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異世界浪人見参!  作者: 福永慶太
第2章 エウゼビア編
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第15話 緊急のクエスト

 左門とストレアが希望に沿った討伐系クエストをいくつか受注したところで、突然ギルドカードか光り出した。さらにはぶるぶると震えている。


「お、一体何ごとじゃ」


 もちろん、ギルドカードがひとりでに輝き出すなど初めてのことだ。


「ごめんなさい。わたしにもわからないです」


 どうやら、光を発しながら震えているのは左門とストレアのカードだけではないらしい。周囲の冒険者たちのカードにも同じ現象が起こっているようで、みなカードを取り出していた。

 それから少しすると、発光と振動が止まり、文字が浮かび上がってくる。


「読めぬ……」


 残念ながら左門は未だに字が読めない。旅のさなか、少しずつ教わっているものの、読める、という状態にはほど遠かった。

 変わってストレアが読み上げる。


「緊急クエスト。受付に集合されたし、だそうです」

「緊急……とな」

「はい。確か、冒険者である限り、これが表示されたら強制参加だったと思います」


 ストレアは慌てたような声で言った。

 冒険者ギルドに登録し、ギルドカードを得る、ということはそれだけでいくつかの恩恵に預かることができる。

 その最たるものが、国境越えの際に発揮される、照会不要であろう。国を股にかけたクエストも数多くあるための措置だ。

 他にも、武器屋や防具屋などはギルドカードを提出するだけで、割引が利いたりする。

 別段、実績などなくても、だ。

 緊急クエストへの強制参加はその見返り――代償と言えた。


「背くとどうなる」

「罰せられた上、ギルドカードを没収されて、二度と発行できなくなります」


 左門に現金の持ち合わせはないので、カードの金がすべて。正直、ギルドカードの没収は困るのだ。


「なれば行くしかなさそうじゃの」

「そうですね」


 幸いにして、かどうかはわからないが、周囲の冒険者たちも急ぎ足で受付の方へ向かっている。二人もそのあとに続いた。


「さすがに混んでおるの」

「レイリアにいた冒険者全員みたいですね。この人数だと……」


 左門たちが受付前に着いたときにはすでに大勢の冒険者たちが待機していたのである。それからしばらく経ったのちも、続々と増え続け、100人近い大所帯となっていた。

 二人がいるのはちょうど真ん中あたりである。

 周囲を見回してみると、そのほとんどが女性冒険者であった。左門も含め、男性は一割以下であろう。これがエウゼビア女王国の現状なのだ。

 そわそわと落ち着かない雰囲気の集団から目を逸らし、受付の方へ視線を向ける。

 カウンターの上には一人の老女が立っていた。

 周囲の声に耳をそばだてるに、彼女がこの冒険者ギルドの支部長――責任者のようだ。

「聴きな。今、このレイリアには魔物の脅威が迫っている。緊急クエストの内容はその魔物の討伐だ。レイリアは確かに堅牢な都市だが、それはあくまで人の軍勢に対してのことさね。圧倒的な力を持つ、たった一匹の魔物に対する備えなんざないに等しい。放っておけば大惨事になりかねないよ」

「そんな魔物、いるわけねぇだろ!」


 受付の目の前に陣取った男が反論する。

 レイリアの備えが人の軍勢に対するものだとはいえ、この辺りに生息する魔物程度がどうにかできるような代物ではない。

 城壁を越えようにも、堀を越えようにも簡単なことではないし、何より冒険者や騎士たちが目を光らせているのだ。

 ある意味、男が言うことも間違いではないのだ。しかし、老女は声を荒げるでもなく、事実だけを伝える。


「変異種が出た。それも恐らく、ランク4に相当する変異種だ」


 瞬間、ざわめきが消え、しんと静まり返った。ある者は息を呑み、またある者は絶望の表情を浮かべている。

 事態の重さを理解したストレアも同じように、こわばった表情で息を呑んだ。

 ところが、左門はぽかんとしたまま置いてけぼりにされていた。


「変異種……とは何ぞ?」


 説明を求めるように、ストレアの方を見る。

 変異種はいくつかの魔物に確認されている、バリエーションだ。例外なく、高い知能と戦闘力を持ち合わせており、多少見た目にも変化があった。

 その厄介さはベースとなった魔物の比ではなく、基本的に討伐ランクが一つか二つ上がるのだ。


「例えば、わたしたちがよく倒している、ソードウルフにも変異種が確認されているんですけど……」


 ソードウルフの変異種はソードケルベロス、と呼称されている。ソードウルフよりもずっと大型で、頭が三つついているのだ。通常のソードウルフが討伐ランク0であるのに対し、ソードケルベロスはランク2に相当する。

 ただし、変異種はそうそう現れるものではない。普通の人族の冒険者が人生のうちで一度遭遇するか、しないか、といった程度のものである。

 確認されている変異種の種類も、両手の指で足りる程度だし、何より元のランクが1以下の魔物にしか確認されていなかったのだ。

 詳しい発生原因も不明。

 一説には先祖返りだとか、瘴気を浴びすぎたのだとか囁かれているが、真相は定かではない。が、いずれにしても、ランク1以下の弱い魔物だけに現れる変化だというのが通説だった。

