7 2月の半ばはイベントがたくさんです(下)
お待たせいたしました。
(サブタイ間違ってたんで修正しました。)
ちょっとでも時短に、と、贅沢にもワンメーターだけタクシーを使い、西方がこの辺りで一番おすすめという催事場についたのは12時15分だった。帰りの時間を考えたら、少し遅れてもよいとしても滞在時間は25分か、せいぜい30分が限界だろう。
「さぁ行きますよ、辻橋さん。」
西方はハンターの目になっている。
「あ、うん……」
若干たじたじとなった美里は、微妙な返事をした。
「今日は辻橋さんのチョコレートを買うためだけに、私ここにいますから。コンシェルジュだと思ってください!さ、どんなのがいいですか?」
熱い。他人のチョコレートなのに。
「うーん、いつもは板チョコとトリュフチョコレートを一箱ずつ、予算はそれぞれ2000円か3000円くらいかなぁ。」
スーパーなら100円200円で買えて結構それで満足するものにそれだけ出すというのはどうなんだ、と毎年思うのだが、心理的にはたぶんお祭りのお面や綿菓子と同じだ。カカオやクリームが上質なだけに、お祭りよりはぼったくられた感はないが。
「なるほどー。板チョコとはまた、渋いところを突きますね。」
「コーヒー飲むときに一緒に食べるんだけど、トリュフばっかりじゃ飽きちゃうんだよね。チョコレートの味そのものは板チョコの方がダイレクトに味わえると思うし。」
「それは分かる気がします。あ、そうだ。こっち行きましょう。」
会場案内図を片手に、ずんずん進む。どこの店でなにが売っているか把握しているらしい。
「板チョコもいいんですけど、ちょっとだけアレンジしたものもおすすめですよ。ここのおすすめは、オランジェット。」
「……って、なんだっけ。」
「オレンジピールの周りにチョコレートをつけたやつです。」
「あー、それ私ちょっと苦手……皮の苦みというか、えぐみっていうのかな、特徴的な味が。マーマレードとかもあまり好きじゃなくて。」
「って思うじゃないですか。ちょっと味見してみてくださいよ。」
西方は、売り子が差し出したサンプルを二つ取って、一つを美里に渡した。あまり好きじゃないんだけどなぁ、と思いながらも、食べれないほどではないので口に含む。カカオの苦みと、オレンジピールの爽やかな風味が鼻に抜けた。
「……変なえぐみがないね。」
「でしょう?私ももともとあんまり好きじゃなかったんですが、これは食べられるんです。ダークチョコレートを使っていて、オレンジピールの甘さを邪魔しませんし。」
確かに、苦手、と思う意識の幾分かは、オレンジピールの甘さとチョコレートの甘さが喧嘩しているように感じるところもあった。チョコレートを苦く感じないぎりぎりまで思いっきりダークにしていることで、それが回避されている。逆に、オレンジピールの苦みとカカオの苦みのバランスも計算された調和になっているようだ。
「こちらがレモンピールになりますねー。」
売り子が、別のサンプルを差し出す。オレンジピールのものよりも酸味の勝ったそれは、オレンジピールよりも爽やかに感じる。
「お酒に合いそう。」
「オレンジピールのほうがコーヒー向けかもしれません。こっちはノンアルコールなら紅茶ですかね。」
「そうだねー。」
牧野家のおやつタイムのお供はコーヒーが多いが、貰い物の紅茶も何種類かある。丁寧に淹れてみるのもいいかもしれない。
財布を出そうとした美里を、しかし西方は目で制した。
「辻橋さん、あともう一つ候補があるんですよ。」
「え?」
「こっちです。あ、すみません、もうちょっと回ってきますね!」
売り子に明るく声を投げて、西方は別の方向に歩き、少し行ったところで足を止めた。
「ここはですね、一見して板チョコなんですけど、中にキャラメルが入ってます。」
「なにそれ、絶対美味しいやつじゃない。」
「似たようなものはコンビニでも30円から売ってますけど、レベル違いますから。」
西方のいう「似たような」は、アメリカンな親指サイズの有名なアレだろう。二の腕やウエストを気にしながらもついつい駄菓子コーナーで目に付いたら買ってしまうくらいには好きな美里は、わくわくしながらサンプルを口に入れた。
「わ、全然違う。」
「そうでしょそうでしょ?」
