【文学フリマ用 再投稿】私は、彼の事が好きです
先日、私の下駄箱にラブレターが投函された。
差出人の名前は書かれていない。どうしよう、ラブレターとか……初めてだ。
私はド田舎からド田舎へと引っ越してきた。
現在高校一年生。
先日投函されたラブレターには、こう書かれていた。
『好きだ。十日の夜、月見浜で待ってる』
月見浜…… 十日って、今日だ……。
どうしよう、どうすればいい?
どんな格好していけば……っていうか、今夜は……
「美海-、今夜浴衣着ていくよねー」
朝のホームルーム前、私が転校してきた日に友達になった前原 環奈が話しかけてきた。
今夜、浴衣を着ていくか、と聞いてくる。
「ぁ、ぅん……一応……」
「うんうん、楽しみやなー? 縁日」
そう、今夜は縁日。
初めて出来た友達と一緒に行くことになっているのだ。
どうしよう、ブッチして男の所に行くか、それとも男を無視するか。
優先度を考えれば友達だ。
先客だし、良い子だし、友達で居続けたい。
これをブッチしてして男の所に行った事が……もしバレたら
『ごめんなー、もう友達やめるわー』
なんて、言われかねない。
ダメだ、男には悪いが友達優先だ。
というか、名前くらい書いておけ……男。
蝉の鳴き声が響く中、数学の授業が始まる。
暑い、今日は特に風が無い。
汗が止まらない……。
「えー……ではー……春日井、この問題解いてみろ」
隣の男子が指名された。
慌てて立ち上がる春日井 要。
どうやら数学は苦手らしい。黒板に向かうも、手が止まってしまっている。
「なんだ、お前……こんな問題もできんのか……じゃあ、隣のー……」
げっ、私に来た。
人前に出るのは苦手なのに……。
「ほら、春日井、教えて貰え」
え、教えながらやるの!?
黒板の前で!?
か、勘弁してほしい……。
渋々黒板の前に向かい、春日井君に説明しだす私。
「せやから……ここにyを代入して……」
「ん……ぅん……なんで?」
クスクスと教室から笑い声が。
なんでって……そういう公式なの!
「ちゃんと教科書読んで……ほら、ここに書いとるやろ?」
「ん、うん……」
あぁ、なんかイラついてきた。
暑いせいか……春日井君がハキハキしてないせいか。
「んで、これを通分するんや……」
「通分って……?」
あぁ、もう!
私一人で解いて、さっさと席に戻りたい!
「だから……ここをこうして……って、聞いとる?」
※
俺は先日、とある女子にラブレターを出した。
生まれて初めての試みだ。
相手は最近、転校してきた女子。
少し喋る言葉に訛りがあり、話しかけると笑顔を返してくれる。
はい、ぶっちゃけ、一番最初に見せてくれた笑顔に一目惚れしました。
初めての恋。
勉強をしていても、風呂に入っていても、ベットの中でも、考えるのは彼女の事ばかり。気が付くと呟いている。
「好きだ……」
あぁ! 俺ストーカーみたいだ!
やばい、これはやばい。
このままでは犯罪者になってしまう。
自分を抑える自信が無い。
誰も居ない教室で……
彼女の着替えが入ったカバンがあったら……
取ってしまいそうだ。それはダメだ! そんな変態行為、俺が断じて許さん!
悩みに悩んだあげく、俺はラブレターを出した。
これでダメだったら諦めよう。
所詮、俺には縁の無い恋だったと。
ラブレターにはこう書いた。
今夜、月見浜で待っている、と。
朝のホームルーム前
彼女と、その友達が話しているのを聞いた。
「美海-、今夜浴衣着ていくよねー」
浴衣? あぁ、そうか。そういえば今夜は縁日だったな。
いいな、縁日……俺も行きたい。
彼女と一緒に手を繋いで……って、イカンイカン!
そ、そんな事ばっかり考えてるからダメなんだ! 俺は紳士的な……
そうこうしている内に一時限目の授業が始まる。
数学だ。俺はこう見えて……数学は大の苦手だ。
得意分野は体育くらい。
「えー……ではー……春日井、この問題解いてみろ」
春日井、それは俺の名字。
え、俺の事?
