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SABAKI 第二部 変革  作者: 吉幸 晶
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前夜


       前夜



 【FUMI】は予定通り一月八日の昼に、斐山(ひやま)市の玄関口である斐山駅に着いた。着くとすぐに今回の先手組のメンバー十二人を集め、二台のレンタカーに分乗させ、分担や段取り、役回りに必要な現地の確認をしに、主要箇所を観光するかのように周った。旅館に入ったのは陽が暮れた夕刻であった。


 その日の夕方には、【JITTE】と【MEBOSHI】も斐山に入り、先に潜入していた目明し組の者と合流して、下手人達の、明日の予定変更の報告を受けたが、予想もしていなかった事態になっていた。

「まさか、潜入がばれたって事はないだろうね?」

「それは無いと確信しています。」

 潜入していた部下がはっきりと答えた。

「何を持ってそう言える?」

「今まで以上に注意を払い、下手人へ近付くのは極力避け、遠回しで情報を集めました。漏れていないと、絶対の自信は有ります。」

「そうは言ってもね。今日の昼過ぎに、急に予定が変わるなんて、都合が良すぎると思わないかい?」

「それは否めません。でも万が一、下手人が明日の刑場に気付いたとするのでしたら、我々の手の内が漏れていたとしか思えません。」

「我々に内通者は居ない!」珍しく【MEBOSHI】が声を荒げた。

「しかし――」

「わかった。僕も君達がへまをしたなどとは思っていないし、内通者がいるとも思ってはいない。谷山の気分で明日の晩に新年会をすることになった。とは思うが――。どちらにしても、先日の采配が役に立たなくなったのは事実だ。それにここで、しかも仕置き組が不在のまま、たった一晩で再采配するなど前代未聞だ。」

 【JITTE】は正直、焦っていた。急ぎ皆に連絡をするように【MEBOSHI】へ指示をした。


《谷山の明日の予定が、急遽変わりましたので連絡いたします。

明日の晩、谷山と槌屋は若衆全員を引き連れ、斐山市内の外れにある温泉街の旅館『たにやま』で、新年会を開くとの事。

そのまま、旅館に宿泊の予定です。

裁きの時と刑場の変更をお願いいたします。》


「随分と無防備な連中だな。まさかとは思うが――。」

多治見は自宅で風呂上がりに【MEBOSHI】からのメールを確認した。


《『罠』かも知れない。すまないがその辺りを考慮して、再度確認してください。

我々は予定通り、明日午後一時には個別に斐山へ入ります。

仕置き組は斐山に着き次第、先日の采配通りに各自合流のこと。》


「そうだよな。誰だってそう思うよな。」

 【JITTE】が多治見の返信に呟いた。

 二人は潜入の部下と別れ、斐山駅前にあるファミリーレストランに移動して、夕食を摂りながら部下からの新情報を待っていた。

「僕もきな臭いと思ったよ。葬の仕置きに感ずいているとは思えないけど、咎人としては、あまりにも無防備過ぎる。」

「そうですか?」

「あぁ。いくら谷山の実家が経営している旅館とは云え、僕達にとって好都合の時ほど、疑ってかかる必要はあるよ。」

「なるほど勉強になります。ではこれから潜入組と合流して、自分自身でも確認します。」

「頼むね。僕は予定通りに【FUMI】と合流して、向こうの段取りを確認しておく。潜入と確認ができたら連絡をください。それを元に【FUMI】と采配をしてみる。」

「はい。では自分はそのまま、潜入と同じビジネスホテルにチェックインします。」

「そうだね。熱いシャワーでも浴びて、さっぱりさせると良い。」

 そういうと【JITTE】は、レシートを掴みレジへ向かった。支払いを済ませると乗ってきたレンタカーで、【FUMI】の宿泊する旅館へ移動を始めた。【MEBOSHI】は【JITTE】を見送ると、同じく乗ってきたレンタカーで、現在地から数分の所にあるビジネスホテルへ向かった。


 その頃【FUMI】を筆頭にした先手組は、段取りの変更に苦慮していた。

 今回は『小さなバスの旅』という企画という事で、温泉街から少し離れた旅館をリザーブしてアジトにした。老若男女が参加する企画なので、先手組としては纏まり易く、予想外のアクシデントにも対応が可能であったが、到底、先手組だけでは采配などできない。

 先日の采配での打ち合わせが無になった事と、刑場が温泉旅館内になる事を【TEGATA】へメールで知らせた。

 行った事もない、調べようにもホームページも無く、インターネットにも情報が無い旅館の中を、一体どうやって仕置き組を守り逃がせば良いのか、【FUMI】の脳は、ショート寸前までヒートアップしていた。そこに、【TEGATA】から電話が掛かってきた。