キラキラした目で見つめてくる西方に、しっかりと頷き返す。味の系統は一緒だが、品の良さが段違いだった。雑味を極限まで排した、甘いキャラメルとダークチョコレートのハーモニー。
「こちらがミルクチョコレートです。中のキャラメルが少し苦めになってます。」
別のサンプルが差し出される。こちらも雑味がなく品のいい味だが、外のミルクチョコレートを甘さを中のキャラメルの苦さが受け止める、といった風情だった。チョコレートも苦味が生きている分、ちょっと大人な味だ。
「うーわー、悩む!」
オランジェットが美里的に変化球なら、キャラメルチョコレートは好みのど真ん中だ。トリュフをやめるか、またはもうこの際だから全部買っちゃおうかなぁという気もしてくる。これまでと違って、今月からは残業代もついていることだし。……牧野家はお小遣い制なので、美里個人の可処分所得に変化はないが。
「どうぞどうぞ、悩んでください。時間がないので、先にトリュフ行っちゃいます。日本酒とかブランデーとか、ご希望あります?」
「ううん、特にない。ありがとう。」
じゃ、スタンダードなやつからおすすめを、こっちも二つくらいですかね、と紹介されたのは、一店目がクリームベースのガナッシュが中にたっぷり入った数種類の詰め合わせで、二店目は宝石のような見た目の美しい詰め合わせ。後者も味は悪くないのだが、どちらかというと「映え」を意識して作られているようだ。
「うーん、これは、さっきのやつかな。」
「板チョコを買うくらいカカオ好きな人ならそうかなと思いました。」
わが意を得たり、とばかりに頷く西方。中身はクリームガナッシュだけだったり、ナッツが練りこんであったり、キャラメル味だったり、ブランデーが使ってあったりと8種類で3000円。一粒400円弱、と換算してしまえばいいお値段だが、カカオそのものの質の高さはもちろん、クリームのコク、滑らかさ、シンプルかつ品のいい甘さ、中の味とチョコレートとのハーモニー、と、どこをとっても文句のつけようがない。常温保存で賞味期限が2か月程度と短くないのも気に入った。
一店目に戻って8個入りの箱を頼む。ついでに、レジ横に1000円くらいのチョコクッキーがあったのを見つけて、それも併せて購入した。
「うーーーーーん。」
トリュフチョコレートのほうはあっさり決まったが、もう一つのほうは決めかねている。12時35分。悩む時間はほとんどなくなっていた。
「いいや、両方買おう!」
この前洋服も買っちゃったし、二次会も行っちゃったし、お小遣いの貯蓄分がなくなっちゃって今月ピンチだな、と頭の片隅でちょっと考えつつも、美里は結局どちらも捨てがたくて、予定より小さいサイズをどちらも購入した。合計5000円くらい、と考えていたが、さっきのクッキーを除いても6000円をちょっと超える。まぁ、それくらいなら間食や外食ランチを少し控えれば取り戻せるだろう。
12時40分を少し過ぎたところで購入を完了し、急いで下りのエスカレーターに向かう。これくらいなら、タクシーに乗らずに地下鉄で一駅乗れば間に合いそうだ。地下鉄駅まで急ぎ、ちょうど来た電車に走って乗り込む。12時49分。
「ありがとね、西方さん。」
「いえいえ、私も楽しかったですよ!」
「これ、ちょっとだけ気持ちね。」
地下鉄で落ち着いたところで、立ったまま先ほど購入したチョコクッキーを大きな紙袋から取り出して渡した。アドバイスしてくれたおかげで、短時間だったが一人では決して買わない類のものを買うことができたのだし。ほんのお礼だ。
「え、そんな、昼休みにちょこっと付き合っただけで、私も楽しかったですし。」
「またいろいろ教えてよ。それに、いつもすごくお世話になってるし。ほんと、気持ちだけだから。」
重ねて差し出すと、西方はおずおずと受け取った。西方は庶務の担当としてもきっちり仕事をこなしてくれ、こちらがばたばたしているときに急ぎでない仕事を持ってくるとか、逆に急ぐ必要がある手続きなのにのんびりしているとか、そういった粗がほとんどない。また、トナーや紙の補充、コピー機周りの清掃、飲食コーナーの整理整頓などの職場環境の整備もそつなく行ってくれている。普段人の目につかないところではあるが、美里はその気配りと能力に感心するところがあった。
