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異世界浪人見参!  作者: 福永慶太
第1章 侍降臨編
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第5話 お隣の国

「今わたしたちがいるのはここになります」


 ストレアは地図の中央部からやや左にずれた位置を指さす。そこには丸印と何やら文字のようなものが書いてあった。

 地図に描かれているのは大きな一つの大陸である。その中央には巨大な湖があり、さらにその中央には島があった。

 さらに、大陸の西から3分の1、東から3分の1くらいの位置に南北に縦断する山脈が描かれている。

 ストレアが差し示したのは西側を縦断する山脈と中央の湖のちょうど中間辺りだ。北と南には湖へ注ぎ込む大河があった。


「アストラ=ヴィズ都市同盟の央都ダブリスです。ここを治めているのは人族ですね。都市同盟は様々な種族による都市の集合体なんですよ。ちなみにわたしはこの黒龍山脈の裾野に広がる大森林にある猫人族の里から来ました」


 指がすっと移動し、山脈近くの森林地帯へ移動する。


「ちなみに、この山脈は黒龍山脈と呼ばれています。山脈の向こうは西大陸ですね。逆に東側の山脈は黄龍山脈。その向こうは東大陸です。そして、わたしたちのいる二つの山脈に挟まれた部分は中央大陸となります」


 東大陸、という単語は聴き覚えがあった。海の向こうに存在するものだと思っていたが、地続きであるらしい。


「そして、ここがエウゼビア女王国になります」

「つまり北へ向かうのじゃな」

「はい。そういうことになりますね。冒険者ギルドに登録したのもそのためです。目指すのはエウゼビア女王国の王都ブラガ。ちょうど女王国の中央辺りでしょうか。サモンさんはこれからどうするおつもりなんでしょう?」


 どうするもこうするも、左門に目的などないのだ。

 童貞脱出という究極の目標はあるものの、どこへ向かうか、とはあまり関係がない。つまるところ、おなごとの交流が肝要なのだ。

 そういう意味では、せっかく知り合ったストレアとここで別れてしまうのは下策だった。


(ううむ。何とか自然に同道する手はないものかの……)


 人生経験は豊富であっても、こういうことにはとことん弱い左門である。

 答えに窮し、とりあえず地図を眺めた。

 赤い線によって隔てられた国境までの距離はそれほど遠くない。が、王都ブラガまでとなるとそれなりの距離はありそうだ。

 見たところ、エウゼビア女王国王都ブラガまでは大きな街道が通っているようで、その間には小さな点がいくつか存在している。

 街道沿いの宿場町、といったところだろうか。

 とはいえ、左門の感覚では旅とは命懸けのものである。追剥や盗賊など、危険はいくらでもあった。それがこの地でも適用されるか否かは甚だ疑問であるが。

 必死に考えたところで、そう都合よく妙案が浮かぶはずもないのだ。思い浮かぶならば、105年も純潔を貫き通すことはなかっただろう。

 爺の純潔など糞くらえだ。

 左門は思い切って直球勝負に出た。


「ストレアどの。儂もぶらが、とやらまで同道してもよいかの? 正直言って儂は無知すぎる。道中にでも指南してもらえると助かるのじゃが。なに、追われておるならば、用心棒とでも思ってくれればよい。腕には自信があるでな」


 言うだけ言ってストレアの様子を窺う。こういうところは小心者なのである。

 そして判決の刻……。

 ストレアは心苦しそうな表情である。

 これはまずい。

 左門の直感が囁いていた。


「でも……」


 この後に続くのは間違いなく拒否の意思である。左門は割り込むようにして言葉を紡いだ。


「やはり萎びた爺では不安かの?」

「お爺さん……ですか?」


 意味がわからない、とでも言いたげな表情。そこで左門は己の肉体が若返っていることを思い出した。


「あ、いや、何でもない……」


 まったく誤魔化せていない。が、幸いにしてストレアもそれほど気にしてはいないようである。


「ええと、サモンさんに不満があるわけじゃないんですよ。実際、強いですし、一緒に旅をしてくれるなら心強いです」

「ではなぜ……」

「それはですね、サモンさんをエウゼビア女王国に連れて行ってしまっていいものかと……」


 どうやら不安は行先の方らしい。

 というのも、エウゼビア女王国はその名の通り、女王が統べる国である。それはいい。が、問題はその国是であった。

 男は女によく仕えるべし。

 一言で言えば、典型的な女尊男卑の国家なのだ。

 ストレアが行先に選んだのも、ここに起因している。猫人族の遣い手はほとんどが男なのだ。男であればエウゼビアへの入国は避けるのが常識。となれば、厄介な追手を遮断することができた。

 畢竟、左門も同じ扱いを受ける。ストレアはそれを懸念したのだ。

 さらに言えば、エウゼビア女王国は未だ奴隷制度を採用していた。その奴隷のすべてが男なのだ。

 差別されるだけならばまだしも、奴隷扱いはさすがに堪えるだろう。


「そういうことか」

「はい。サモンさんがわたしの奴隷扱いなんて申し訳ないですから」

「周囲からどう認識されようが、別に儂は構わんよ。さすがにストレアどのに奴隷扱いされたらへこむがの」

「しません!」


 ストレアは目一杯否定した。微笑ましい一幕である。

 実のところ、左門の申し出はストレアにとって渡りに船なのだ。里から逃げ出したはいいものの、決して戦闘能力に優れているわけではない。

 法術は支援と回復が主であり、魔術の方はからきし。一応、体術を修めているのだが、大量の魔物や盗賊に囲まれれば、どうしようもなかった。

 猫人族の里から央都ダブリスまで無事に辿りつけたのは、大森林が庭のようなものであったことと、付近の街道が整備されていたことが大きい。ダブリスはアストラ=ヴィズ都市同盟の央都なのだ。その周囲の街道は国内でもっとも安全であった。

