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異世界浪人見参!  作者: 福永慶太
第1章 侍降臨編
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第3話 冒険者のギルド

(おおっ!なんと美しい!)


 頭の上にちょこんと乗った可愛らしい耳。

 大きくつぶらな瞳。

 烏の濡れ羽のような黒髪は短く切りそろえられていた。いわゆるショートボブ、というやつである。

 少女の温和な雰囲気が伝わってくるようだった。

 身の丈は左門の肩よりやや高い程度。

 なぜだろうか、気品のようなものさえ感じられる気がする。


(いや。それにしても……)


 左門の視線は自然と耳に向いていた。

 見れば見るほど不思議である。

 当たり前だが、左門の生きた時代につけ耳などあるはずもない。ふさふさの耳は触ったら気持ちよさそうだ。


「大事ないか」

「あ、はい。わたしは大丈夫です。すみません」


 少女はしきりに謝罪の言葉を口にしながらも、そわそわした様子で背後を顧みた。気になった左門も同じ方へ視線を向ける。

 すると、同じくネコ耳の男たちがこちらへ迫っているではないか。

 少女のネコ耳はこの上なく愛らしいが、逞しい身体つきの男たちにはまるで似合っていなかった。まるで、化け猫といった風情である。


「追われておるのか?」


 左門は柔らかな口調で問うた。少女が無言のまま頷く。

 よく見れば、肩が震えている。

 もう逃げ切れない、と悟ったのか、逃げるそぶりもなかった。

 袖振り合うも他生の縁。

 ここは助けてやるのが男というものだろう。そうでなくとも好みのおなごなのだ。


「うむ。承知いたした。片付けて参るでな。少し待っておれ」

「えっ?」


 きょとんとしたまま固まる少女。

 その瞬間左門の姿が消え、気づいたときには追手の男たちの前にあった。


「事情は知らぬが、いたいけなおなごを追い回すのはいただぬな」

「わっ!」


 突然目の前に現れた左門に対し、驚愕の声を上げる男たち。


「少し眠っておれ」

「なにを!」


 バカにするにもほどがある。男たちはいきり立った。とっさにバックステップを踏んで左門との距離を取り、拳を固く握りしめて戦闘態勢に入った。

 いい判断である。

 虚を突かれた際の反応は落第点であったが、立ち直りは早かった。手の内のわからぬ相手に対して距離を取ったのも点数が高い。

 ただ、惜しむらくは彼我の実力差を見抜けなかったことだろう。


(まあ、筋は悪くないがの)


 門弟3000人を抱える剣聖、あるいは武神にとって、たった二人の意識を刈り取ることなど息をするのと大して変わらないのだ。

 彼らも決して素人ではない。それなりに修練を積んだ戦士である。だが、左門の前に立ちはだかるにはまだまだ修行が足りなかった。


「どけっ!」

「邪魔をするなっ!」


 二人が息の合った動きで左門を挟み込もうと動き出す。しかし、次の瞬間には決着がついていた。


「不意を突きたいのならば無暗に声を上げるな。音もなく囲み、音もなく叩き伏せよ。動き出しを悟られては何の意味もないぞ」


 まるで稽古でもつけているかのように悪い点を指摘しつつ、いつの間にか背後をとり、手刀を叩き込む。

 一瞬の早業だった。


「ぐっ……」

「げっ……」


 男たちは苦悶の声を上げて意識を失い、石畳の上に転がる。


「うーむ。このままでは邪魔だの」


 左門は腕組しながらぽつねんと呟くと、二人の首根っこを掴んで通りの端まで引きずり、適当なところに寝かせてやった。これで通行の邪魔になることもないだろう。


「待たせたな。これでしばらくは心配あるまい」

「へっ?」


 散歩にでも行ってきたかのような気軽さである。事実、左門にとっては散歩と大して変わらないのだ。


「勝手にやってしまったが……まずかったか?」

「あ、いえ。そんなことはありませんけど……。お礼は……」

「礼には及ば――」


 そこまで言って、左門は気づいた。肉をおごってもらえないだろうか。いや、それはさすがに卑しいか。

 肉のために助けたと思われるのは避けたかった。というか、この少女に軽蔑されるのは勘弁願いたいところである。


 ぐぅ


 しかし、腹の減り具合まで自在に操ることはできない。気の抜けた音が言葉よりも雄弁に語っていた。

 左門はあまりの気恥ずかしさに顔を赤く染める。


「ふふふふ」


 幸いにして少女は呆れなかったらしい。控えめに微笑み、やや硬かった表情がほぐれた。


「お腹が空いているんですか? だったらお肉をおごります」


 そう言って少女は店主に肉を注文し、それを受け取って左門に渡す。


「かたじけない。金がなかったのだ……」


 情けないと思わないではないが、致し方あるまい。左門は肉の刺さった串を受け取ると、一気にかぶりついた。

 美味い。

 魔物という聴き慣れない生き物の肉らしいが、やはりはずれはなかった。やや硬めではあるが、歯ごたえがあると思えば何のことはない。腹が減っている今ならばちょうどいいというものだ。