「じゃ、遠慮なく。ありがとうございます。」
「これからもよろしくね。」
「こちらこそ。」
電車が止まり、ドアが開く。走らなくても時間までには戻れるだろう。
***
朝は、花菜が起きる少し前に壮介と美里は起きだして、タイマーしていた洗濯物を干したり、夜のうちに終了していた食洗器から食器類を食器棚に戻したり、朝食の準備をしたりする。朝ごはんは、菓子パンや総菜パンを買って来たり、食パンや1斤売りのレーズンパンを焼いたり、がメインだ。一週間に一、二回パン屋まで買いに行っては、せっせと冷凍している。それに、大人はヨーグルトとコーヒー、花菜は牛乳やヨーグルトが好きではないので乳酸菌飲料と一口ゼリーをつける。美里はたいてい夜、花菜を寝かしつけながら一緒に寝てしまうため、夫婦の会話をするなら朝が確実だ。時間が短いので、重い話はしづらいが。
ということで、14日の朝、洗濯物を干し終えると、美里は隠していたチョコレート三箱を紙袋に入れて、コーヒーを淹れている壮介の後ろからこっそり近づいた。自分より少し高い背中にぎゅっとしがみつく。
「わ、どうした美里。」
「えへ、ちょっとくっつきたくなって。」
頭をごしごしとこすりつけ、その後振り返った壮介と触れ合うだけの軽いキスをする。この程度のコミュニケーションは朝の時間のあいさつ代わりだ。花菜がいないときくらいこんなことをしておかないと、ただの家族になってしまう。
「それでね、今日14日だから。これ。」
「ありがとう。嬉しいよ。」
壮介も予期していたろうが、それでも嬉しそうに微笑む。そして、美里が差し出した紙袋の中身を見て少し驚いた顔をした。
「三箱?」
「うん、西方さんがおすすめしてくれたやつから絞り切れなくて。オランジェットと、キャラメルチョコと、トリュフチョコなの。」
「オランジェットってなんだっけ。」
「柑橘系のドライフルーツにチョコレートをつけたやつ。あんま得意じゃなかったんだけど、これは美味しかったの。」
「楽しみだな。週末、食べようね。」
「うん。」
寝室の方で、うーん、ああんと花菜が寝ぼけて泣きそうになっている声がする。起きて誰もいないと悲しくなるらしい。二人は慌てて寝室へ向かった。花菜が起きてきたら、朝の戦場の始まりだ。
***
今年の花菜の誕生日は、日曜日だ。
午前中にケーキを受け取りに行く。昔ながらの喫茶店らしく、ツンとツノの立った固そうな白いホイップクリームと旬の真っ赤なイチゴでデコレーションされたケーキは、誕生日と聞いて誰もがまず思い付きそうなビジュアルだ。いまどきよくある舌を噛みそうな名前のケーキも実のところ美里は好きだし、食べたりもするが、こういった素朴なものも捨てがたい。
ご馳走は昼御飯である。ちらし寿司はごはんを固めに炊いたら素を混ぜて、上にさくらでんぶ等で飾りつけをするだけ。寿司桶にいれた方が混ぜやすいのだが、いかんせん2合程度のごはんでは実家に死蔵されていた年代物の寿司桶が埋まらない。この寿司桶、たぶん10人前5、6合分くらい作れるはずだ。
「……ビジュアルが微妙。」
「丼とかでやれば?」
「熱を溜め込まずにいかに早く冷やすかが勝負なんだよね。炊きたてのお釜ごとってのも、だからあまりよろしくないし。」
お手伝いしたいお年頃の花菜と一緒に、ぱたぱたと団扇で寿司桶を扇ぎながら美里の呟きに突っ込む壮介に、そうもいかない理由を説明する。
「ま、食べちゃえば一緒だし、いっか。」
「そういうもん?」
「……自分で言っといてなんだけど、違うような気もする。」
なんだかんだ言いながらちらし寿司を作り終え、美里は台所に戻って昨日鶏肉屋さんで買ってきた唐揚げと、作っておいた筑前煮、大人用の刺身、アラで出汁を取ったお吸い物、とどんどんカウンターへ出していく。刺身は、今日食べるから、と特に鮮度のいいものを冊で買っておいた。日本酒は少しとろっとした、米本来の甘さのあるものをチョイスした。
「これかぶると可愛いよ、花菜。あっ!ちょっと外さないで!」
「イヤ~!!!」
花菜にHAPPY Birthdayと書かれた紙のとんがり帽子を被せようとしていた壮介は、泣いて拒否られている。100均で買ってきていたが、諦めるしか無さそうだ。この分だとレイもかぶってはくれまい。ちなみに万国旗ぽい壁面装飾は今朝、花菜が起きてくる前に飾り付けた。なにもできなくても多少の雰囲気は出ているはずである。
