采配
采配
谷山と槌屋、そして四天王を直接確認した仕置き組は、別々に江森寺を後にして、一先ず斐山駅へ戻った。少し早めの昼食を取りに、それぞれが好きな店へ入った。
多治見は席に落ち着き注文を済ませると、仕置き組全員へ指示を出した。
《皆、寒い中ご苦労様でした。
十三時五十分に、南口ロータリーへ【FUMI】に迎えに来て貰います。それまで、充分に体を休めていてください。》
【NAGARE】と【ABURI】から《承知しました》と返信が来た。
十三時を待って、多治見は【FUMI】と【JITTE】へ指示を出した。
《ゆっくり休めたかい?
早速で悪いが、斐山駅の南口にあるロータリーへ、午後一時五十分に【JITTE】と【MEBOSHI】を乗せて来てください。
仕置き組全員を乗せ、長時間停めていても怪しまれない所で、采配をします。》
《【SABAKI】、本来は私達の仕事を代わってして頂き、申し訳御座いません。
指示通り、シルバーのキャラバンでお迎えに上がります。
車のナンバーは、斐山・三××・ぬ・××‐××です。
隣の市になりますが、車で十五分程の所に、みちの駅があります。全員を乗せましたら、そこへ移動いたします。》
空かさず【FUMI】から返信がきた。そしてメールを受け取った全員が『了解』と返信した。
約束の時間と場所に、シルバーのキャラバンが着て停まった。それを待っていたかのように、一人、また一人と、微妙に間隔を空けて乗り込む。停車時間は僅か三分と短かった。
最後に【SABAKI】が乗り込むと、車は滑る様に動き出した。
「本当に今回は助かりました。」
車がロータリーから出ると、【JITTE】が多治見達、仕置き組みへ礼を述べた。
「良い勉強をさせて貰った。お蔭で先手組と目明し組の苦労を、ほんの少し、知ることができたよ。」
多治見が代表して返した。
「それにしても、槌屋の眼力は迫力が有りました。遠目で見ていても威圧感は凄かったですね。」
【NAGARE】が珍しく、興奮気味に話した。
「確かに、気圧されてしまいそうでした。」【ABURI】も続き感想を口にした。
「【JITTE】が前の采配で言っていた通り、『超』が着く、凄腕と見えました。」
「おいおい、あまり怖がらせないでくれよ。」
多治見の言葉に【ZANN】へ殆どの視線が向いた。それに気付き「大した事は無い。ただの筋肉質のオヤジだ。」と【ZANN】が視線に答える。
「谷山は、マンガのキャラクターの様な容姿で、単なるお山の大将的な悪人って感じでしたね。」
「【ABURI】、上手い事を言うね。でも、そのお山の大将に辿り着くまでが、想像以上に手間が掛かりそうですね。」
【NAGARE】が工程を頭に描き、車中の皆に言った。
「確かに【NAGARE】が言う通りだ。それに僕の感でしかないけど、四天王の茶髪と髭の――。あいつ髭を剃っていたから、革のブーツに呼び名を変えるけど。あの二人は、恐らく、殺っているな。」
「【SABAKI】も感じましたか?」【NAGARE】が問う。
「あぁ。でも、楽しんで殺しをするタイプとは、少し違うような感が有った。」
「はい。」
「【NAGARE】悪いが、『流罪』の仕置きの時に、その辺を確認して貰えますか?」
「わかりました。【ABURI】、良いね?」
「はい。素直には言いそうにもないので、少しばかり痛い目を見て貰うかも知れませんが――」
「構わないよ。でも真実を聞き出す為だ。先に、その事を彼等へ伝えてからにして欲しい。」
多治見が【NAGARE】と【ABURI】を見て言う。
「承知しております。」【NAGARE】が答えた。
