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異世界浪人見参!  作者: 福永慶太
第6章 クライン武王国編
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第95話 束の間の日々

「虚に殺気がこもっておらん! それでは猿とて騙されんぞ!」

「はっ!」


 武王祭波乱の閉幕からひと月が経過した。

 魔術や法術を駆使した建築技術とは驚くべきもので、バークリー商会跡地にはすでに左門たちの屋敷が完成している。

 あれ以来左門たちはインビュラにとどまり、静かな時間を過ごしていた。

 静か、といっても何もせず、無為な日々を過ごしていたわけではない。何せ左門たちは国賓扱いである。

 特にアリエスとラピス、そして左門は多忙であった。

 というのも、クライン武王国は生まれ変わったばかり。これまで、長きにわたって国政を専断していた王はいなくなり、後年国を私物化していたラシードもいなくなった。

 この国の政にかかわっていた者はそのほとんどが消えてしまったわけだ。

 何のノウハウもないまま、国を動かすなど不可能である。と、そこで白羽の矢が立ったのがアリエスであった。

 アリエスは大国たるエウゼビア女王国次期女王。もちろん、政の教育を受けていた。


「まあ、仕方なですわ。新生したクライン武王国との国交が結べると思えば安いものですもの」


 メリットがないわけでもない。アリエスはそれを二つ返事で引き受けた、というわけだ。

 一方のラピスも似たような理由である。

 政に携わる者がごっそりいなくなったのと同様に、兵もそのほとんどがいなくなったわけだから、こちらも早々に再建しなければならない案件。

 兵を募ったはいいものの、それを集団として機能させるためには指導者は必須だ。国防にかかわることだけに、悠長に人を育てている暇もない。

 というわけで、アリエスの要請により、ラピスが兵の調練を請け負うことになったのである。

 そして、左門はといえば、形式上女王となったサラ個人に剣の稽古をつけていた。

 クライン武王国は武王祭の優勝者が国王となる特殊な国。

 旧王制を打倒したものの、重要なのはこれからだった。

 サラを中心として国を新生せねばならないのに、次の武王祭で陥落したとあっては国そのものが安定するはずもない。そのためにはサラ自身が強くなる必要があった。

 そのために左門が招かれたのだ。

 もともと左門は剣を教えるのが好きであたし、何より先の武王祭の賭けに負け、有り金を失っている。ある意味で渡りに船であった。

 ただし、やるからには一切手抜きなしだ。

 それこそ、ストレアたちと同程度には鍛え上げるつもりであった。畢竟、稽古は厳しいものとなる。


「はぁ、はぁ、はぁ……ありがとう……ございました……」


 この日も、稽古を終えたサラは礼だけを述べて、膝から崩れ落ちた。呼吸は乱れ、肩が大きく上下している。サラとて武王祭出場のため、努力を重ねた身だ。体力には自信があった。

 ところが、左門に師事して以降、その自信はあっさりと打ち砕かれている。


「うむ。身体を休めておくといい。まあ、多忙の身ゆえそれどころではないやもしれぬがな。ただ、厳しい稽古は己を支える糧となる。結局のところ、勝負など時の運にも左右されるでな。それをひっくり返すのは猛稽古で得た根性よ」

「根性……ですか?」


 左門の言葉に、サラは意外そうな表情を見せた。左門ほどの男が根性論を口にしたことがよほど意外だったのであろう。


「左様。気合と根性は生死を分ける。これはあまたの実践をこなしてきた儂の実感よ。動かぬはずの足を動かし、届かぬはずの一寸を縮める。極限状態においてこれほど頼りになるものもあるまいて」


 もちろんそれは万能ではない。が、左門の言うことはおおよそ真実であった。

 人の限界などというものは、所詮当人が決めたものでしかない。

 極端な話、痛みで歩けなくなったとしても、足が残っている限り、物理的には歩行可能なのだ。

 それは戦いのすべてに通ずることだった。

 己が想像した限界よりも常に一歩先へ。

 左門が言ったのはそういうことだった。


「それを得るためにこれほどまでに厳しい稽古を……」

「それは違うぞ。この程度序の口でしかない。稽古も続ければ慣れるでな。余裕が見えればすぐにでも次の段階に進むつもりじゃ」


 サラはあんぐりと口を開ける。信じられない、といった風だ。


「急くことはあるまい。儂と違っておぬしには魔術もある。教えられるのは基本だけよ」


 本来ならば戦い方の似たラピスの方が指導には適しているが、さすがに兵たちの調練と並行するとなると、ラピスの負担が大きすぎる。

 ようやく落ち着ける拠点を手に入れたとはいえ、そう忙しくては本末転倒だ。

 ちなみに、リタからのコンタクトは今のところなかった。

 レイチェスター皇国で受け取った未来視はかなり曖昧なものであったが、その対象はラシードの中に潜んでいたイゴールであったと思える。

 それ以降の音沙汰がないのは、魔族側に動きがないのか、それともついに未来視が機能しなくなったか。

 少なくとも左門は後者であろうと考えていた。

 あのときイゴールを退かせたのは、暗黒神イングリットであろう。だとすれば、暗黒神の復活は規定事項。そうなった場合、リタの未来視が妨害されるのは自明の理だ。

 もしかしたら、こうしている今もどこかで魔族たちが暗躍しているかもしれない。が、それを知る術がないのが現実だった。


(今は考えても仕方あるまい)