「まぁ、つけ心地いいものじゃないから仕方ないよ。花菜、スプーンとか持っていってー」
泣き顔で現れた花菜を慰め、一方で壮介を宥めて落ち着いたところで、涙を拭ってやって花菜にカトラリーと箸を渡す。配膳した花菜と壮介は、壮介が「嫌だって言うのに無理強いしてごめんね」と謝り、仲直りできたようだ。
「さ、食べよ。花菜お誕生日おめでとう!」
「おめでとう!いただきます!」
少し特別感のあるお昼に、花菜もよくわかっていないながらもうれしいのか、唐揚げ、ちらし寿司、筑前煮、と取り分けてやったものをよく食べる。
「くー、鰤がいいなぁ。」
「そろそろ名残かなぁ。日本酒と合うよね。」
「筑前煮ともいい相性だね。冬は日本酒が美味いなぁ。」
「夏も美味いっていってたよ。カツオと冷酒とかで。」
「いつでもうまいもんは美味い。」
「まぁね、それにしても昼酒って回るよね。」
話しながらも、花菜にも双方で気を配りつつ食べ進む。途中で花菜がもういらない、と離脱し、残りを平らげたところで美里も壮介もおなか一杯になった。
「……ケーキ、どうしよう。」
「おやつでどう?」
「……そうだね。あと二時間半でそこまでおなかすくかなぁ、ちっちゃいって言ってもホール半分でしょ。」
「……明日の朝ごはんに残りを食べたらいいんじゃない。」
なんとも締まらないながら、お誕生日ごはんも喜んでもらえてよかった、と美里は嬉しくなる。たぶん半月後も似たようなご飯を食べるだろうけれど。
***
「ハッピーバースデートゥーユー!」
ふーっ。
あまりお腹がすかないながらも3時に決行したイベントで、花菜は満面の笑みで見事に二本のろうそくの火を吹き消した。
去年は何もわかっていなくて、とりあえず餅を背負わされて大泣きしていたのだから大進歩だ。電気をつけ、撮った動画を確認している壮介を横目にケーキを一応1/6に取り分ける。
「花菜、食べてみる?」
小さめの一切れを乗せた皿を差し出すと、目に見えていやいやをする。
「……白いの、敵だからねぇ。まぁいいか。」
ふぅ、とため息をついて、美里は大きめの一切れを乗せた皿を壮介と自分の前に置いた。正直、たいしてお腹はすいていない。
「ま、俺食べるよ。」
「うん、ありがとう。」
頷いて食べ始める。固めに見えたホイップクリームは存外きめ細やかなやさしさで、品のいい、ほどよい甘さと共に食べる人間を受け止めた。スポンジは頼りないほどふわふわで、イチゴは酸味の強い品種。
「……ちょっと待って。これ、私もっと食べれる。」
「甘すぎなくて美味いね。花菜の半分こする?」
「うん、食べたい。花菜、これほんと美味しいよ。要らないの?」
代わりに出した乳ボーロを食べながらうん、とうなずく花菜に「あとから要るって言ってもあげないからね」と念を押して、美里は花菜の皿から半分を取った。おなかがすいていなくても食べれるケーキは貴重である。ちなみに、念押ししても「やっぱり要るんだったもん」は幼児のあるあるだが、「念を押したのに要らないっていったのはあなたでしょ」ときっぱりさっぱりぶった切られるのが牧野家の通例。花菜は毎度泣いて抗議するが、最近は因果関係がわかり始めたのかあまり前言撤回しなくなってきた。
ぺろり、と1/4を食べてしまい、自分に驚く。あっさりしたケーキは実のところいくらでも食べられそうだったが、夜ご飯が入らなくなりそうだったので自重したのだ。
「いや、美味かったねコレ。」
「ほんと。次もここにしよう。」
話しながら片づける。これから、花菜と壮介は外出して公園からの買い出し、美里は作り置きタイムだ。
「夜ご飯は軽くでいいよね?」
「うん、そんなに入らないよ。じゃ、いってきます。」
「いってらっしゃい。」
玄関まで出て見送って、戻ってエプロンをつけた。今日の夜からカレーのつもりだったが、ちょっと重い。献立の変更が必要だろう。
冷蔵庫の中身を考えながら、美里はケーキの皿を軽く流して、食洗器にしまい込んだ。
お読みいただきありがとうございました。
次話はまた水曜の予定です。
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