表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

8 イマドキ男子は可愛いが大好きです

お久しぶりです。

四月。異動シーズンである。


美里の部署には、20代後半の若手男子が異動してきた。里中より三期下になる彼、橋口は、美里とも業務上多少の繋がりがある。メインの研究以外でも、美里は山本のチームをはじめ二、三のチームで助っ人をしており、そのなかの1つで橋口と組むことになったのだ。


といっても、山本のチームとは異なり、このチームでは美里はあくまで助っ人。まだ若干あぶなっかしい橋口の出張を準備から記録まで各段階でフォローしたり、悩んでいるときに相談に乗ってやるくらいのものではあるが、逆にそれくらいの付き合いだからこその気楽さもあった。責任はまぁなくもないが、どっちかというとちょっと頼りにされる近所のお姉さんポジだ。


それにしても、最近の子は面白い。一世代までも違わないくらいの年齢差だが、彼はそう思わせるタイプでもあった。


---

「えー、超可愛いコレ!」


都内でヒアリングを行ったあと、少し頭の整理を兼ねて、と初めて一緒に入った小洒落たカフェ。ラテアートを施され、動物の形のマシュマロが乗ったカフェラテを前に、橋口は胸の前で可愛らしくきゅっとガッツポーズをして声をあげ、美里は呆気に取られたものだ。女子か!と。


「めっちゃ可愛くないですか?あーん、マシュマロ溶けちゃう~」


そういうと、すみません、と素早く断ってスマホを構え、パシャパシャと数枚。


「すみません、写真撮っちゃって大丈夫でした?」


こちらが呆然としているのを少し伺うようにそういう橋口は普段通りの見た目と雰囲気で、さっきのは見間違いだったのかと一瞬目をぱちくりする。しかし、彼の前には間違いなくちょっと溶けかけた可愛いマシュマロが乗ったラテアートつきカフェラテと、シナモンと生クリームたっぷりのアップルパイが並んでいた。


「いや、あまりの女子力の高さにびっくりしただけで……」


やっとの思いでそう言い、美里は手元を見る。ホットのブレンドコーヒーに、おまけでついてきた外国ものの小さなビスケット。赤いパッケージが特徴の甘味が強いそれは、ブラックコーヒーに良く合って、美里はわりと好きだ。これがつく店は当たりを引いたと思う。今日の組み合わせは美里的にはかなりベストに近い。ダイエットもしなきゃだし。ただ、端からみたら注文が逆だと思われそうだ。


「あ、大丈夫ですよ!いまは業務時間中なので、SNSはやりません!」


そういう問題じゃない。いや、それも大事だけど。


「うん、えーっと、とりあえずほら、マシュマロ溶けちゃうんでしょ、食べよう。」


そういって、自分のコーヒーを一口。酸味が強めだが、すっきりしていて美味しい。シアトル系チェーンだと、ブレンドでもどうも苦味が勝ちすぎている気がする。袋を開ける前にぱきぱきと折って一口大にしたビスケットをさくり、口のなかで砕く。やはりこの組み合わせは単純だが至高だ。


「いただきます。あーんやっぱ美味しい~」


生クリームをどさりと乗せて大きくカットしたアップルパイを一口食べた橋口は恍惚の口調になり、美里は本日二度目の瞠目をすることになった。同時に笑いが込み上げる。


「橋口くんさ、キャラ違わない?」


堪えきれずにそう突っ込むと、マシュマロとは違うところからラテを飲んでいた橋口が、動物越しにへ?という顔でこちらを見た。マシュマロはだいぶ崩れかけているが、クマだったらしい。


「いや、普段どっちかっていうと男子キャラだなーと思ってて。」


男子校出身、工学部卒。専門は機械工学と聞いている。話も早く、酒も行ける口だし、おじさんたち(えらいひと)の受けも悪くなく、わりとクラシックな男子だと思っていた。……まさかの女子力である。


「えーそうですか?あーでも、好きなものとかちょっと女子っぽいかも?」

「料理とかするの?お菓子作ったり?SNSはやってるの?」

「いえ、買うか食べに行く専門ですけど、可愛いのは好きですね。SNSは一通り……辻橋さん、笑いすぎじゃありません?」

「いや、だって想定外の女子力が。去年はタピオカとか買いまくったんじゃない?」


去年めちゃめちゃ流行ったのだ。よく知らないが映えるらしい。確かに可愛いし美味しいのだが、一杯のカロリーを聞いて美里は一回で止めておいた。30を超えると節制していても太りやすい。


