマスも何も、と去年は大人仕様ノンアルバージョンで遂行した。
「今年は、クリスマスどうしようね?」
何の気なしに壮介に相談すると、「そういえば、ローストチキン売り出すみたいだよ?」という。
「ローストチキン?」
「うん、鶏肉屋さん。」
鶏肉屋さん、と通称しているのは、半分はテイクアウトの焼き鳥屋さんである、鶏肉専門の小売店だ。店の6割くらいが焼き鳥コーナーで占められ、それ以外に鶏のから揚げ、蒸し鶏、煮卵などの加工品や、生の鶏肉の各部位、卵などが売っている。
「むしろこれまでやってなかったの?」
「やってたのは知ってたけど、去年はデパ地下したからいいかなと思って。」
「あ、まぁ確かにね。」
一昨年は妊娠中だったから生肉が食べれなかったが、ローストビーフも生ハムも、去年はトキソプラズマを気にすることなく食べられた。これでワインさえあれば、と思いつつ、美里はノンアルコールビールでそれらを堪能したものだ。ローストチキン、と言われてもたぶん見送っていただろう。
花菜は牛や豚はまだ固いようでなかなかうまく食べられないが、小さく裂いた鶏肉なら好んで食べる。ローストチキンをメインにするなら酒は辛口スパークリングからの、シャルドネあたりの少し甘さのある白ワインだろう。
「だったら、あとのメニューはパエリアとかどう?」
「いいね。魚介のほうがいいかな。」
「もちろんそのつもり。」
当初は外食専門、そしてその後数年はキットを買ってきて作っていたパエリアだが、あるレシピ集に載っていたのをきっかけに、案外簡単に自分で作れるようになった。みじん切りした玉ねぎやニンジンなど野菜も意識せずに取れるし、基本さえマスターしてしまえばアレンジの幅も広く、地味に牧野家の人気メニューだ。今は食卓にそのまま出せるホーロー鍋でふっくらと炊いていて、パエリア風の炊き込みご飯といった風情。ツマミとして考えたらパエリアパンが欲しいとも思うが、花菜の食べやすさを考えたらしばらくは現状維持が妥当だろう。
「じゃ、メインの具はアサリとエビかなぁ。」
「エビ、あるといいけどね。」
魚屋の店主の目利きに引っ掛からないと店頭に品が出てこないから、具材は賭けだ。まぁ、白身魚があればたぶん大丈夫。
「そもそも24日にやるの?」
「いや、うちにはちょっと気の早いサンタさんが来るんじゃないかなぁ、直前の土曜あたりに。」
「だよね。」
共働きの平日は夕方も朝もばたばたである。クリスマスディナーもサンタさんからのプレゼントも楽しむ余裕はないから、前後の週末に移動させ、比較的余裕のある土曜にディナー、日曜朝にプレゼント開封だ。別にキリスト教徒ではないから大丈夫だろう。
***
次の週末になると、商店街が一気にクリスマスになった。肉屋のカウンターにもミニサイズのクリスマスツリーが飾ってある。
「んー、豚こま300とー、ひき肉300と……スペアリブどう?」
「スペアリブお勧めだよー。焼くのも美味しいけど、この季節は醤油ベースのたれでネギと煮込んでもいい。」
「じゃ、それも。大きめで。」
「はいよ。そだ、クリスマスにローストビーフやるのと、ローストビーフ用の塊肉もあるから必要なら予約してね!」
はーいありがとう、と愛想よく受け取ってきた美里は、他を回って帰宅してから、袋の中の注文用紙と再度対面した。
「さすがウシ。」
2、300グラムも買えば、今日肉屋で買ってきた分のお値段は軽く超える。別に経済的に困ってもないので買えなくはないが、費用対効果を考えるとさてどうしたものか。飲み会で5000円なり8000円なり使うことに躊躇はないのに、こういうところで1000円の使い道に悩むあたり、我ながら矛盾している気はする。
「ただいまー」
悩んでいると、買い物の途中で別れて公園で遊んできた花菜と壮介が帰宅してくる。
「おかえりー」
適当に返事をする。手を洗ってからじゃれてくる花菜をあしらいつつ引き続き悩んでいると、続いて壮介が後ろから覗きこんだ。
「どうしたの?」
「ローストビーフ好きだけど、やっぱ高いなぁって。」
「でも、去年買ったのより圧倒的に安いね。デパ地下の惣菜ってやっぱり高いんだな。」
「そうなの?」
「グラム800円くらいじゃなかったかなぁ。美里がウマイウマイってほとんど食べちゃったやつ。」
「ひえー、そんなにしたんだ。ってか、ほとんどは食べてないよ!」
抗議しつつも呆気に取られる。去年の買い物は壮介に頼んだため、価格は聞いたかもしれないが印象に残ってなかった。
「まぁ、今年はチキンがもも二本分あって、それにパエリアでしょ?さらにローストビーフはやめていいんじゃないの?お正月にもほしくなるんでしょ。」
