第10話 討伐の依頼
言ってしまった。言ってしまったわ。わたし……。
なんだか顔が熱いし、頭が茹で上がりそう。絶対に赤くなってる。ああ、もう恥ずかしい……。
真っすぐサモンさんの顔が見れないよ。
しばらく胸の裡で悶えると、段々頭が冷えて冷静になってきました。心なしか、顔も熱きなくなってきた気がします。
これなら平気かな。
そう思って、勇気を持って視線を上げました。
あれ? サモンさん、ぽかんとしてる? 何で? もしかして伝わってない? 結構勇気出したんだけどなぁ……。
「いかがいたした。突然めおとなどと……」
さっきは冗談みたいに言ったから、そんなに緊張しなかったけど、今回は違います。割と本気でした。といっても、本物の旦那様になってもらおうとしたわけじゃなくて……。
そこまで考えて、わたしは重大なことに気づいたのです。
もしかしたら勘違いかもしれません。自分の言葉を思い出し、胸の裡で呟いてみます。
サモンさん。やっぱりわたしの旦那様になってください、だったでしょうか。うう。何度いっても恥ずかしいです。
でもでもわたしはとんでもない間違いに気づいてしまいました。
旦那様になってくださいって、まるっきり求婚じゃないですか! 痴女ですかわたしは! こんな往来で!
「ちちちちちち違うんです! た、例えフリだとしても、サモンさんがわたしの奴隷なんてだめですよ! 気づいたんです! だから、エウゼビアにいる間だけでもそういう設定にすればいいんじゃないかと。既婚の男性は未婚の男性と違って一定の権利が保障されるんですよ」
懸命に説明するわたし。サモンさんは理解してくれたみたいですが、変な子だと思われなかったでしょうか。それだけが気がかりです。
ただ、もしかしたらこれは大きなチャンスを逃してしまったのかもしれません。
わたしがこのままサモンさんの妻になってしまえば里の追手から逃れる必要も……。
そこまで考えて、わたしは大きく首を振りました。いくらなんでもそんなことのためにサモンさんに言い寄るなんてサイテーですし、サモンさんに失礼なのです。
相手は師匠なんですから、邪な目で見てはいけないのです。
○
ストレアの頬が朱に染まっている。年頃の娘が突然求婚めいた言葉を口にしてしまったのだからそれも無理からぬことだろう。
左門はそう判断し、あえて何でもないことのように対応していた。
「つまり、フリじゃな」
「は、はい。馬車でさえ乗せてもらえないわけですから、納屋とか馬小屋で寝ることになっちゃうかもですし……」
真っ赤に染まったストレアの顔を見ていると、なんだか左門まで恥ずかしくなってきた。
「まあ、その辺りは追々でもよかろう。別に儂は納屋でも馬小屋でも構わんしの」
「またそんなこと言ってもうぉ」
ぷんぷんと頬を膨らませるストレア。昨晩もそうだったが、ストレアは左門が自分以下の扱いとなるのが嫌らしい。
結局は左門が折れることになろうとも、結論は後回しで構うまい。
「それで、野次馬に加わる前に何か言おうとして追ったと記憶しておるが、なんじゃったかの」
左門は意識的に話題を逸らした。
「ああ、そうでした! せっかく魔物を倒すんですから、ギルドでクエストを受けておきませんか?」
ダブリスでクエストを受けた際は様子見のため、お遣いのクエストを受けるにとどまっていた。しかしながら、一日旅をした結果、他のクエストを受けても大丈夫だと判断したのだろう。
ひとたび受けたクエストはそれを完遂しなければ、ペナルティが発生するのだ。達成できないクエストを請け負うということは、自分の実力を過信しているということ。そういう戒めの意味もあって、罰金や罰則、重い場合にはギルドカードの剥奪や降格という処分が下された。まさに一罰百戒である。
ただし、無理のない範囲であれば、複数のクエストを同時に受注しても問題はなかった。
いずれにしてもストレアは左門の指導を受けるため、魔物と戦うのだ。であれば、クエストを受けておくのも悪くはなかろう。
基本的に左門も反対はなかったが、気になることが一つ。
「それは構わぬが……だぶりすに戻るのかえ?」
「まさか。違いますよ。大きな都市には漏れなく冒険者ギルドがあるんです。当然、、メルンにもありまして、大河の両岸の町にあったはずです。ちなみに、アロンにはありません」
「ほう。そうであったか。なれば、受けてみるのもよかろう」
左門の気がかりは杞憂であったわけだ。
採取系のクエストとは違い、討伐系のクエストは依頼を受けたギルドへの報告は不要である。というのも、依頼紙をギルドカードに読み込ませた段階で、魔物の討伐が記録されるのだ。その上、クエスト達成の可否まで判断してくれる。
あとは最寄りのギルドに報告、ギルドカードを見せれば完了だ。ギルドカードはキャッシュカードのような機能も付随しているので、報酬はそこに振り込まれる。
討伐系の場合、報酬が金銭であることが条件なので、一つの場所に留まっている必要はなかった。
「じゃあ、早速冒険者ギルドでクエストを受けてきましょう!」
ストレアは張り切って歩き出す。修行が依頼をこなすことにも繋がるとなれば、やる気も倍増であろう。