 それだけに、冒険者たちの反応も恐怖が先行していたのだ。


「要するに、凄まじく強い魔物が出た、と」

「身も蓋もない言い方をすると、そうなります」


 しばしの忘我ののち、冒険者たちは紛糾した。


「まさか、私たちだけで討伐しに行けって言うんじゃないでしょうね!」

「そもそも何の魔物の変異種が出たんだ!」


 それらの主張ももっともである。出現した変異種が討伐ランク4であるならば、ランク3以下の冒険者たちがいくら寄り集まったところで、倒すことなどできやしないのだ。

 少しでも生存率を上げるには、元の魔物を把握し、対策くらい立てておかねばなるまい。


「静まりな! 今回確認されたのはソードダンサーの変異種さね」

「ふざけるな! ソードダンサーは西の鉱山から出てこないんじゃなかったのか!」


 と真っ先に叫んだのはまたも、一番前の男だった。

 本来、ソードダンサーの討伐ランクは3である。つまり、ここにいる冒険者たちでは普通のソードダンサーにすら及ばないのだ。ランク3の冒険者も数名いるから、被害を無視すれば勝てるかもしれないが、死ねば報酬は受けとれない。本末転倒だった。

 そもそも、ソードダンサー自体はかなり前からその存在が確認されていたのである。

 同時に、塒にしている西方の廃鉱山から出てこないこともわかっていた。

 通常であればランク3ほどの大物はすぐにクエストの対象となり、高ランクの冒険者たちによって討伐されるのだが、ここがエウゼビア女王国であることが災いした形だ。

 うまみがないので高位の冒険者は滅多に来ないし、討伐を請け負うべき騎士団も、鉱山がレイリアからやや離れていることや、実害がなかったこともあり、後回しの案件となっていたのである。


「変異種となって、行動のパターンがかわったのだろうな」

「レイリアの常駐戦力は」

「本隊はすでに国境さね。ここにはいない。だからこそこうして、断腸の思いで緊急クエストを発したんだよ」

「くそったれ!」


 男は吐き捨てるように言った。この男は数少ないランク3の冒険者なのである。だからこそ、高ランクの魔物がいかに危険であるかを承知していた。

 他の冒険者たちも多かれ少なかれ、死地に向かわねばならないことを理解しているのだ。

 実際、この場にいながらまったく取り乱していないのは左門くらいのものである。


「すまんがおぬしら、レイリアのために死んでくれ」


 老女は静かに言って、深く頭を下げた。この老女とて、好き好んで冒険者たちを死地に放り込もうとしているわけではないのだ。彼女にとって冒険者たちはみな後輩なのだから。


「緊急クエストだ。否はねぇ。けどよ、俺たちが束になってかかったとして、勝てる見込みはあるのか? ないなら命を賭ける意味もねぇ。犬死だけはごめんだぜ」


 冒険者たちが男の言葉に賛同するように、一斉に頷いた。


「ナンバーズの騎士様がレイリアに残っている。彼女が依頼人だ。無論、討伐にも参加する。言い方は悪いが、騎士様が万全の一撃を放つため、壁にさえなってくれれば勝機はある」


 壁役になるということは、すなわち死と同義である。

 紛糾するかと思われたが、予想に反して、そのような事態にはならなかった。

 冒険者というのは命をチップに、ハイリターンを求める職である。

 いざというときに、こうなることは承知の上であった。ここで逃げ出したとあっては、後ろ指をさされることは間違いない。

 罰則の方はどうにでもなるが、一度失った信頼や名誉を取り戻すことはできないのだ。


「ところで、なんばあず、というのは?」


 しかしながら、左門にはあまり関係のないことだ。むしろ、老女が口にしていた「ナンバーズ」の方に興味を示していた。


「ナンバーズというのは、女王陛下に仕える騎士の最高位に与えられる称号……と言えばいいでしょうか。この国の最高戦力で、ナンバーズ1からナンバーズ9までいます。それぞれが一団を率いる将であり、一騎当千の腕を持つ、と」


 ストレアの説明を聴いて、左門は得心した。一騎当千の将が味方につくとなれば心強い。だからこそこの老女もこの無謀な作戦を許可したのであろう。


「守る対象が騎士様ってのは気に入らねぇが、報酬は弾んでくれるんだろうな」

「無論、生死にかかわらず報酬は出すよ。だから、死んだ場合の送金先も遺書と一緒に残しておいておくれ」


 ギルドカードには遺書の機能も付随している。いつ死ぬかわからない職だからこその機能だ。ギルドカードはちょっとやそっとでは消滅しない。持ち主が死んでも残るし、拾った冒険者が届ければ身元もわかる。その辺りには暗黙の了解が存在していた。

 自分自身もいつ世話になるかわからないからこそ、先に死んでいった者たちの思いを無下にはできないのである。


「ちっ。どうせ傍観してたって死んじまんだ。ここはひとつ、大輪の花でも咲かせてやろうじゃねぇか!」


 すっかりリーダー気取りの男が叫ぶと、他の冒険者たちも思い思いに声を上げた。どうやら意思は固まったらしい。


「半刻後、城門の前に集合だよ。それまで遣り残したことがないように準備してきな」


 老女が言うと、冒険者たちは競ってギルドから出ていった。武器の手入れやら、遺書の作成やらやることがあるのだろう。


「奴らももののふなのだな」


 左門はぽつりと呟いた。その言葉には実感がこもっている。

 冒険者たちは乱暴者も多い。が、いざというときには命を張ることさえ厭わないのだ。それは尊い勇気であり、心意気であった。

 左門はそこに武家が遠い昔に失ったしまった気概を見たのである。


「わたしたち、死んじゃうんでしょうか……」


 すぐ隣では、ぺたんと耳を寝かせたストレアが不安そうな表情を覗かせていた。よほど怖いのであろう。左門の羽織をちょこんとつまんでいる。


「敵がどれほど強大か知らぬが、ストレアどのは死なぬよ。身命を賭して儂が守るゆえな」

「サモンさん……」


 少し潤んだ熱っぽい目で左門を見上げるストレア。左門の胸の裡に熱いものがこみ上げてくる。なんというか、もう我慢できそうにない。

 左門はあることを決意し、決戦のときを待つのだった。

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