車は大きな左カーブを緩やかに描くと、開けた平地に出た。【FUMI】は大きな駐車場の、中央付近に空きスペースを見付けそこへ停めた。そして、後部座席へ向ける様に背もたれを倒した。助手席にいた【MEBOSHI】も、それを真似て倒した。
車中の全員が、話しに集中できる環境に有る事を、多治見は確認し「では、采配を始める」と告げた。
「短い時間しかないので、分かり易く、タイムテーブル方式で話しを進めよう。」
多治見が全員の顔を見回し言う。
「まずは『流罪』だ。【NAGARE】の考えを聞こうか」
「正直、あの四人を分散して護送するには、申し訳ないが……。先手が用意した、人員と運搬車輌では無理だと思われます。」
「人数不足と?」【FUMI】が空かさず問う。
「それも有る。が一台に乗れる人数は七名。二人ずつに分け、運転手を除くと、四名の計算だが、助手席に居たのでは、何か有った時に動き難いし、真ん中の三人席では、下手人の間に座る事になる――。車輌事態が小さいとしか言えない。」
「確かに、この車に下手人二人では、些か狭過ぎるな。」
多治見が車内を見回して肯定する。
「では夕刻までに、マイクロバスを手配します。」
「そうなると、一台に纏めたいですね。」
「運転手とその控え。そして四天王で、すでに六名。十一人乗りとすれば、【NAGARE】と【ABURI】、残りは三名か。」
黙って聞いていた【JITTE】が呟く。
「その上の二十人乗りであれば、下手人一人に付き、二人が割り当てられる。」
「承知しました。時間までに二十人乗りを用意いたします。」
【NAGARE】の依頼に【FUMI】が即答した。
「でも『流罪』と『死罪』で各六名づつでしたよね?」
【MEBOSHI】が先手組の人数を確認した。
「こちらは【ZANN】に二、三人。僕には一人着いてくれれば、何とかするよ。」
多治見が進言した。
「【SABAKI】に一人ってのは駄目ですよ。」
「地理的に弱いだけだ。道案内が居てくれれば、僕は構わないよ。」
「なら私も一人で充分だ。」
「そうかい?では、先手組みは、【NAGARE】の方へ、運転手と控えの他に、八名を付けて下さい。残りは【ZANN】に一人、その代わり、【JITTE】と【MEBOSHI】は【ZANN】に同行して欲しい。」
「私達は構いませんが――」
「ではそれでお願いします。無事に【ZANN】を東京へ送ってください。」
「何故、私を庇う!」
「別に庇ってなどいないよ。君が仕置きする槌屋は、それだけ負担が大きい。と言うだけだ」
「ちょっと待ってください!」
多治見と【ZANN】の話しに【NAGARE】が割り込んだ。
「【ZANN】、君が槌屋を担当するのは止した方が良い。【SABAKI】もどうして――」
「【ZANN】が望んだ事でね。譲ろうとしないんだよ」
多治見は大袈裟に、落胆した風を装った。
「【ZANN】。槌屋は、君が一番苦手とする人種だ。ここは【SABAKI】と代わった方が良い!」
「これは私の、仕置き組への存在の証明なのよ。【NAGARE】は黙っていて!」
「しかし――」
「私は槌屋を仕置きして、葬の仕置き組に、私が必要だと認めさせるの。余計な口を挟まないで!」
多治見が【NAGARE】の顔を見た。アイコンタクトを交わした【NAGARE】はそれ以上、この件には口を出さなくなった。
「割り当ては確認取れたかい?」
多治見が全員の顔を見回し訊いた。
全員が黙って頷く。
「では仕置きに関して進めるよ。【NAGARE】悪いが『流罪』からで良いかい?」
「はい。では、まず四天王ですが、一人ずつ呼び出して拘束するには、今日の宴会は邪魔です。ですので、四人纏めて呼び出して拉致します。」
多治見意外は、意外な顔を【NAGARE】へ向けた。
「可能ですか?」溜まらず、【JITTE】が訊く。