からかう美里をちらりと見て、橋口は目線を落とした。


「変ですか?可愛いの好きなの。」

「ううん、全然そんなことない!」


美里は慌てて否定した。下手したらパワハラかセクハラである。くわばらくわばら。


「キャラが思ってたのと違いすぎて、それと私との女子力の差がすごすぎて……気を悪くしたならごめん。」

「辻橋さんは女子力低くないでしょ?」

「いや、だって写真とか撮ろうと思わないし、SNSは見る専門だし、可愛いなぁとは思うけどそういうケーキとか頼まないし。いいと思う、そういうの好きなの。あと、新しい感じ。」


真剣に言う。人の好みを貶める趣味はない。まぁ、きゃー可愛い!の言い方は実のところちょっと面白いと思うが、断じておかしくはない。ついでにいえば、自分の女子力についても悲観はしていない。これはこれで美里の好みだし、変える気はない。単に、典型的最近の女子!みたいなことを橋口がしているというのがツボに入っただけである。


「ごめん、笑いすぎた。たぶん橋口くんなら何度も行ってるとは思うんだけどさ、もしよかったら今度はパンケーキとか行こうよ。お詫びにおごるよ。」

「いいんですか?嬉しいです、あんま男一人じゃ入りづらくて。」


美里の真剣さが伝わったのか、はたまたパンケーキに釣られたのか。彼との外出は、これを機にスイーツ巡りを兼ねることになったのだった。


---

生クリームもりもりのパンケーキからスタートしたスイーツ巡りは、たまにランチ巡りも兼ねながらヒアリングや出張の度に続いている。ついでにいろいろ話す機会も増え、分かっていたことだが、アルコールに限らず飲食というのは人との距離を近づけてくれるものだと実感する。


それにしても20代男子の新陳代謝はすごい、と美里はそちらにも感心していた。パンケーキに添えられていた山のような生クリームもペロリと食べ、チーズケーキにはアイスを追加トッピング、イタリアンではパスタを大盛りにし、パンやデザートまできっちり平らげた挙げ句、取材後には別の店のレモンケーキにミルクたっぷりのラテ。オフィス街でほかに何もなくて入るシアトル系チェーンでも、糖分とクリームのかたまりといっていいようなデザートドリンクを大サイズで頼んでいる。美里がやったらほぼ間違いなく胸焼けを起こすし、体重の増加も避けられないところだが、橋口はけろりとしていて、羨ましいような、そこまでしなくてもよいような。もともとどちらかといえば左党の美里にはびっくりするような光景である。まぁ、酒は飲み会でもせいぜい付き合いビールのあとはカクテル系で、家には酒が置いてないらしい橋口からしたら、ワイン、焼酎、日本酒はもちろん、紹興酒やときにはマッコリまで家にある牧野家のほうが衝撃かもしれないが。


(二人目がもし男の子だったら、思春期以降のエンゲル係数すごそう。)


まだ妊活もしてないのに、そんなことまで思いを馳せてしまう美里であった。


---

「なんかちょっと、ドキドキしますね~」

「いやー、老舗っていっても甘味屋さんだよ?」


今日の訪問先は某オフィスビルの中で、先方との打ち合わせを終えた二人は最寄駅近くの甘味屋に行くことにしていた。創業70年ほどになる老舗のそこは、美里の昔からのお気に入りでもある。あの街ならそこがあるね、と何気なく言ったら、前から行ってみたかったとかですぐに決まった。


のれんを潜ると、いらっしゃいませ!と元気な挨拶をされ、階段をあがった二階の座敷に通されて、座るとすぐに温かいお茶と小さなおかきが出てきた。日本語メニューの裏には英語メニュー。美里の注文は来る前から決めており、暇潰しに英語メニューを眺めてみた。写真などはあまりなく、「Matcha」「Anko」という単語が散見されるが、これで外国人には伝わるのだろうか。


「あーん、決められない~。」


美里が益体もないことを考えている間にも、橋口はメニューを睨んで悩んでいたらしい。ここは、クリームあんみつも美味しいが抹茶ババロアも名物である。どちらにするかは悩ましいところだ。


「どっちも頼んじゃえばいいじゃん、食べれるでしょ?」

「さすがに……っていうか、僕最近お腹が出てきたんで……」


細っこい身体でよく言う。美里はジト目で橋口を睨んだ。


「ほんとですよ、もう歳かなって。そろそろアラサーになるし……」

「お?それは私への宣戦布告?」

「ごめんなさい。」


歳のことはお年頃の女性には禁句である。別に美里は歳を重ねることそのものをネガティブな捉え方はしていないが、"そろそろアラサー"ごときで歳だなんて言われたらつっこみたくはなる。


