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異世界浪人見参!  作者: 福永慶太
第1章 侍降臨編
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第6話 左門の実力

結局、大男の身柄はギルド預かりとなった。

 話によれば、この男は他にも迷惑行為の前科があったらしい。己が強いと勘違いし、その勘違いに気づくことすらできなかった男である。ろくなものではないだろう。

 左門は知る由もないことだが、その実力も自称していたランク4にはほど遠かった。


「クエストも受注しましたし、行きましょうか」

「うむ。承知した」


 二人が受けたクエストはエウゼビア女王国の王都ブラガまで指定の荷物を届ける、というものだ。そう難しくはないが、報酬はよかった。というか、届け先がブラガであるため、男の冒険者が敬遠しているのだ。高めに設定された報酬も、その辺りを考慮しているのかもしれない。

 指定の荷物はギルドのカウンターで受け取った。クエスト達成の報告は現地のギルドでいい、とのことである。クエストの内容、および可否はギルドカードに記録されているから、受けたギルドでなくとも報告できるのだ。

 これは討伐系でも同じであった。ただし、採取系に関しては、採取したものをギルドに届けるまでがクエストなので、受けたギルドでしか報告できない。

 従って、クエストとしてはもっとも優しい採取系は旅人には不向きであった。

 ともあれ、二人は無事に初めてのクエストを受注し、央都ダブリスを発ったのである。


「それにしてもさっきは凄かったですね」

「大男の件かの?」

「そうです! そうです!」

「まあ、あれは相手が弱かったからの。見掛け倒しじゃ」

「でもすごいですよ! 憧れちゃいます!」


 そんなこと話しながらしばらく街道沿いを歩くと、左手に峻険な山脈が見えてきた。あれが話にあった黒龍山脈であろう。


「黒龍山脈のどこかに黒龍の巣があるらしいんですよ。わたしは黒龍さんも見たことないですけど」


 ストレアが住んでいた猫人族の里は黒龍山脈の裾野に広がる大森林にあった。それでも見たことがないのだから、よっぽど姿を見せないのかもしれない


「龍とな?」


 左門が想像したのは典型的な東洋の龍である。要は空飛ぶデカいトカゲだ。が、残念ながらそれははずれである。西洋的な翼竜型が正解だった。


「はい。100年くらい前に幼龍が大暴れしたって聴いてます」

「やはり強いのか」

「それはもう。大国の騎士が100人以上で囲って、何人も犠牲者を出し、ようやく追い払ったらしいですから」


 「勝った」わけではなく「追い払った」というのが、龍の強さを物語っている。それもまだ幼龍だと言うのだから空恐ろしい。


「であれば、いつか戦ってみたいわ」

「それはいくらなんでも無茶ですよ!」


 話をしているうちにもぴょこぴょこ可愛らしく動くストレアの耳。町ではずっと帽子をかぶっていたのだが、ダブリスを出てしばらく歩いたのち、脱いだのだ。

 猫人族であることを隠し、追手の目から逃れるためにかぶっていたわけだが、実は耳が窮屈だったらしい。

 本来猫人族用の帽子は耳のところに穴が開いているんだとか。


「猫人族……と言ったか。その耳は皆についておるのかの?」

「そうですよ。わたしたち猫人族だけじゃなくて、兎人族や鼠人族、狼人族なんかにもついてます」


 ダブリスでの光景を思い返してみれば、頭の上に耳がついている者たちが幾人もいた。ただ、そういった者たちには尻尾もついていたような記憶がある。


「わたしにもありますよ。ほら……」


 言いながらストレアはお尻を向け、長い外套の裾をたくし上げた。


「なっ、なにを……。嫁入り前の娘がみだりに素足をみせるなど……」


 慌てて両手で顔を覆う左門。

 江戸時代を生きた左門にとって、女の生足というのは現代で言うところのパンチラくらいの価値があるのだ。

 紳士ぶって見ないようにはしてみたものの、なんだかんだで指の間から様子を窺っている辺り、男の悲しい性だと言えよう。

 視線の先には確かに尻尾がある。ただ、左門の目は艶めかしい足に釘付けだった。


「その様子だと亜人や獣人のことは……」

「知らぬな」

「そうですか。わかりました。説明しますね」

「頼む」


 ストレアの表情がぱっと明るくなる。意外と説明好きなのか、あるいは左門の役に立てることが嬉しいのか。

 その両方が正解であった。

 ずっと閉鎖的な里で暮らしてきたストレアにとって、書物で得た知識を披露するのが楽しくて仕方ないのだ。

 そういう意味で、左門はうってつけの人材であった。

 他人の役に立って嬉しい、という感情も、里が閉鎖的であったことに起因している。


「ええと……まずこの大陸には人と亜人、そして獣人がいます。人はわかると思うので省きます。獣人というのは人よりも獣に近い存在です。少し言葉は悪いですが、二足歩行で理性のある獣……と言えばいいでしょうか。基本的に体毛に覆われていますし、顔も獣と同じ造りです」