「さっきは途中になってすまなかったな。そういやあんた、冒険者ギルドも知らなかったようだが……」


 と話しかけてきたのは屋台の店主である。一応気にしてくれていたのだろう。


「ああ。知らぬな」

「そうかい。結構いい腕してるみたいだし、試しに登録してくるといい。あんたの腕ならそれなりに稼げると思うぞ。まぁ、登録にも金がかかるんだがな……」

「ダメではないか」


 肩を落とす左門。稼ぎ口を見つけられれば生きていく上でだいぶ楽になるのは間違いない。とはいえ、金を得るのに金が要るとなっては元も子もなかった。


「けどよ、あんたの腰のものを片っぽでも売れば十分に足りるはずだぜ。冒険者になれば国境も簡単に越えられるし、身分も保証される。旅をするなら便利だと思うよ」

「ううむ……」


 左門の腰には大小が差さっている。二本あるんだから一本くらい、ということなのかもしれないが、さすがにこれを手放すわけにはいかなかった。ある意味商売道具なのだ。

 居合でも披露して大道芸で稼ぐ方が現実的である。


「あ、あの……」


 左門が難しい顔をしていると、突然横から声が掛かった。


「いかがした?」

「助けていただいたので、ギルドの登録料くらいでしたらわたしが……」

「それはありがたいが、迷惑ではないか?」

「わたしも国境を越えたいので、ギルドには行く予定だったんです」


 ありがたい申し出である。だけではない。この少女と知己を得るいい機会なのではないか。


(儂にも運が向いてきた、というわけか)


 断るのは簡単だがあまりにもったいない。せっかく二度目の生を得たのだから、冒険してみるべきだろう。生前の後悔を繰り返さぬためにも。

 そんなわけで左門は少女の申し出を受けることにした。

 店主に礼を言って屋台を離れ、少女の背を追って歩く。

 どうやらギルドとやらは町の中心部にある、一際大きな建物であるらしい。不案内な左門であるが、少女のおかげですんなりと辿りつくことができた。

 中に足を踏み入れ、突き当りまで進むと、制服らしきものを着た若い女がカウンターの向こうに立っている。


「冒険者ギルドへようこそ。初めての方でしょうか?」

「あ、はい。そうです」

「ではまずギルドに登録してギルドカードを作りましょう。登録に少々かかりますが、よろしいですか?」

「はい。二人分お願いします」

「2000イェンになります」


 金を出してもらう上、すべてを少女に任せるのは気が引けるが、出しゃばったところで邪魔になるだけだ。左門は一歩引いたところで黙って成り行きを眺めていた。


「では失礼します」


 そう言って受付の女は一枚のカードと取り出すと、少女の手にかざしてなにがしかを呟く。すると、突然カードが光り、数秒したのちに光が収まった。

 続けて左門にも同じことを繰り返す。不可思議な光景であったが、少女は平然とした様子である。きっと常識なのだろう。


「これで登録は完了です。なくした場合は再発行できますが、その際にはお金がかかりますので留意してください。なお、偽造は不可能です。ランクは1から。最高のランク5を目指して頑張ってください。依頼はクエストボードに貼ってありますので、受注する場合はカードをかざしてください。自動的に紙が破棄され、内容が記録されます。討伐系の場合は達成の可否まで記録されますが、採取系の場合は依頼の品を指定のギルドまで届ける必要がありますのでご注意を」

「わかりました。ありがとうございます」

「では、よい冒険者生活を」


 登録は意外にもあっさり終わった。道中手形の代わりになる、ということだったので、煩雑な手続きでもあるのかと思っていただけに拍子抜けである。


「しかしこれで儂の何がわかるというのか」

「このカードは特殊な法術がかけられているんですよ。さっき、手にかざしましたよね? そのときに情報を読み取って、カードに記録したんです。もちろん、個人個人で記録される情報が違いますから、すぐに個人が特定できるんです。顔も記録されているので偽ることもできませんし」


 驚きの技術である。が、左門にはいまいちピンとこなかった。


「そういえばこの町に入ったときには素通りだった気がするが……」

「ここままだ国境とは少し距離がありますから。国内の移動には基本的に制限はかからないんです」

「ほう……」


 もし仮にこの町が国境の向こう側にあったら、入ることすらできなかったわけだ。あるいは時間をかければ可能なのかもしれないが、幸運であった。

 あの声の主もその辺りのことは考慮していたのかもしれない。


「とにかく、これで依頼も受けられますし、お金に困ることはないと思いますよ」

「何から何までかたじけない」

「いえ、助けてもらったお礼ですから。何か他にわからないことはありますか?」


 少女は面倒見がいい性格らしい。何も知らない者の相手など大変であろうに、嫌な顔一つせず親身になってくれる。左門はますますこの少女と離れたくない、と思った。


「ある。正直、一つや二つではないのじゃが……」

「何です?」

「とりあえず、この紙切れに遣われておるという、ほうじゅつ? であったか。それは一体なんぞ」


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