 もとより左門は江戸期に生まれ育った男だ。遠方への連絡手段といえば飛脚であったわけだから、魔族の動きを知る術が断たれても動揺はなかった。

 どうせ事前に知る手段がないのだから、ことが起こってからしか動きようがない、と達観していた。

 大きく狼狽えたのは棗である。

 バリバリのスマホ世代である棗は情報の伝達が遅いことに不安を覚えるのだ。こればかりは生まれ育った時代の差である。

 いずれにしても、イングリットの狙いがわからない以上、受け身でいるしかないのが現状だ。だからといって、常に身構えていては気が滅入ってしまう。

 結局のところ、魔族の動向を気にしつつ、日常を過ごすしかないのだ。

 そんな中にあって、アリエスやラピスにはやるべきことがある。ために、余計なことを考えず、ただ目の前のことに集中できていた。

 その一方で、宙ぶらりんになっているストレアや棗、アヤメは不安の日々を過ごすこととなってしまう。ただ、ストレアに関してはそれほどでもなかった。というのも、左門の存在があったからである。

 不安な夜には左門の部屋を訪れ、思う存分かわいがってもらう。

 それだけで不安はなくなるのだ。

 問題があるとすれば、棗とアヤメであろう。

 アヤメの方は恋のモヤモヤなので置いておくとして、特に棗の憔悴ぶりはひどかった。

 何せ棗はもともと中学生でしかなかったのだ。それが突然この大陸に召喚され、救世の巫女として扱われることになった。それだけでも耐えられぬような重圧であったのに、ともに召喚された桐山本気は己の力を過信し、死に至ったのだ。

 さらには、親元を離れてもう一年以上が経過している。

 この年頃の少女が、望んだわけでもなく親と引き離されたわけだから、寂しくないわけだがなかった。

 今までそれを忘れていられたのは、偏に激動の日々を過ごしていたからなのだ。

 召喚されてすぐは、この大陸に適応するのに精いっぱいで考える暇すらなかった。

 左門たちと出会ってからは旅に次ぐ旅、戦いに次ぐ戦い。

 ひとところにとどまり、平和な日々を過ごすのは久方ぶりのことなのである。それが棗に思考の時間を与えてしまったのだ。

 これまでも、夜寝る前に元居た世界のことを考え、枕を濡らしたこともあったが、大抵は朝起きれば気持ちはリセットされていた。

 しかしながら、次の日もまた次の日も平和な日々が続くために、忘れてしまうことができないのだ。日中を一人で過ごすことが多かったのも原因かもしれない。

 学校に通う、というような決まったサイクルでもあれば少しは気もまぎれるのだが、それすらもないのだ。

 武王祭に向けて、気を張って特訓を続けていた反動もあるかもしれなかった。

 ともかく、これといってすべきこともない日常は徐々に棗を蝕んでいる。

 しかも、目の前には幸せに心躍らせる同性が三人もいるのだ。近頃はアヤメも左門と急接近しているから、四人になるかもしれない。

 自分自身との差を見せつけられたようでさらに心が沈むというもの。かといって、批判するのもお門違いだ。

 ここは平和な日本ではない。

 いつ魔族が動くかわからないということは、それが明日でないとも言い切れないのだ。それは、明日死ぬかもしれないということを意味している。とてもではないが邪魔する気にはなれない。


「はぁ……」


 そしてまたため息。棗を救世の巫女として慕う人々には見せられない姿だった。


「またそんなため息ついて。幸せが逃げるわよ」

「私に幸せなんてこないんです。だから平気です」

「うーん。これは重症ね」


 一番長い付き合いであるリリアンですらお手上げであった。ここのところ、買い物や観光に誘ってみたものの、外にも出たがらないのだ。無理やりに引っ張っていくこともできたが、さすがにそれは憚られた。


「まさかワタシが魔族の動きを期待する日が来るなんて思わなかったわ……」


 棗のことを心配しているのはリリアンだけではない。これまで一緒に旅を続けてきた者たちの誰もが気にかけ、一度は言葉を交わしてなんとか棗を立ち直らせようとしていた。

 ただ、結果はどれも同じだ。

 こうなると、何かしらのやりがい、あるいは目が回るほどの忙しさでも与えなければどうにもならない。とはいえ、政治向きの話など棗にわかるわけもないし、兵の調練も難しかった。

 そんなわけでリリアンは不本意にも、魔族の動きの期待するしかなかったのである。皮肉な話だ。


「リリアン様ぁ。そんなことを言っていると本当に……」


 ルフィナがリリアンにへばりつきながら、甘い声を出したときである。

 不意に棗の目に光がともった。


「え?」


 同時にリリアンの表情も真剣なものになる。それを察したルフィナも口をつぐんだ。


「リタ? どういうこと?」


 リタからの念話が届いたのだ。この場で聴こえているのは棗とリリアンだけ。

 しかし、これが朗報でないことはすぐにわかった。否、理解せざるを得なかった。

 こうして、ひと月以上に及んだ、つかの間の平和は終わりを告げるのであった。


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