ま、マジかよ、嫌がらせか。
黒板の前まで行き、数式に目を通す。
やばい、さっぱり分からん。なんだコレ。エジプトの暗号か?
「なんだ、お前……こんな問題もできんのか……じゃあ、隣のー……」
え、隣?
隣って……まさか、まさか!
「ほら、春日井、教えて貰え」
ぎゃー! 俺の初恋の相手が来た!
っていうか絶賛、恋してる最中の相手が来た!
やばい、やばい、やばい!
すぐ近くに彼女が……。
あぁ、なんかいい匂い……って、やめろ! 匂いを嗅ごうとするな!
うぅ、可愛いなぁ……背も小さいし、頭撫でたくなってくる。
彼女の髪型は後ろでお団子を作っている。
髪型の名前は良く知らんけど、そんな感じだ。
うなじとか……綺麗で……汗掻いてるのも色気に拍車が!
「せやから……ここにyを投入して……」
ん……ぁ、やべ、全然聞いてなかった。
「ん……ぅん……なんで?」
はぁ? と呆れた顔をする彼女。
ぎゃー! 不味い! 確実にマイナスイメージだ!
真面目に考えろ俺! やれば出来る子だ! たぶん!
「ちゃんと教科書読んで……ほら、ここに書いとるやろ?」
「ん、うん……」
たしかに書いてある……。
ん? あれ、な、なんか……透けてる。
何がって、し、下着が……。
彼女のブラが透けて……や、やばい! 花柄が見えてる!
「んで、これを通分するんや……」
え? 通分?
えっと……通分って……なんだっけ。
「通分って……?」
ギロ……っと睨まれる。
ぎゃー! こ、心に……俺の心に彼女の視線で穴があけられたようだ……。
ぅ、ぅぅ、頑張れ俺! 真面目に……ひたすら真面目に!
ぁ、なんか谷間が……襟の間から微かにブラが……
「だから……ここをこうして……って、聞いとる?」
「え?! き、聞いとる!」
俺の返答に爆笑する教室。
先生も呆れ、俺は席に戻る様に言われて……結局問題は彼女だけが解く事に。
あぁ、やばい……もう終わりだ。此の世の終わりだ……。
※
数学の授業が終わり、休み時間に突入。
暑さのせいかイライラが止まらない。
思わず春日井君を睨んでしまった……かもしれない。
あとで謝った方がいいだろうか。
でもどう謝ればいいのだ。貴方の頭が悪いのにイラっとして睨んでしまいました、とか……。
ダメだ、怒らせるに決まってる。
その後、春日井君とは一言も話さず時間は過ぎ去っていく。
昼休みに入っても、黙々と弁当を食べる私達。
そのまま午後の授業も終わってしまい、ついには下校時刻に。
まあいいか。
春日井君もそこまで気にしてないだろう。
というか、今日は縁日だ。
ラブレターを出してくれた誰かには悪いが、友達と思いきり楽しもう。
それがいいに決まってる。彼氏なんて……私にはまだ必要ない。
家に帰り、母に浴衣を着せてもらう私。
髪型も弄って貰い、普段よりもより大人っぽく編み込んでもらう。
「可愛いわー、あんた。お母さんそっくり」
「まあ、そういう事にしておいてやろう……」
浴衣を着せてもらったくせに大きな口を叩く私。
母に「なまいきや」とツッコミを入れられつつ、下駄も出して貰った。
「気をつけなあかんよ。紐切れたらどうしよ……」
「大丈夫やって。なんとかなる」
下駄を履き、玄関で一回転して母親に見てもらう。
「うんうん、可愛いよ。変な男に引っかからんようにな」
「環奈ちゃんも居るから大丈夫。じゃあ、行ってきます」
外は既に薄暗くなっていた。場所は少し歩いた所にある神社。
家を出て海辺の道路を歩く。
海は綺麗だ。私は転校してくる前は、ひたすら山に囲まれたド田舎に住んでいた。
「うーみは……ひろいーな……おっきいーなー……」
思わず口ずさみながら道を歩く。
だんだん、祭りの笛の音が聞こえてきた。
心なしか、お好み焼きのソースの匂いが……。いや、流石に気のせいか。
神社前の長い階段前に到着。
さて、環奈ちゃんは何処にいるのかな。
確か神社の入り口にある長い階段の前で……って、あれ?
