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SABAKI 第二部 変革  作者: 吉幸 晶
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内偵


       内偵



 電車は朝七時半には、仕置き組の四人を斐山駅に降ろしていた。ホームで顔を合わせても他人で通す。一番に多治見が改札を出た。改札の脇にある待合室で、【JITTE】からのメールを確認した。

「さてと、まずは朝飯だな。」

 地理関係を頭に入れると、駅舎から出て二十四時間営業のファミレスへ入った。仕置き組の面子も、自然なとこの店に入って来るであろう。

 店に入っても【NAGARE】と【ZANN】以外は交わる事無く、あくまでも他人であった。多治見はウエイトレスへコーヒーとハムトーストを頼み、駅の売店で買った新聞を広げた。

 【NAGARE】も似たように、コーヒーとホットサンドを頼み、新聞を広げ【ZANN】は【NAGARE】と同じボックスの向かいに座り、紅茶と野菜サンドを注文した。【ABURI】はしっかりと牛タン丼のセットを頼んだ。


 ゆっくりと朝食を済ませると、観光案内所へ寄った。まだオープン準備中だったが、多治見が中を覗くのを見ていた担当者が、窓を開けてくれた。

「時間前なのに済みません。この近場の地図があったらいただきたいのですが」

「観光の方ですか?」

「本当は仕事で来たのですがね。客先の都合で夕方まで時間が空いてしまって」

「そうでしたか。大変ですね。」

「お陰で、斐山観光が会社の経費で出来ますから。」

「それは何よりです。色々と見て周って、美味しい物を食べてください。」

「そうさせていただきますよ。」

 多治見は数ある中でも、小さな寺や食堂などが乗った観光マップを一部貰い、その場を離れた。


 バス停を回って時間を調べた。

「三十分に一本しかないのか。さすがにローカルだな。さてと、どうしたものか――。」

 次のバスまで十二分程ある。コーヒーは飲んだばかりで、さすがにこれ以上は入りそうも無い。かと言ってバス停で待つには、些か寒すぎる。仕方なく駅舎へ戻り、待合室で時間を潰す事にした。


《【NAGARE】と【ZANN】は先日の采配通り、同じ会社の社員を装い行動を共にして、ワイン工場と葡萄園の聞き込みを頼みます。ただし十一時前には、江森寺に入ってください。

【ABURI】は単独で江森寺へ先行して、近辺で寒さを凌げる場所を探して待機。汁粉の店など探してくれると、僕的には嬉しいです。

僕は旅館たにやまを覗いてから、十一時までには江森寺に入ります。》


 『了解』の返信が三人から来ると、ワイン工場へのバス停の位置と時間、同じく江森寺方面へのバス停の位置と時間をそれぞれに教えた。

 駅周辺も、出勤時間が一通り収まり、バスや電車、タクシーを待つ人や、通勤のマイカーも大分減ってきている。着いた時は、人込みに紛れる事ができたが、これからは目立つ時間帯になる。


《気を張って動く事が必要。田舎だと思って甘く見ると、防犯カメラに映る。普段通り、感を働かせて行動するように。

【NAGARE】達は、タクシーを使う事になると思うが、車載カメラに注意する事。

では十一時に江森寺で。》


 多治見は駅舎を出て、バス停に来ているバスへ乗り込んだ。その後、【NAGARE】と【ZANN】がファミレスを揃って出て行き、ワイン工場に向かうバスへ乗り込んだ。【ABURI】はその光景をファミレスの窓越しに見ていた。

(僕のバスは、あと十五分後だ。)

 時計を見ていると、ウエイトレスがコーヒーサーバーを手にやってきて「コーヒーのお替りはいかがですか?」と声を掛けてきた。

 素直に「お願いします」とカップを出した。

「どちら行きのバスですか?」

 想定外の質問に戸惑いながら「慶朝寺へ……」と小さく返す。

「写真を撮りに行かれるのですか?」

 獲物を入れているカメラバッグを見ながら訊ねた。

「はい。寺や神社の風景写真を撮るのが趣味で」頭を掻きながら答えた。

「それでしたら、慶朝寺は良い所ですよ。少し先へ行くと、江森寺というお寺があるんですが、そこも絵になると思います。」

「江森寺?初耳ですね。」

 顔色一つ変えずに答える。

「穴場です。」と小声で杉村の耳元で囁く様に言う。

「では慶朝寺の後に寄ってみます。」

「きっと良い写真が撮れると思いますよ。」

 コーヒーを注ぎ終わり、ウエイトレスが去って行くと、注がれたばかりのコーヒーを飲んだ。

 窓外を行き来する人の流れを見ていると、先程のウエイトレスがやってきて「そろそろバスのお時間ですよ」と教えてくれた。

 支払いをしながら「三番のバス停になります」と乗り場まで教えてくれた。

「随分と詳しいのですね?」

「私、江森寺の近くに住んでいるんです。」と笑顔で答えた。

「それでですか」

杉村が納得して店を出ると、三番に来ているバスに乗り込んだ。一番後ろの席に座ると、軽く息を吐く。目を閉じ、心を落ち着かせた。バスが動き出したのと当時に目を開ける。杉村裕は消えて【ABURI】へと代わっていた。