 この先の道中がそうである保証はない。


「でも、いいんですか? 自分で言うのも恥ずかしいですけど、家出娘の護衛ですよ?」

「肥えた豚の用心棒とは比べ物にならんよ」


 あれはきつかった。いかに金に困っていたとはいえ、何度斬ってやろうと思ったことか。生きていくためとはいえ、我慢にも限界というものがある。


「事情……聴かないんですか?」

「無理に聴き出す気はないの。話したい、というのならば別じゃが……」

「本当にお人よしですね」

「いや。ストレアどのには負けよう。何せ身元のわからぬ男の同行を許そうというのだからな」


 左門は冗談めかして言いながら、莞爾と笑った。それに釣られてストレアも笑う。


「でもわたし……というか、猫人族は匂いでなんとなくいい人と悪い人がわかるんですよ。だから、サモンさんも平気だと思たんです」

「嬉しい話だが……」


 下心だけで動いているわけではないとはいえ、目指すところは一つなのだ。手放しで信用されてしまうと、それはそれで複雑である。

 そんなことを考えてしまう辺り、気軽におなごを口説くことができなかった原因であろう。


「まだお昼くらいですし、良さそうなクエストを見繕って、早速向かいましょうか」


 日はまだ中天を過ぎたばかり。暗くなる前に街道沿いの町へ辿りつけるだろう。

 この町にはストレアを追う者たちもいる。あれはただ気絶させただけなので、もう復活していてもおかしくなかった。

 そういう意味では長くここに留まる必要性はないのだ。

 左門がいれば、捕まる可能性は皆無だが、あえてムダな諍いを起こしても仕方がない。

 ともあれ、旅の行程はストレアに従うだけだ。


「うむ。承知した。くえすとぼーどとやらに貼ってあるのだったな」

「はい。わたしたちはランク1ですから、簡単なものしか受注できないですけど、お金は大事ですからね。稼げるときに稼ぎましょう」

「そうじゃな。金があって困ることはあるまい」


 そんなことを言い合いながら、二人はクエストボードの前に移動した。地図付近は静かなものであったが、こちらには他の冒険者の姿もある。

 受注するクエストを吟味しているのであろう。じっと依頼の紙を見つめていた。


「うーん……。どれにしましょうか」


 クエストボードは三つにわかれている。左からランク1、ランク2、ランク3といった具合だ。そこから、それぞれのランクに合った依頼を選ぶのである。

 もちろん、自分のランクを上回る依頼を受けることはできないし、そもそもギルドカードをかざしても反応しない仕組みになっていた。

 ちなみに、ランク4の依頼はクエストボードには貼られない。ギルドからの直接依頼であった。これはランク5も同じである。

 といっても、ランク5の冒険者は片手で数えるほどしか存在しない。冒険者のほとんどが1から3の間なのだ。

 左門はストレアの隣に立ち、ランク1のボードを眺める。


(いやしかしこれは……)


 ランク1の依頼は最も多い。簡単なお手伝いから魔物のの討伐まで、その種類も様々である。しかし、左門が驚いたのはそこではなかった。

 字が読めないのである。これでは一人でクエストを受けることもできない。

 ここで生きていくのならば、早々に教えてもらわねばならないだろう。いずれにしても、今ここに立っていたところで何の役にも立たない。

 左門は読むのを諦めて、ボードから少し離れた。


「どきな、嬢ちゃん」


 隻眼の大男がストレアを突き飛ばしてボードの前に割り込んできたのはそんなときである。


「きゃ!」


 バランスを崩したストレアが床の上に倒れる。


「ちっ! ランク1じゃシケてやがるな」


 大男は突き飛ばしたストレアのことを無視し、次の依頼を受注しようとしていた。tpんでもない野郎である。

 もちろん、左門が黙っているはずもなかった。


「おい。そこのお主」

「ああ?」

「すとれあどのに詫びよ。さすれば見逃してくれる」

「見逃す? 誰に向かって口を聴いてやがる!」


 プライドを傷つけられた大男が凄んで見せる。が、左門にとっては屁でもない。


「サモンさん、わたしなら大丈夫ですから……」

「いや、こういう勘違いした輩はびしっと言ってやらねばますますつけあがるからの」

「てめぇ! ぶっ殺す!」

「ふん。お主程度、右腕一本で十分じゃ。どうせ『らんく1』なのだろ」


 左門と大男の体格差は凄まじかった。左門とて決して小さくはない。だが、男はどう見ても2メートルを超えていた。


「残念だったな。今はギルドに登録したばっかりで1だが、実際はランク4くらいの実力があるんだぜ」


 大男は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。とはいえ、口だけならばなんとでも言えるもの。左門にはこの男がそれほど大層には見えなかったし、何より強者のみが放つ、血が滾るような波動を感じなかった。

 本当に実力を隠している、ということもあるが、その可能性は限りなく低いであろう。真の強者は己が力を誇らぬものだ。


「御託はよい。かかって参れ」

「後悔するなよ! ガキがっ!」


 言いながら大男が突進してくる。

 次の瞬間、男の巨体が宙を舞い、床の上に放り出された。左門は宣言通りに右手一本で大男を制圧したのである。


 騒ぎを聴きつけた職員が姿を見せたのはそのすぐあとのことだった。


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