「ん?」
「春日井君……?」
※
ついに学校が終わるまで……何も出来なかった。
いや、何もするつもりは無い!
勝負は今夜なんだ、問題は……月見浜に彼女が来てくれるかどうかであって……。
そうだ、今夜だ。
彼女も縁日に行くんなら俺も行こうかな……。
どうせ暇だし……それで彼女も帰っちゃったら……俺も帰ろう。
そして綺麗さっぱり諦めるんだ。
そう思いながら家路に着く俺。
すると後ろから肩を叩いてくる女子が居た。
「春日井、おっす」
「…………」
「何よ、嫌そうな顔して……」
幼馴染の前原 環奈。
俺の初恋の人と特に仲がいい一人だ。
許せん。いや、女子なんだが。
「今日、縁日行かない?」
「あん? お前……あの子と行くんやろ?」
首を傾げる環奈。
なんだ、コイツ……
「あの子って……美海の事?」
「そう、その子。俺なんか邪魔だろ」
そう言い放つ俺の目を見て来る環奈。
な、なんだコイツ。
「ねえ、あんたさ、美海の事好きでしょ」
ギクっと、背筋を震わせる俺。
い、いいえ? と首を振る。
「噓付け、見すぎだって」
環奈は俺を置いて先に走り、沈みかけている太陽、即ち夕日を背に振り返った。
「ねえ、もしさ……美海の他に……あんたの事、好きって言う子がいたら……どうする?」
「はぁ? どうするって……べ、べつにどうも……俺は別に美海? とかいう転校生の事なんか……」
薄く笑う環奈。夕日をバックにしているせいか、なんか可愛く見えてしまう。
いや、元々コイツは顔は結構いい方だが……。
「じゃあさ、今日……私とデートしよう。神社の入り口で待ってるからね」
「は? おま……転校生と約束してるんじゃ……」
「約束やよ! 絶対来てね!」
な、なんだ!? なんだアイツ!
いきなりデートとか……何言ってんだ。
いや、でも……チャンスかもしれない。
環奈が居れば……自然に俺も彼女と一緒に縁日で遊べるし……。
し、仕方ないから行ってやるか……。
家に帰って速攻で着替え、サイフの中身を確認。
「げ、千円札が無え……仕方ねえ、親父に借りるか」
親父に、今度家の仕事を手伝うからと五千円を借り受けた。
よし、これだけあれば……彼女にも色々奢れる筈だ。
「よ、よし、勝負の時だ……」
頬を叩いて気合を入れる俺。
しかし、こんな格好でいいんかな……Tシャツにハーフパンツって……。
いや、男らしくて良い筈だ!
いざ出陣だ!
家を出て神社へと走る。
女は浴衣を着るから遅れる筈。
だから時間には余裕はあるが……急ぐに越した事はない!
神社の前に到着し、既に人が集まる階段前へ。
辺りを見渡し、まだ環奈や彼女が居ない事を確認。
よし、遅れるなんて最悪だからな。
まずは第一関門突破!
だんだん辺りが暗くなり始め、祭りの音が激しくなってくる。
蝉の鳴き声より笛の音が大きく聞こえ始めた時……
彼女の姿が見えた。
「ん?」
「春日井君……?」
お、おおぅ、めっちゃ可愛い!
やばい! 他の男に目付けられる前に……こ、告白したほうがいいのかな?!
お、落ちつけ俺! 焦ったら負けだ!
「春日井君も……縁日?」
「お、おう……環奈に誘われて……」
やばい、俺顔赤くなってないか?
いや、大丈夫だ。もう辺りは結構暗い。
提灯の灯りで顔が赤いなんてバレない筈だ。
「そうなんだ。その環奈ちゃんは……まだかな」
「ま、まだみたい……」
と、その時携帯に着信が。
ん? 環奈?
「もしもし? 環奈か? お前、何処に……もう転校生も来とる……」
『あぁ、ごめん、ちょっと弟の面倒見ろって言われてー……あとで合流すると思うから。先に遊んでてー』
はい? いや、あの……環奈さん?