「ふむ……」

「そして、亜人というのは人と獣人の混血なんです。受け継いだ獣人の血が半分以下になると、途端に人に近くなります。ちょうどわたしみたいな感じですかね。耳や尻尾だけが残って、体毛は失われます。ただ、身体能力はかなりの部分が残っていて、人よりも基本性能は高いんじゃないかと。で、大陸に住む6割以上が人族だと言われていますので、必然的に獣人よりも亜人の方が多いですね。場所によっては純血の獣人に神聖な扱いをするそうですから獣人そのものがいなくなることはないと思いますけど」

「それで、だぶりすでは見かけなかったのだな」

「そうだと思います。そのうち会うかもしれませんけど。あ、あとですね、亜人にはいくつか例外的な種族がいまして、代表的なのが耳長族と妖精族です」


 そのに種族は左門も聴き覚えがあった。


「精霊術を遣える、という種族だったな」

「覚えていてくれて嬉しいです! その二種族はですね、一応亜人なんですけど、人族と血が混じらないんです。耳長族は女しか生まれませんし、生まれた子は耳長族で、とても寿命が長いんですよ。妖精族はそもそも子を成しません。というか、妖精族の場合はあまり詳しい生態がわかっていないんです」


 ストレアがそういうのだからそうなのだろう。もともとの個体数が少ないのかもしれない。


「おなごしかおらぬ上、長命な種族に、生態も詳らかにされておらぬ種族か……。相変わらず面白いの。興味がそそられるわい」


 どれもが左門の常識を軽々と覆している。退屈しなくて済みそうだ。

 そんなこんなしているうちに、ダブリスを出て一刻(約二時間)ほどが経った・

 歩いているのは黒龍山脈から広がる大森林の外縁部沿いの街道である。すっと先に米粒くらいのサイズの馬車が見える。

 周囲の人影はそれくらいのものだった。


「サモンさん! 来ます!」


 不意にストレアが叫んだ。鼻がひくひくと動いている。どうやら何かの臭いを感じ取ったらしい。

 直後、頭部に剣のような角を生やした狼が森から飛び出してきた。それも10匹以上いる。


「ソードウルフです!」

「あの肉だな。殺してしまってよいのか」

「はい! 魔物ですから!」


 ストレアの返答を聴くなり、左門は前へ出た。


「用心棒としての役目は果たさねばな」


 腰の太刀は抜いていない。必要ない、と判断したのだ。地面を蹴り、一瞬のうちに加速。群れの中央に飛び込んだ。


「えっ?」


 少し離れた位置で見ていたストレアが驚きの声を漏らした。まさかいきなり突っ込むとは思わなかったのである。それも無手で。

 しかし、呆気にとられたのは刹那のことだった。すぐさま法術での支援を試みようとする。ただ、それも長くは続かなかった。

 法術が発動する前に左門がソードウルフを全滅せしめたのだ。

 死骸となったソードウルフはどれも的確に頭部を破壊されている。

 凄まじい体術であった。


「あの……腰の剣は……」


 ストレアにとって、左門が戦う姿を見るのは三度目である。一度目はストレアの追手を、二度目は大男を無手で制圧していた。

 剣を抜いたところをまだ見たことがないのだ。


「このくらいであれば必要なかろう」


 あっけらかんと言い放つ左門。ソードウルフはなるほど初心者でも狩ることのできる魔物だが、それはしっかりと装備を整え、パーティーを組み、各個撃破に持ち込んだ場合である。

 10匹に囲まれてしまえば、初心者ではまず生き残れない。そもそも、ソードウルフが群れになって襲ってくるなど珍しいことなのだ。


「わたしだけだったら危なかったです……」


 ストレアは、もし左門と同道していなかった場合のことを考え、ほっと胸をなで下ろす。

 実際、ストレアは弱くない。亜人としての身体能力は優秀だし、法術での底上げも可能。その上、少しではあるが回復法術も遣えるのだ。

 ただし、距離を取ってしまっては攻撃の手段がないのも事実。

 一度に10匹を相手にしては相当に厳しい戦いが待っていただろう。


「法術でどうにかならんか?」

「法術は攻撃手段がほとんどないんですよ。わたしの場合、少しだけ体術の心得がありますから、それを基礎に法術で身体強化して戦います」

「体術か……」


 左門が創始した無明流は真剣勝負を前提とした流派であるため、体術の業も存在する。常に太刀が手元にあるとは限らない、と度重なる勝負で気づいた結果だった。

 つまり、指導できないこともないのだ。


「なんなら儂が稽古をつけてくれようか」

「いいんですか!」

「構わぬよ。もとよりそうしたことを生業にしていたでな。といっても体術は専門ではないがの」


 ストレアが腕を上げればそれだけ生存の確率は上がる。左門としてはストレアに死んでほしくなかった。いざとなれば死ぬ気で守るが、ストレアが稼いだ一瞬の刻が、命を救わないとも限らない。

 そしてなにより「指導者」としての血が騒ぐのだ。

 うまくすればこれでより親密になり……。などと下世話なことを考えているわけでは決してない。


「承知した。きついかもしれぬが、音を上げるなよ」

「はいっ!」


 元気のいい声が草原に響き渡った。


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