「たしかにね。わさび醤油に日本酒!」
嬉しくなった。そして夫にあっさり悩みを解決され、この人は自分の納め方をよく知ってるなぁ、と、少しにまにまする。
「どうしたの?」
「いや、壮介には敵わないなぁ、って。いつもありがとう。」
「どういたしまして??」
にやけが伝わったのか、妙に照れくさそうな壮介。花菜がきょとんと二人を交互に見る。
「よし、じゃ、花菜はテレビ見るか!」
「そうね、ママはごはん作ってくるよ。スペアリブの美味しい食べ方検索したんだー。」
「楽しみだな!」
なんとなく誤魔化して、花菜の頭上で意味ありな視線を交わす。花菜がゼロ歳の頃はお互い余裕もなかったが、ここ一年ほどは折に触れてこんな感じの少し艶めいたやり取りも復活している。
今日の夕食のメインは肉屋さんの言葉をヒントに、スペアリブと旬の長ネギ、それに茹で玉子を醤油ベースの甘辛のたれで煮付けたもの。本来二、三時間煮込むレシピだが、圧力鍋のおかげで一時間以下で出来上がる。花菜は肉を少しに、味の染みた卵をあげれば喜ぶだろう。サイドメニューは、キャベツを胡麻油や塩昆布で和えたもの、それからきんぴらごぼう。ささがきや千切りで作るのが一般的だが、あるコラムに料理研究家が「自分は拍子木切りで作る」とあり、やってみたらツマミに最適だった上に大きく切るぶん手間がかなり省けたため、美里はいつも大きめの拍子木切りで薄味に作る。花菜はゴボウは苦手だが、同量のにんじんと大根も入れれば解決だ。
スジ肉の下茹でや角煮など、大きめの肉を処理することも多いから、大は小を兼ねる、と思いきって買った大きめの圧力鍋を出しながら、美里はふふ、と笑った。壮介と花菜は公営放送の幼児番組に見入っている。今日の料理はあれが終わり、アニメが数個続く間の小一時間でのタイムトライアルだ。そのあとの二人の笑顔を思い描く。きっと喜んでくれるだろう。
***
まだまだ何をしでかすか分からない花菜のことを考えれば、例年のような小さいパーツのあるクリスマスデコレーションは難しい。そうかと言って、空いた壁に百均で買うようなチープな絵やデコレーションを貼るのもなんとなく抵抗があって、明後日がクリスマスディナーなのに、美里はまだ家でクリスマスらしい飾り付けができないでいた。
「おかえりなさーい。牧野さん、これ、花菜ちゃんが作ったんですよ!」
いつもにこやかな遅番のあゆみ先生が、大事そうにビニールで包んだ何かを渡してくる。あぁ、いつもの工作ねと何気なく受けとって、美里は少し目を見張った。
「これ……」
「けっこう本格的でしょ?皆さん驚かれるんですよ。」
ボール紙の台紙に、リボン型のマカロニがたくさん貼ってあり、全体が金色で着色されている。上部には大きめのクリスマスカラーのリボン。むろん、市販されているリースには比ぶべくもないが、充分雰囲気は出ている。
「花菜ちゃんが全部マカロニ貼ったんですよ~。」
「えー、そうなの、すごい!」
まとわりつく花菜の頭をごしごしと荒っぽく撫でると、花菜は照れつつも得意げな顔をした。しかし、これはボール紙を切るところから着色、リボン付けまで、先生方もなかなかに労力を要したに違いない。いつも思うが、ただ面倒を見るだけでも激務だと思うのに、壁面装飾やこういった工作の準備など、細かいところにも手をかけていて、保育士ほど給与と釣り合っていない職業はないのではないかと思う。
いつも通りのギリギリのお迎えなので、長話をする余裕はない。美里は礼を言ってリースを受け取り、花菜を連れて自宅へ帰る。夕食を済ませたリラックスタイムに花菜と一緒に壁面に飾ると、素朴ながら暖かく、なんとなくそれだけでクリスマス感が出たようだ。
「いいじゃない。」
片付けを終えて台所から出てきた壮介が言う。
「ね。なかなか素敵。」
「先生も大変だな。」
「手がかかってるよね。」
「来年はツリー、買ってみるか。大きいやつ。」
「どこに仕舞っとくの?」
からかうように言うと、壮介は確かになー、とあっさり矛を収める。でも、小さなツリーはあったほうが楽しいだろう。していいこととダメなことの判断がある程度つくようになればそれ以外のデコレーションも出せるかなぁ、と花菜の成長を思い描きながら、美里はお風呂の準備を始めるのだった。
***
土曜日の日中に買い出しに行き、いつも通りの翌週分+ストック分の食材に、パエリアの材料とチキンを忘れずに取りに行く。それだけではさすがに寂しいので、少し洒落感を出してシーザーサラダもどきも作ることにした。もどき、なのはロメインレタスではなくて普通のレタスだからである。ソースも自作しないし。