『ごめんごめん、じゃ』
それで切れる電話。
うおおぉぉい! 待て! 待ってくれ!
ふ、二人?! 二人っきり?!
「……? 電話、環奈ちゃんだったの? なんて?」
「い、いや……弟の面倒見るから……遅れるって……先に遊んどけって……」
うぅ、どうしよう……モジモジ立ち尽くす俺。
ここは男らしく! リードしなければ!
「と、とりあえず腹へったか? たこ焼きでも食うか?」
「ぁ、ぅん……ちょ、ちょっと待って! その前に……言いたい事が……」
え、な、なんすか?
言いたい事って……まさか服ダサいとか!?
「あのね……今日、数学の授業の時に……その……睨んじゃったよね、ごめんね?」
……ん?
あぁ、たしかに睨まれた……かな?
いや、そんな事わざわざ謝る必要あるか?
「いや、別に……気にしてないけど……」
俺がそう言うと、彼女の表情はとたんに明るくなった。
そして……俺が恋に落ちた時と同じくらいの笑顔を……。
「ありがとう……じゃあ、いこっか」
「お、おおぅ、縁日のたこ焼き、食いつくしてやる」
冗談を言いながら、神社の階段を上りはじめる俺達。
彼女は履きなれてないのか、下駄でゆっくりと歩を進める。
「ごめんね、遅いよね……」
「い、いやぁ、大丈夫。たこ焼きは逃げねえし……」
「あはは、そうだね……ぁ……っ!」
その時、階段を踏み外して倒れそうになる彼女。
「あぶねっ!」
咄嗟に俺は手と掴み、腰を支えるように……
って、ぎゃー! な、なんちゅうベタな!
「だ、だだ、大丈夫か?」
彼女も顔を真っ赤にしている。
コクコクと頷き
「ご、ごめん……ありがと……」
いいってことよ! と言いたい所だが……
やばい、恥ずかしくてそんな事言えん。
うぅ、っていうか手柔らかい……って! いつまで握ってるんだ俺!
急いで手を離そうとする俺。
だが離れない。彼女の方から手を握ってくる。
心なしか震えていた。
あぁ、怖いわな。
まだ階段続いてるし……。
「な、なあ……あ、危ないし……こ、このまま……繋いでていいか? いや、その……俺が転んだ時は助けてくれって話で……」
もっと気の利くセリフ言えよ俺!
まだ色々言い方あるだろ!
「あははっ、うん、いざとなったら……私が助けるね」
本日二度目の満面の笑み頂きましたー!
もうダメだ! 幸せ過ぎて……涙が溢れそう!
そのまま無事に階段を登り切った俺達。
おおぅ、凄い人溢れてる。
「ぁ、たこ焼きあるなー。転校生、食うか?」
「……美海……」
ん? なんだって?
「転校生……じゃなくて……せめて名字か名前で……」
ぁ、そりゃそうか。
え、えっと……じゃあ名字で……。
「…………」
あれ?! この子の名字ってなんだっけ!?
いや、えっと……思いだせん!
「……どうしたん?」
「い、いや? なんでもない……えっと……じゃあ、行くか……美海……」
ぎゃー! いきなり名前で呼ぶとか!
有り得んわ! 非常識だわ! アホだわ!
神社の神様! 俺を助けて!
※
私の胸は高鳴っていた。
おかしい。なんだろう、この……高鳴り……。
熱い。胸が熱い。
さっきからだ。
階段で転びそうになって……助けられた時から……。
おかしい、おかしい……あんなベタな展開で……
しかも一瞬で……胸が一気に熱くなった。
自分の心臓の音が聞こえる。
彼にも聞こえるのでは、と思えるくらいに。
なんで? どうしちゃったの、私……。
手を離したくない。
この手を離したら……絶対もう二度と繋げなくなる。
そんな気がして……私はずっと彼の手を握り続けていた。
「ぁ、たこ焼きあるなー。転校生、食うか?」
転校生……?
確かに私は転校生だけど……何で今だに……
「……美海……」
小さな声で反論する。
転校生なんて呼び方は嫌だ。
せめて……
「転校生……じゃなくて……せめて名字か名前で……」
そう反論すると、春日井君は困った顔で悩みだした。
まさか……私の苗字覚えて無い?