 多治見は旅館たにやまに着いた。最寄りのバス停から徒歩十分程だった。

「おはようございます。」

 旅館の玄関先で、泊り客を見送った仲居へ声を掛けた。

「はぁ。おはようございます。」

「突然ですみませんが、今晩、泊まれますかね?」

「今晩ですか?」

「はい。」

「お一人様ですか?」

「はい。一人です。」

「少しお待ちいただけますか?」

「はい」

 仲居は怪訝な面持ちで、旅館の中へ消えた。多治見は手入れの良い松を見ていた。数分で先程の仲居が戻ってきた。

「お客様、今晩は宴会が入っておりまして、かなり賑やかになりますが、それでも宜しければ、お部屋のご用意はできますが……」

「本当ですか?それは助かるな。ところで、こちらは温泉ですよね?」

「はい。源泉掛流しです。腰痛やリュウマチに効能がございます。」

「それでは、お世話になって良いですか?」

「お部屋のご用意が出来るのは、午後三時以降となりますが――」

「わかりました。では予約だけ先にさせていただいて良いですか?」

「では、こちらへ」

 仲居が先に歩き、多治見はそれに続いた。


「いらっしゃいませ。女将の谷山です。」

 多治見より少し年長の女が、愛想良く出てきて迎えた。

「突然ですみません。仕事で斐山にきたのですが、先方の予定が変わりましてね。本日夕方しか時間が取れないと言うもので」

「そうでしたか。それは大変なことで」

「そのお陰で、会社の経費で昼間の観光と、温泉宿に宿泊ができます。」

 多治見はニッコリと笑って話した。

「こちらを何処でお知りに?」

「斐山駅から近い温泉街へ行けば、温泉宿があると思いましてね。それで、斐山温泉のバス停で降りて、歩き始めて一番目がこちらでした。」

「あら、バスでお越しでしたか?」

「はい。私は免許証が無いもので、何処へ行くのも、電車とバスです。」

「そうですか……」

「慣れると便利なんですよ。」

「そうですよね。では、こちらへご住所とお名前、お電話番号もお書きいただけますか?」

 宿帳用のカードを一枚出され、多治見は胸の内ポケットから、老眼鏡を出し嵌めて記入した。

「東京上野の吉岡様ですね。お仕事は何を――。」


 先日采配の時に、【TEGATA】が用意した、名前と住所に電話番号を記入した。

今回の様な遠征の仕置きの場合、先手組や目明し組の者達は、自分達で用意するが、仕置き組のものは、先手組が用意する事になっていた。


「はい。日暮里にあります、電気機器の会社で営業をしています。」

「大変なお仕事ですね。」

「会社に居る時は、色々と大変ですけど。こうやって出張している時は、命の洗濯ができます。」

「はぁ。命の洗濯――ですか」

「あの。厚かましい様で済みませんが、少し中を見させていただいても良いですか?」

「はい。別に構いませんが――。崎本さん。こちらのお客様に、館内をお見せして。」

女将が奥へ声を掛けると、「はい。(かしこ)まりました」と先程の仲居が現れた。

「こちらでございます。」

 多治見は崎本という仲居の案内で、館内の見学を始めた。


 二人を見送った女将は、多治見が書いたカードの電話番号へ電話を掛けた。呼び出し音が聞こえ、四度目に「もしもし?」と女が出た。

「あの、吉岡様のお宅でよろしいでしょうか?」

「はい。吉岡ですが。お宅は?」

「私、山梨県斐山市で、旅館たにやまの女将をしております。」

「旅館?」

「はい。斐山温泉の旅館でございます。」

「主人は今日、日帰り出張で斐山へ行くと言って、朝早くに出て行きましたが、何かしでかしましたか?」

「いいえ。今夜、私共の旅館にお泊りいただけると――」

「何それ?主人は旅館になんか泊まれる程、お金は持っていないと思いますよ。会社からの日帰り出張の手当てと、自分の僅かな小遣い程度の所持金を合わせても数千円ほどよ。それで泊まれる旅館なの?おたくは。」

「いいえ。誠に申し難いのですが――」

「泊めるのはお宅のかってだけど、後から請求されても、こちらで払いませんから。」

 電話は一方的に切られた。

「なんて妻なのかしら、だから旦那が出世できないのよ。」

 電話を切られた腹いせに、受話器へ毒着いた。


 一方多治見の方は、その様なやり取りなど知らずに、館内の見学を進めていた。

宿泊用の部屋の建屋を素通りすると、離れがふたつ見えた。

「離れが有るのですね」

「はい。生憎今夜は、ご予約が入っております」

「どんな部屋なのですかね?」

 興味津々の目を仲居へ向ける。

「少しだけですよ」と言いながら、渡り廊下を渡った。渡りきるとその先は、十四畳ほどもある縁側付きの大きな和室と、内風呂にトイレが完備されていた。

「ここは高いのでしょうね?」

「はい。結構いたします。」と真顔で答えた。

続いて、五十畳も有る大広間に来ると「こちらは今夜、地元市議の、後援会の方々の宴会がございます。賑やかですが、お気を悪くなさらないでくださいませ。」と先に詫びを言った。そして最後に風呂を見せてもらった。