じゃれている間に仲居さんが注文を取りに来て、美里は安定の餡のせの豆かんを注文した。あまり理解してもらえたことはないが、個人的にこの店での不動のトップである。あんみつよりさっぱりしていて、餡と寒天と豆のシンプルなハーモニーが楽しめる。


「んー、んー、じゃ、抹茶ババロアで!」


最後まで迷っていた橋口は、美里の予想通り抹茶ババロアを注文した。アイスクリームを追加トッピングしたクリームあんみつという可能性もあるかとは思っていたが、こってり系大好きな橋口ならやはりそっちだろう。


仲居さんが去っていくのを見送り、おかきに手を伸ばす。つきだし代わりの、ほんの二口ほどの小さなものだが、わりと人気商品らしく、入口付近の持ち帰りコーナーに袋入りが置いてあるのをみたことがある。ちなみに甘味も大抵は持って帰れる。


まずいつもどおり写真を撮ってからおかきをかじっていた橋口が、ふう、と大きくため息をつく。


「どうしたの?」

「いや、なんというか、……写真撮るのも面倒になってきたっていうか。SNSもなんか、難しいものですね。」

「そうなの?荒れるとか?」


美里は基本的に見る専門だし、橋口がアカウントを持っているのは知っているが特に繋がろうと思ったことはない。そういえば学生の頃は日本発のSNSが全盛期で、足あとを踏んだ踏まないだとか、いろいろトラブルがあったのを思い出す。そのときも美里はアカウントは持っているものの特に日記はつけていなかったので他人事ではあったが。


「荒れるってまではいかないんですけど、ごはんとかスイーツの写真載せたら、誘ってくれたら一緒に行くのにーってしつこく言ってくる人がいたり……」

「それはめんどいね。」


真面目にやっていない美里からしたら、面倒なら更新止めたら?というような話だが、悩むということはたぶんそういうことでもないのだろう。橋口の視点にたって考えてみる。


「うーん、さっくり断れないの?」

「なんていうか、スルーはしてるんですけど察してくれなくて。」

「文字だけのコミュニケーションって難しいよね。」

「そうですよねー。大変申し訳ありませんが行けません、って一回はっきり断った方がいいんですかねぇ。」


そこまで橋口が言ったとき、注文した品が運ばれてきた。美里は早速スプーンを取り、橋口はおいしそー!と声をあげて抹茶ババロアをいつもどおり写真に納めた。さっき愚痴っていたくせに、もう習慣になっているらしい。ガラスの器に盛られたそれは、抹茶の深い緑が美しいババロアに、あんことホイップクリームが添えてあった。


「んー、美味しい。」


餡とホイップクリーム、それとババロアを同時に口に運んだ橋口が呟く。しみじみ、といった口調に、美里は少し微笑んだ。


「お口に合ってよかった。」

「美味しいですよ。辻橋さんは食べたことないんですか?」

「美味しいらしいって聞くんだけどね、ここに来ると豆かん食べたいのよ。あんま映えないけど。」

「なんか、そういうのカッコいいですよね。」

「そう?」

「自分を持ってるっていうか。」


ふう、とまたため息。単に美里はここではこちらが好きというだけで、お洒落も可愛いも普通に好きだ。むしろスイーツと可愛いものが好きなSNS男子は十分個性的だと思うのだが、本人としては違うのか。


「なんかSNSもうまくいかないし、自信なくしちゃって。仕事も辻橋さんにフォローしてもらってばかりですし。」

「とりあえず、仕事は十分できてるよ。」


確かに仕事でフォローはしているが、大した手間はかかっていない。一人でやっていたら煮詰まるのは誰でも一緒だし。


「あー、でもアレかも。とりあえず何にでも謝るの止めたらいいかも。」

「そんなに僕、謝ってます?」

「うん、たとえばさっきも「大変申し訳ありませんが行けません」って言ってたでしょ?そんなの、しつこいのは相手なんだから、謝らなくていいのよ。」

「??……あ、SNSの。」

「その人だけじゃなくて、仕事見てても全体的に謝りすぎじゃないかな。疲れるよ、それ。」


謝りすぎは、ワーママあるあるでもある。会議が長引いてお迎えが遅れる。子供が熱をだして急遽早退や休暇。お迎え当番だった夫が急に行けなくなって急遽早退。ごはんを作る時間がとれなくてお惣菜や冷凍食品。保育園の連絡をうっかり見損ねて忘れ物……。常に人的、時間的リソースをギリギリで回しているから、少しでもイレギュラーがあればすぐにエラーが発生する。