それとも、名字か名前かで悩んでいるのだろうか。
「……どうしたん?」
「い、いや? なんでもない……えっと……じゃあ、行くか……美海……」
名前で呼ばれた。
その瞬間、私の手に更に力が入る。
絶対に離せない……離したくない……なんで? おかしい、なんでこんな気持ちになるの?
美海、美海、と頭の中に響く声。
春日井君が呼んだ、私の名前を。
……もっと、もっと呼んで……私の名前……もっと……
「え、えーっと……おっちゃん、たこ焼きワンパック」
……ワンパック?
こっちの方ではそんな注文の仕方するのか……。
「あいよー……って、おめえ……春日井の息子か! ははっ! こんなベッピン連れて! デートか?!」
ビクっと背筋が震える。
彼の手に力が入る。
ぁ、手……離されちゃう……嫌だ……それは嫌だ……!
「あぁ? あぁ……えっと……その……い、いいから! 早くたこ焼きくれ!」
あ、あれ? 手……離してない……それどころか、さっきより強く手を握ってくれてる……。
てっきり否定されると思ったのに……。
ぁ、なんか……今更だけど……分かって来た。
私は……春日井君の事……
「ん? ぁ、環奈居たな」
「え?」
環奈ちゃん……?
さっきまで、絶対離さまいと握っていた手を、私は唐突に振り払った。
環奈ちゃんだけには見られる訳には行かない。
春日井君と手を繋いでいる所なんて見られたら……
正面から環奈ちゃんが、小さい男の子を連れて歩いてきた。
弟だろうか。小さな浴衣を着て可愛い。
「美海、楽しんでる?」
そう聞いてくる環奈ちゃん。
目があった瞬間、私は悟った……。
「……環奈ちゃん……」
環奈ちゃん……泣いてる。
笑ってるけど、目には涙を溜めてる。
そうか、そういうことか。
分かった、全部分かった。
バカだ、春日井君も、環奈ちゃんも……バカだ。
私はそっとしゃがみ、環奈ちゃんの弟と目線を合わせる。
「ねね、綿あめ……食べへん?」
コクン、と頷く弟君。可愛い……本当に……可愛い……。
「環奈ちゃん、私……この子見てるから!」
「え? ちょ、美海!?」
そのまま弟君を奪うようにして連れ去り、無理やりに二人きりにした。
これでいいんだ。
これで……
これで……いいんだ。
環奈ちゃんは……春日井君の事……好きなんだから……
二人からかなり離れた所で立ち止まる。
ぁ、ここまで来ちゃったら……お店なんか無い。しまった。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」
くいくい、と浴衣の袖を引っ張ってくる弟君。
あぁ、そうだった……綿あめを買ってあげないと……。
「なんで……泣いてるの?」
……え?
そっと頬を流れる涙を拭う。
ホントだ。私泣いてる。
嘘だ、こんな……なんで……涙が止まんない……。
「お姉さん……泣きたいときは、泣いていいんだって……お母さんが言ってた」
「そうだね……泣いて……いいんだよね……」
そのまま、弟君に甘えるように抱き付きながら、声を上げて泣く私。
涙が止まらない。
声も止まらない。
でも祭りの音が消してくれる。
私の泣き声なんて、跡形もなく……消してくれる。
私……春日井君の事……
好きだ。
※
何が起きたのか分からないが、美海は環奈の弟を拉致って走り去ってしまった。
「バカ! 何してんの! 早く追いかけて!」
え? え?! な、なんすか、環奈さん。
ん? なんでお前……泣いてんの?
「早く……早く……っ」
そのまま泣き崩れる環奈。
いや、あの……み、皆見てますよ?