「【ABURI】も加わったからね。その方が安全で確実です。」
「【NAGARE】がおっしゃるのですから、心配はいたしませんが――」【JITTE】が後の言葉を濁した。
「まず、茶髪と革のブーツを拘束して、その後で、残りの二人を捕まえ拘束する。良いね?」【ABURI】を見る。
「多少手荒くなっても、許可いただけますか?」
「殺さない程度であれば構わない。」
「承知しました。私が茶髪を落とします。」
「判った。では僕が革のブーツを受け持つよ。」
多治見はにこやかに二人のやり取りを見ている。
「【SABAKI】楽しそうね。」【ZANN】がそれを見て言う。
「チームって感じがしてね。【ZANN】はそう思わないかい?」
「馴れ合いや、師弟関係は御免だわ。」
「そうだろうね。」
【NAGARE】達の采配を聞きながら、少し寂しげな声で呟いた。
【NAGARE】と【ABURI】の間で、同意し合いながら、細かなところまで詰めた。
それを見届けて、多治見が「では『流罪』についてはこれでいいかい?」と皆へ確認を取る。
【JITTE】が手を挙げて「呼び出すのは?」と問うた。
「先手組の女性に、谷山へ電話を掛けてもらう。」
「どのように?」今度は【FUMI】が訊く。
「駅近くに『マウテンバレー』と言うスナックが有った。」
「それは?」
「日本語にすると、山と谷。恐らく谷山の店。ですか?」
「さすが【JITTE】だ。事実か否かをすぐに調べられるかい?」
「はい。」答えると携帯を操作して、先行の部下へメールをした。
「谷山への電話では、そこのママを装って、若い客が喧嘩を始めた。四天王に来て欲しい。そう言えば、恐らく谷山が直々に命令するよ。」
「声でばれませんか?」【FUMI】が心配顔をする。
「宴会の中だ。声も聞き取り難いだろう。あとは迫真に迫る演技力があれば、僕は十分だと思うよ。」
「駄目な時は?」【ZANN】が言う。
「旅館へ電話して、女将から言って貰う。周りがざわついていて、罵声などあれば、女将だって動くさ」
「承知いたしました。東京にいる部下へ、新しい携帯を用意させて、宴会開始から一時間後の、十九時に電話を入れさせます。」
「頼みます。では『流罪』の采配は、四天王を宴会の途中で外へ誘い出して、四人まとめて拘束する。【NAGARE】と【ABURI】はそのまま流刑地まで護送。先手組の割り当ては、運転手と交代の運転手、そして四天王へ各二人ずつ付ける。以上で良いかな?」
「ちょっとお待ちください。先程は話しが途切れてしまったので、そのまま流してきましたが、谷山と槌屋を仕置きするときに、サポートがいなくなります。」【FUMI】が慌てて言った。
「大丈夫、【ZANN】が仕置きをする時は僕が、僕の時は【ZANN】がサポートします。」
「いくら何でも、やはりそれは危険です。」
【FUMI】が食い下がり、異議を唱える。
「あの離れは、中は広いが入口は狭く、三尺の襖が一枚だけだ。そこへ何人も入るなんて、ネズミ捕りに入るネズミの様なもの。であれば、少数精鋭で行くしかない。」
「【SABAKI】のおっしゃる事にも、一利ありますが」
「どう言う事?」【FUMI】が【JITTE】を睨む。
「良いかな?全員が納得できなければ、何度でも話し合うよ。皆の命が掛かっているんだ。遠慮はいらない。」
多治見が見回す。
【JITTE】の携帯に返事が来た。
「先程の店ですが、間違いなく谷山の妹の店です。」
「ありがとう。では、異議は?」
異議は無く、全員が承諾すると、【NAGARE】と【ABURI】へ視線を向け、「判っているとは思うが、奴等は若いが故に、怖さを知らない。そういう輩が一番怖い。」