「確かになんか、自分悪くないのになって、気持ちが少しもやっとしますね。でも、謝るほうがいろいろスムーズかな?って。」

「そういう面はあるね。」


たとえば会議が長引いたとき。「まだ定時まで一時間もあるのに?」と怪訝な顔をした他の参加者に、お迎えに間に合わないのですみません、ごめんなさい、と謝って途中で抜けて、走れるところは必死に走って直接お迎えに行って、それでも六時半の預かり終了には数分の遅刻。遅れて本当にすみませんと頭を下げ、今後気を付けてくださいという保育士に更に謝り、最後の一人になって不機嫌な花菜にもごめんね、と謝り、暗い中帰宅してばたばたと洗濯物を取り込み、食事の支度をしているときに花菜にわがままを言われ……となると、苦しいくらい惨めになって落ち込む。落ち込むくらいならまだなんとかなるが、花菜を必要以上に叱りつけてしまうときも多々。それでギャン泣きとなり、大喧嘩に発展してぐったりすることもしょっちゅうである。


「そういうことがよくあってさ、なんでこんな必死にやってるのに私、どこに対しても謝ってるんだろって思ったの。」


終業時間が六時なのにお迎えの時間が六時半なのも、四時半に終わる予定の会議が長引いたのも、それぞれは美里のせいではない。あえていえば、世の職業はみんな五時に終業すると想定した制度設計の問題であり、時間どおりに終わらせるとか、五時に帰らねばならない人がいるという意識のない参加者の意識の問題である。


「謝ればその場は収まるんだけどさ、謝るってことは、心では舌を出していたとしても、どこかで相手が正しくて自分に非があるって認めることになる、みたいなの。」

「みたい?」

「うん、心の中で舌を出してるのが本心だと思っていても、謝罪を口に出してるのもやっぱり自分なんだって。口に出すと、自分にとってそれがどこかで真実になるらしい。聞きかじりだけど、それ聞いてなんか納得したの。たしかになんか削られてくなって。」

「嘘の証言を何度もしてると本当のことと区別がつかなくなってくるってのは、聞いたことありますね。」


橋口はババロアを食べる手を止めてそう言った。3/4くらいがなくなっている。


「でも、そうしたら角がたちません?」

「謝らないだけだから、角は立たせないように気を付けてるよ。事情を細かく説明するように気を付けたり。それに、ご迷惑おかけします、とか、お手数ですが、とかは言うし。」

「謝ってませんか?それ。」

「自分の事情に配慮してもらってるのは事実だから、これだと案外自分は傷つかないよ。」

「そんなもんですかねぇ~。」


橋口が頻繁に謝るのが前から気になっていて、思わず長く話してしまった。引かれてないかなぁ、お説教に聞こえたかなぁと少し気詰まりを感じ、ごまかすように豆かんの続きに取り組む。しばらくは二人、無言で甘味を味わった。


「辻橋さんなら、SNSのしつこい人にどう対応します?ブロックはできないとして。」


ババロアを食べ終わった橋口が、お茶のおかわりを仲居さんに頼んでから美里に問うた。美里は少し考えて言った。


「私なら、「せっかくだけど、ごはんは基本一人で行きたい派なんだー」とかかなぁ。飲み会と美味しい店巡りは違うよね。」

「せっかくだけど、かぁ~。思いつかなかった。語彙力!」


橋口が破顔する。多少吹っ切れたような表情に、美里はこっそり安堵した。引かれなくてよかった。


「文系だからね~。」


軽口で答えて、美里は伝票に手を伸ばした。少し長居してしまったが、まだ業務時間中である。帰って業務の続きをしなければ。


「さ、帰って取材記録まとめようか。」

「ですね。あー、お土産買って帰ろうかな。」

「それは自腹で払いなさいよ。」

「えっおごってもらえるんですか?」

「なんかいろいろ苦労してるみたいだから、今回はね。」

「あざっす!さまっす!」


いえいえ、と簡単に返して階段を降りる。自分も壮介になにか買って帰ろうかな、何が好きだったっけ?と、美里は壮介と昔デートに来たときのことを思いだし、ふふっと少し微笑んだ。

お読みいただきありがとうございます。もし面白いな、続きが読みたいと思ってくださったら、評価やコメントをお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