そんなわけで、二人は冒険者ギルドへ赴き、3つほど討伐系のクエストを受注した。どれもこの近辺に生息する魔物の討伐である。
そこから先は昨日とほぼ同じ。
普通に街道を歩き、ストレアが魔物の臭いを感じたら街道筋を離れて戦闘。終わればまた街道に戻ってくる。
違う点があるとすれば、街道にある程度の人影があることくらいであった。
朝、一斉に大河を渡り、そのまま街道に出てきたからであろう。この先、進む速度に差が出れば、ある程度はばらけるであろう。
旅は順調だった。
ストレアへの指導の方も順調。すでに数度に渡る戦闘をこなし、早くも2つのクエストを完遂していた。左門たちのように、旅の途中で資金稼ぎの一環として討伐の依頼を受ける冒険者も多いらしく、今晩宿をとる予定の町には冒険者ギルドの出張所がある、とストレアが喜々として説明していた。
「冒険者ぎるどとその出張所では何が違うのかの?」
「もともと、ギルドというのは、ええと……組合? みたいなものなんです。大小さまざま規模の似たようなことを生業にする人たちや集団が手を取り合ったのが始まりなんです。小さなままでは限界がありましたので。ですから、個々で見れば大小があって、出張所というのは町としては小さくても、需要がある場所に造った少し規模の小さいギルドになります。これは冒険者ギルドに限った話ではなくて、鍛冶ギルドや商人ギルドも同じなんですよ」
左門的な理解をするならば、株仲間のようなものだろう。
独占市場による物価の高騰や冥加金(上納金)制度による不正の温床となることもあったが、あれはあれで理にかなった制度であったのだ。
日ノ本の外でも似たような制度が発達している、という事実がその証左であった。
毎度のことながら、左門の疑問を解消しつつ、昼過ぎには街道沿い最初の村――アモラ村に辿りついた。とはいえ、ここで宿をとるわけではない。
多くの商人たちや冒険者たちも、アモラ村には寄らず、素通りすることがほとんどだった。メルンを発って来たならば、わざわざ休むほどの距離ではないし、逆にメルンへ向かう場合、ここで足を休めるくらいならば、メルンまで足を延ばした方がいい。
こんな中途半端な位置に村ができたのには理由があった。
かつて、険悪な関係にあったエウゼビア女王国とアストラ=ヴィズ都市同盟がであるが、今では友好的な関係にある。
メルンはもともと、両国が大河を挟んで砦を築き、睨み合っていた頃の名残なのだ。
友好的な関係を築くにあたり、新たに開拓されたのがアモラ村だった。
そのためか、どこか牧歌的な雰囲気が漂い、村人たちもおっとりしているような気がする。前述の通り、旅人たちもあまり立ち寄らないので治安もよかった。
女爵という地位にある貴族が治めているらしい。男爵でないのは、エウゼビア女王国の貴族は全員女であるからだ。
「せっかくじゃ。この辺りで昼餉にするかの」
「そうですね。いっぱい身体を動かしたので、わたしもお腹が空きました」
合意の上、二人は適当な飯屋へ足を踏み入れる。ドアを開けると、チリンチリンという鈴の音が鳴り響いた。
「いらっしゃ――」
音に反応し、笑顔で迎え入れる店員。しかし、その視線が左門まで達すると、途端に険の含まれた声に変じた。
「あの、二人なんですけど」
「二人? 悪いけど男に食わしてやる飯はないよ。どうしても食いたければ味のない豆くらい出してやるけど」
「ちょっと――」
言いかけたストレアを左門が止める。冒険者の男にも言ったが、郷に入っては郷に従え、だ。
「儂はそれで構わぬよ」
「じゃあ、わたしも同じものでいいです!」
怒気を孕んだ声でストレアが続く。
「何もあんたまで……」
「いいんです!」
店員は困ったように眉を顰めるが、やがて諦めて厨房へ下がり、しばらくしたのちに山盛りの豆をの乗った皿を持ってきた。
「男は床で食いな」
「承知した。それがこの店の規則であるならば従おう」
もちろん、ストレアは何か言いたげな表情であるが、ぐっとこらえている。
左門は何でもない風に豆を口に放り込んだ。
(む。味ならあるではないか)
やや青臭いような気もするが、わずかに塩気がある。野垂れ死にしそうになって、山で食った雑草よりよっぽどうまい。
毒を喰わされるわけではないのだ。こうして人の食べ物を口にできるだけマシである。
それに、左門にとってイスとテーブルで食べる、というのは未知であった。
江戸にあるのは長床几と膳くらいのもの。基本的には畳に座して食うのだ。はっきり言って違和はなかった。
結局、ストレアは終始不満げであったものの、間違いなく腹は膨れたので目的は達したと言えよう。
勘定を済ませ、店を出る。
すると、一人の女が必死の形相で走ってきて、突然悲鳴にも似たを上げた。
「りょ、領主様の御屋形に曲者がっ! 誰か! 誰か!」
叫んだのは領主の館に仕えるメイドであるらしい。
「女中か」
「そうみたいですね。曲者って……どうしたんでしょうか」
よく見れば身に纏ったメイド服のスカートが破け、エプロンは血と泥で汚れているようだ。この事態に左門は興味を持った。
「面白い。参るぞ」
「え?」
「腹ごなしじゃ」
颯爽と走っていく左門。やや遅れてストレアもその背中を追った。
「待ってくださいよー!」