「ご忠告、ありがとうございます。肝に銘じて。」【NAGARE】が返す。
「最後まで、油断はいたしません。」【ABURI】も続いた。
「『死罪』の二人お願いします。」
『流罪』の方がまとまったと思い【FUMI】が言った。
多治見は腕を組むと目を閉じた。
考えが纏まると「【ZANN】の希望通り君には槌屋を任せる。」
「はい。」
【NAGARE】は何か言いたげに多治見を見たが、多治見は右手を挙げて話しを続けた。
「裁きの時は、宴会が退け、槌屋と谷山が各自の離れに入ってからだ。」
「上手く退けますかね?」
「恐らくだが、二次会は四天王が向かった先になると思う。」
「そうすると二次会に後から行く若衆は、四天王がいないと騒ぎませんか?」
【JITTE】が疑問を口にした。
「では東の真似をして、マウテンバレーへ電話をさせます。」
【FUMI】が答える。
「そうか。逆をするのか」【JITTE】が理解したが【MEBOSHI】は意味が判らず「どういうことですか?」と訊く。
「東を真似て、ママへ『暴れているのがいるって』と聞かせ、ママは『そんなのいないわよ』って返事をするだろ。そうしたら『それじゃ俺達はちょっと寄ってからそっちへ顔出します』的に言えば、時間稼ぎはできる。ってことだよ」
「なるほど。アリバイ作るの得意ですもんね。【FUMI】さん」
「何か良い意味に聞こえない気がするけど――。」
【FUMI】が横目で【MEBOSHI】を睨んだ。
「【SABAKI】続けてください。」
【NAGARE】が話しを修正した。
「先に槌屋を仕置きする。」
多治見の険しい視線が【ZANN】に向いた。
「承知!」と一言答える。
「僕は襖の裏で待機する。」
「そんな近くで?」【ZANN】が怪訝な顔をする。
「入口はひとつ。どうしても其処は抑えて置く必要がある。」
「判りました。」不満気に答える。
「槌屋の仕置きを確認したら、僕は谷山の離れへ行く。サポートは【ZANN】の判断に任せる。」
「どう言う事?」
「皆も感じているはずだが、槌屋は半端じゃない。誰が担当しても、仕置き後、直ぐに動けるとは思えない。」
【NAGARE】と【ABURI】が無言で頷く。
「わかった。極力急いでサポートに行きます。」
「了解。僕の方は、僕の都合で始めるから、様子を見て引き時を決めて貰って良いから」
【ZANN】と【JITTE】、【MEBOSHI】を見て指示した。
「承知」と三人は多治見へ返事した。
「これで『死罪』も大まかだけど決まったかな。」
誰からも、質問が出ないと確認してから【FUMI】が手を挙げた。
「【ZANN】と【SABAKI】の逃走ですが、この大きな車は目立ちますので、真夜中の現地を走っていても怪しまれない車を用意します。」
「選定はお任せします。」
「それと【SABAKI】の逃走は、私が着きます。」
「僕が最後だから、寒い中を長時間待つけど、大丈夫かな?」
「待つのは慣れております。ご心配は無用です。」
多治見は頷いて答えた。
「最後に集合場所と時間だが――」
「それは私から」【FUMI】が手を挙げた。
「十八時に斐山駅の南口のロータリー。先程の所へ、マイクロバスでお迎えに行きます。バスの前に、添乗員に扮して私が立ちます。この旗を目印にしてください。」
【FUMI】が二等辺三角形をした白地に赤で『HK』と書かれた旗を見せた。
「何の略?」興味深げに多治見が訊く。
「特に意味は有りませんが」【FUMI】が申し訳無さそうに答えた。
采配は終了となった。時刻は十五時を回っていた。【FUMI】は運転席へ戻ると、車を駐車場から出して、斐山駅へ向かった。
途中、駅近くで皆を降ろしシルバーのキャラバンは、陽が傾きだした街の方へ消え去った。