「さてとー。」
花菜と壮介がいつも通り公共放送の子供番組を見ている間に、エプロンをつけて気合いを入れる。とはいえ、作るのはサラダとパエリア。そう時間がかかるわけではない。
アサリを50℃くらいのお湯で砂抜きしている間に、玉ねぎ、にんじん、それにオレンジと緑のパプリカを粗いみじん切りに。サフランを2つまみ、少量のお湯に入れる。鍋にオリーブオイルを垂らし、みじん切りにんにくを入れたら火をつけ、薫りが立ったら洗わないままの米を炒める。
「透明になるまで炒める」などとよく言うが、油に触れた米は瞬く間に透明になるからよくわからない。とりあえず適当に炒めてから、みじん切りした野菜類を玉ねぎから順に炒め合わせ、サフランをお湯ごと、白ワイン、それから水を入れたら、塩コショウして上からアサリとヒラメの切り身を格好よく置く。あとは蓋をして焦げつかないように見守るだけだ。少々の焦げはむしろご馳走である。
炊いている間にチキンを暖め直す。レタスを千切り、洗って水切りをする。大皿に盛り、少し避けておいたオレンジのパプリカを薄切りにして乗せたら、フライドオニオン、ベーコンフレーク、クルトン、粉チーズを上から振り掛ける。サラダを美味しそうに盛るのはなかなか難しく、少し苦戦する。
「できたよー。」
声をかけると、子供番組を見終えて遊んでいた花菜が、壮介とやってくる。
「これ運んでくれる?」
花菜の分のスプーンとフォーク、それから親の分の箸を渡すと嬉しそうに頷いてとてとてとテーブルに向かう花菜。見送って、壮介にはサラダの皿を渡した。
「真ん中はチキンとパエリアが来るから、空けといてね。」
「了解。」
チキンをオーブンレンジから取り出し、少しサラダを移しておいた大皿に二本が少し交差するように置く。カトラリー、取り皿やグラス、それとスパークリングワインをカウンターに乗せて、美里はパエリアの入ったホーローの鍋を鍋つかみ越しに手に取った。煮込み用だから仕方ないが、鍋自体が重い。
既にテーブルについている花菜と、カウンターから諸々を下ろして配膳中の壮介の前で、料理番組よろしくタメを作って鍋の蓋を開けると、フワッと上がる魚介とサフランの薫り。二人の顔がほころんだ。
「よし、食べよっか。」
「メリークリスマス!」
「す!」
ガチッ、と武骨な音をたてるいつものグラスには、繊細な泡のたつスパークリングが注がれている。花菜はいつものお茶だが、一丁前にプラスチックのうさぎのカップでごちん、と乾杯をした。
「よーし花菜、アサリ食べるか?」
「ごはん。」
「ごはん先に取ってあげるねー。……わ、チキンがさすがの味だわ。」
「皮も美味しそうだね。」
「うん、パパも食べて食べて。」
花菜も壮介もいい食べっぷりだ。美里は負けていられないと、まずはスパークリングを一口煽った。
***
「寝た?」
「やっと。」
夜10時。パーティーモードの余波か、なかなか寝付かなかった花菜も、やっと寝た。すーすー息を立てている。
「じゃ、枕元、これだね。」
今年からサンタの真似事をすると決めて、花菜の大好きな、オランダの誇るうさこちゃんの大きなぬいぐるみを買ったのは12月も初頭のこと。こっそり隠していたそれを、そっと花菜の枕元に置く。
「ミッション完了ー!」
「お疲れ様ー。」
ちょっと目をキラキラさせてリビングに戻ってきた壮介を迎え、美里は小さな包みを取り出した。
「何がいいか分かんなかったから、気に入るか分からないけど。」
言い訳のようにそう言って、押し付ける。
「俺にも?」
「うん。」
「ごめん、全然俺、用意してないや。」
「いいの、私がしたかっただけだから。」
中身は、シルバーのシンプルな名刺入れだった。名入れ加工を施したそれは、メインというよりサブで使って欲しい。カバンの中に入れておけば、何かしら使える時もあるだろう。ポイントカードや診察券を入れておいてもいいのだし。
「ありがとう。大事に使うね。」
そういうと、壮介は美里に近づいて軽くキスをした。美里は視線と動きで、もっと、と強請る。
壮介は少し目を見張るとそれに応え、合間に美里に聞く。
「どうする?」
「今日は、うちはクリスマスだよ。」
「そうだな。リボン巻いてあげようか?」
「いいね。」
クスクスと笑って、二人はいったん身を離すのだった。
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壮介さんと美里さんは倦怠期ではなさそうですね。(笑)