「ここは夜中でも入れますか?」

「はい。ご宿泊のお客様でしたら、二十四時間入れます。」

「良かった。温泉なんて何年振りかな。わくわくしますよ。」

 はしゃいで見せた。


「如何ででしたか?」

 入口まで戻ってきた多治見へ、女将が感想を尋ねた。

「中庭が素晴らしいですね。表の松も綺麗に手が入っていて。今夜が楽しみです。」

「そう言っていただけますと、女将冥利に尽きます。」

「そうだ、先にお金を払って行きます。いくらですか?」

「お支払いはお帰りの時でも宜しいのですが」

「いいえ。観光や昼食で使ってしまったら大変ですからね。おいくらですか?」

「そうですか?では一泊二食で三万五千円になります。」

「えっ!そんなにするのですか?」

「この辺の旅館の相場ですが……」

「申し訳ありません。元々が日帰り出張の予定で、先方との昼食代までは仮払いを貰っていますが……」

「作用ですか、では――」

「今度、ちゃんとお金を持って伺いますので、拝見料として、これで」

 多治見は財布から三千円を出した。

「結構ですよ。次をお待ちしておりますので」

 女将は丁寧に多治見の支払いを断り、多治見が書いた予約カードをシュレッターに掛けた。


 多治見は何度も頭を下げて、旅館から出てバス停のある方へ、急ぎ足で向かった。

「あの人、悪い人じゃないのよね。」

「はい。面白い人でした。」

「でも、あの奥さんに敷かれていたんじゃ、出世は望めないわね。」

「そうですね。塩でも撒いておきますか?」

「良いわ。あの人の所為では無いから。」

 多治見の後ろ姿を見ながら、女将と仲居はその境遇を哀れんだ。


 江森寺方面のバスに乗るため、一度斐山駅に戻り、バスを乗り換えた。そのバスの中で、皆へメールを送った。


《たにやまの間取りを確認しました。

後ほど書いて渡します。

少し早いですが、江森寺へ向かいます。》


《江森寺の近くには、【SABAKI】の希望の甘味処は有りません。

身を隠す事も儘ならない所です。

写真撮影には良い所ですが……。》


《寒い中【ABURI】には辛い思いをさせてしまいました。

すみません。》


 予定の十一時より四十分ほど早く、多治見は江森寺に着いた。

「本当に何も無い所だな。」

 寺を見た感想が口を吐く。


《江森寺に付きましたが、【ABURI】の言う通りでした。

身を隠せる所もありません。

ただ慶朝寺付近には、喫茶店などがあります。

時間まで各自小休止をしてください。》


《【NAGARE】【ZANN】組、承知しました。》


《【ABURI】、慶朝寺へ移動します。》


 それぞれの返信を確認して、多治見も慶朝寺まで一時退却をし、先程通り過ぎた、喫茶店へ入った。店の場所と名前を皆へ知らせた。


(あとは、実物を拝ませて貰えれば、今夜の仕置きは何とかできそうだな)

 多治見は暖かな店内で、ホットコーヒーを口にして、辛うじて落ち着いた。四人は十分程度の短い時間だったが、それぞれに顔を会わせる事が無い様に店を選び、暖を取り休んだ。



 十一時五分前に江森寺へ戻り、各々谷山達を目視できる位置を探した。多治見は寺務所の脇にある碑石脇に。【ABURI】はカメラと三脚、カメラバックを持ってぶらぶらと動き、【NAGARE】と【ZANN】は、手桶の所で人待ちをしている振りで配置に着いた。

その時、一台の黒いワンボックスが、寺務所の入口に横付けにされた。

 仕置き組の四人はそれぞれが、谷山だと直感し、軽い緊張感を持った。

車は停まるか否やのタイミングで、三人の若い男が飛び出すと、ドアの前に立ち頭を下げた。

背の高い筋肉質で、プロレスラーを髣髴とさせる大男が、辺りを注意しながら降りてきた。

(奴が槌屋か)

その男が安全を確認すると、太った脂ぎった男が降りてきた。

(谷山か。いかにも典型的な、悪役のボスといった体型だな)

 一番近くにいた多治見だけが、谷山と槌屋を捉えた。二人ともに、一度見れば忘れない特徴的な体形であった。


運転手が、車を駐車場に移動させると、【NAGARE】達の場所からも、寺務所の入口に、太った谷山とその横に立つ槌屋、三人の若い男が目視できた。そして運転手が来ると、若衆の四人が二人ずつに分かれ、谷山と槌屋の世話を始めた。

(あの四人が四天王だな。今回の下手人の揃い踏みってやつか)

 多治見意外は、遠目での確認にはなったが、れぞれのターゲットを見極めていた。

 谷山が和尚へ挨拶を始めると、多治見はその場を離れた。碑の裏で動く人影に気付いた槌屋は、視線を向け暫し追いかけた。

 射抜く様な強い視線に気付いたが、多治見は敢て堂々と寺から出て行った。




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