「おい、環奈……どうしたんだよ、お前……」
「五月蝿い、鈍感……早く……早く行ってよ……」
「行ってよって……お前ほっとける訳ねえだろうが……」
手を取って立ち上がらせようとするも、それを振り払う環奈。
な、なんだ一体。どうしたんだ。
「……もういいわ……言うから! 私……言うから!」
え、なにを? ちょ、どうしたんだ、本当に。
ゆっくり立ち上がる環奈。
そのまままっすぐに俺を見つめて
「私……あんたの事が好き……好きだから……好きだから……早く……美海を追いかけて……」
一瞬時が止まる。
周りの人も、見て見ぬフリをしつつ、だんだん俺達から距離を取っていく
「お、お前……何言って……」
「ごめん、美海……」
そのまま、俺を黙らせるように唇を合わせて来る環奈。
一瞬、いや、数時間、いや、一生? 時が止まったように思えた。
何で……お前……。
そっと俺から唇を離す環奈。
「いくら鈍感なあんたでも分かったでしょ……早く行って……」
「い、いや……でもお前は……」
「いいから! 行け! 美海の事好きなんでしょ?! ラブレター下駄箱に入れるとか……ベタ過ぎなんだよ! バカ!」
見られてたのか。
でもお前……俺が行ったら、お前が一人に……
「余計な事考えてたら……一生後悔するんだからね。私は鈍感で優柔不断なアンタの事なんか……大嫌いなんだから!」
「あ、あぁ……ぅん……悪い……ありがとう!」
そのまま走り出す俺。
途中、綿あめを持って、たこ焼き屋の奥さんに連れられた環奈の弟を見つけた。
って、あれ? 美海は?
「おい、美海は……お前と一緒にいた姉ちゃん何処いった!」
「……? お姉ちゃん、約束があるからって……」
約束……まさか……。
月見浜……
※
一人、静かな浜を歩く。
「海は……ひろいーな……おっきいーな……」
夜の海を眺めながら、砂浜を歩く。
まだ、涙が止まらない。
バカだ、本当にバカだ。
私にラブレターをくれた誰かがここに居る。
会って……丁重にお断りしよう。
私も良く分かった。
人を好きになるって……こんなに辛いんだ。
こんな辛い想いして、やっと勇気を出して告白するって時に相手が居なかったら……
私だったらもう立ち直れない。
だから、告白はちゃんと受けよう。
そして御断りして……
「美海!」
……?
この声……
「美海!」
彼が走ってくる。
何で? どうして……?
「はぁ……はぁ……美海……」
「……えっと……春日井君……何して……」
彼は息を整え、まっすぐに私を見て来る。
「俺は……美海の事が好きだ! 初めて会った時から……好きだ!」
「……え?」
一瞬、呆然とする。
なんで?
どうして……そうなるの?
環奈ちゃんは……どうなったの?
「環奈に……背中押された。情けねえけど……俺の事、好きでいてくれた奴に……背中押されて情けねえけど……! 俺は……お前の事が好きだ!」
背中を押した?
環奈ちゃんが……?
あぁ、環奈ちゃん……バカだ。
私は……私は……っ
「私は……ごめん……環奈ちゃんに比べたら……私なんて……全然だけど……」
その場に蹲り、砂浜に涙をボロボロと零していく。
「お、おい! 浴衣汚れる……」
「私は……! 今日、さっき……貴方の事が好きになったの! ふざけてるでしょ? なんで? なんで私なん?! 環奈ちゃんの方が……ずっと……貴方の事見てたのに! なんで私の方に来ちゃうん?!」
「そりゃ……その……元々ここに来る予定だったし……?」
……え?
「あのラブレターって……春日井君?」
コクンと頷く彼。
あぁ、本当にバカだ
「バカ……バカ! 鈍感!」
「よ、良く言われる……」
そうだ、もっと……もっと早くこの男が環奈ちゃんの気持ちに気付いていれば……。
「私が……貴方の事……好きになんてならなかったのに……」
あぁ、好きだ。
もう……ダメだ。
止まらない、この想いは止まらない。
その時、大きな花火が上がった。
心臓に響く程の音の衝撃。
思わず砂浜に座りこみ、花火に目を奪われる。
凄い……綺麗。
「おお、すげーな」
花火の音の中、彼の声はハッキリと聞こえた。
凄い、本当に凄い。
次々と上げられる花火。
その音の中、私は小さく呟いた
「好きだよ……」
彼の目線が……花火から外れて私を見る。
花火の音
心臓を揺らす衝撃
私は……彼の事が好きです