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 かび臭い小屋の中で、梓は閉じていた目を開ける。梓は男の首に回していた手を解き、少し離れて男を見つめ、手早く事後の処理を済ませた。

「あなたは何も悪くないのに。本当にごめんね」

 梓は男の背中に回って、ゆっくり押した。縄で後ろ手に縛られた男がゆっくりと床板から押し出される。足が地面につくと、男は一瞬自分の力で立ち上がり、崩れるように穴の中に倒れた。

 梓はスコップを持ち上げる。掘った土を穴の中に戻し始めた。


 行為を母に知られた後も、リョウとの関係は変わらず続いた。間違いなく母も知っているだろう。

 家の中では、梓を居ないもののように扱った母だが、家の外では良い母親を演じることを忘れなかった。懇談会には休まずに出席したし、学費などの支払いも滞らせない。菓子パンや惣菜ではあったが、痩せ細らない程度の食事は与えられたし、弁当の日には昔と変わらぬ手料理を持たされた。

 制服以外の私服などは買ってもらえなかったが、学校でおかしく思われない程度の文房具などは与えられた。家の中ではリョウや母のお古を着て過ごし、寒ければ毛布を巻いてしのいだ。

 それでも、母のパートだけでは梓の進学費用とギャンブル好きのリョウのこずかいを賄うことは出来ないらしく、最近では田舎の祖父母にたびたび金の無心の電話をしているようだった。家の状態は音を感じるほど急速に悪くなっているのに、三人の生活は何も変わらない。

 そして、梓は高校生になった。父の通った高校で、母が落ちた高校だ。

「合格した」

 母に告げた日、梓は何度も殴られた。卒業式の次の日だった。

「ばかやろう! わざと落ちろっていったのに! 電車代を誰が払うと思ってるの! いつもいつも自分の事しか考えてないんだから!」

 それでも母は梓をその高校に進学させた。先生や近所の人に褒められた時は「ええ、本当に誰に似たのか。自慢の娘です」と笑って梓の顔を見た。


「どうもー。俺、藤間。藤間陽介。何ちゃんだったっけ?」

「……梓」

 入学式を終えて、次の席替えで隣の席になった男は、屈託のない笑顔を繕って梓を見ていた。女子に気軽に話しかけ、先生をからかい、クラスの男子の主導権を握っている男。

 本当は梓の名前も把握しているはずなのに、どうして面倒な段取りを経るのか梓には理解できない。男の机の上には他の生徒たちのバッグとは桁が一つ違うブランドのバッグが置かれていた。

「前から聞こうと思ってたんだけど、藤間って、藤間精機と関係あるの?」

 梓はにこりともせずに聞いた。藤間精機は梓の父の会社を潰した会社だ。

「……ああ、うん、親父の会社だけど。何で?」

 陽介の繕った笑顔は一瞬でなくなった。親の事を聞かれるのは嫌だ、とアピールしているのだろうか。皆の羨むバッグを持ち歩けるのも、教師をからかうような真似をしても見過ごされるのも、親の力であると皆が気付いているのに、まさか自分だけ気が付いていないのだろうか。梓は表情を変えない。

「そうなんだ」

 バッグを見ながら梓は呟いた。陽介は黙ったまま、つまらなそうに梓から視線を逸らせて、黒板を見つめた。梓は周りに気づかれないように、そっと陽介の膝の上に手を伸ばした。

「相談にのって欲しいことがあるの」

 陽介は驚いたように、小声で呟いた梓を見る。梓はじっと陽介を見つめ返した。瞬きを堪えていた目から涙がひとつ零れた。

「助けて、お願い」

 親の金で人気を買っているだけの何もない男。ましてや、それを認めることすらできない矮小な男。誘うのは簡単だった。それから幾日も経たないうちに二人は深い関係になった。暑くなる気温と比例するように陽介は梓に夢中になった。

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