「もしもし」【FUMI】が泣きそうな声で出る。

「大変そうね。」

「はい。でも大丈夫です。」

「やっぱり今からそっちへ行くわ。」

「本当に大丈夫です。今【JITTE】がこちらに向かって移動中です。着たら、段取りを立直します。心配は無用です。」

「本当に?」

「本当のところ、さっきまでは心配でどうしようか、悩んでいました。でも【TEGATA】の声を聞いて、まず落ち着く事ができました。落ち着いたら、何だか出来そうな気になってきました。」

「そう?」

「はい。それに明日には【SABAKI】も来ます。対策ができていない訳には行きません。今夜中に、どうするのがベストなのかを、【JITTE】と導き出します。」

「分かったわ。【FUMI】に任せる。でも、無謀は駄目よ。貴方や組の仲間が犠牲になれば、葬にも危害が及ぶわ。その事は絶対に忘れないで。」

「はい。ありがとうございます。」

「じゃ。お願いね。」

「はい。お休みなさい。」

 電話が切れた。そこへ【JITTE】からメールが来た。


《旅館へチェックインしました。何処で落ち合いますか?》


《では、三十分後に【JITTE】の部屋へ伺います。》


《その頃には、新情報も入手できると思います。お待ちしております。》


 【FUMI】は【JITTE】との場所と時間を決めたあと、同部屋の部下へ「明朝までには【SABAKI】へ出す案を纏めるので、貴方達はそれまで待機していて。ただ、今日周った場所と役割や配置は、新しい指示が出るまでは生きている。そう思っていて頂戴。皆にもその様に伝えて徹底させて。」そう指示を出した。



 【MEBOSHI】から、変更メールが送信された時間に遡るーー。


多治見はこのメールを、一番敏感に受け取ったであろう【TEGATA】を危惧していた。


《【TEGATA】も既に知っていると思いますが、明日の刑場と裁きの時が変更になり、先日の采配は無効になりました。

僕達は予定を切り上げて、こちらを明朝一番の電車で発ちます。午前中の早い時間には、斐山入りができると思います。

仕置きは僕達に任せて、【TEGATA】は生徒達の為に、発表会を優先に考えてください。

ただ今夜は、【FUMI】へ【君】の声を聞かせてやってください。》


 【MEBOSHI】の直後、【FUMI】からのメールが来る前に、【SABAKI】からメールが届いた。

「もう。本当に惚れたらどうするのよ!」

 そう呟きながら返信をする。


《ありがとう。【FUMI】からのメール次第では、やはりそちらへ行きます。》


《可愛い子には旅をさせた方が良い。保護者なら僕がなります。生徒達の先生は貴方だけです。》


「なんで女心を動かすのよ。」

 冗談を口にしていなければ、この様な緊急事態では、勝手に体が斐山へ向けて動いてしまう。


《では、よろしくお願いします。

静岡のお土産は、子饅頭を用意しておきました。明後日の夕方配達にしてあります。》


《助かります。共に、明日の笑顔の為に、最善を尽くしましょう。ではお休み。》


 【TEGATA】は【FUMI】からのメールを受け取ると、【SABAKI】の言う通りに【FUMI】へ電話を掛けた。

 【FUMI】の声を聞くと、【TEGATA】も落ち着きを取り戻せた。話しが済んで電話を切る。

「メールは便利なツールだけど、声は万能薬の様ね。私も緊張が解けてきた。【SABAKI】、ありがとう。」

 稽古場で一人、仲村ちひろに戻っていた。



 無残にも夜は明け始めた。雪は無いが恐ろしい程に寒い。暖房の効いた旅館の中だから、窓外を見て『綺麗な朝焼け』と言えるのであろう。多分、外気は零下であろう。窓から見える地面が段々と白く変わり始めた。夜が完全に明ける前に、霜が降り始めた証拠が見て取れた。じっと見ていると、自分も凍てついてしまうかと思う程に、一面が急速に白く変わっていった。

「結局朝まで、僕達は何をしていたのかな?」

 疲労し過ぎた【FUMI】は俯き無言であった。

 いろいろと案は出た。出はしたが最終的に同じ結論になった。

「やっぱりこれから、『たにやま』へ行って来るよ」

「それは駄目。【TEGATA】が『誰一人、犠牲者は出さない事』と言っていました。」

「でもさ。やっぱり『たにやま』の中が――。間取りが分からなければ、結局どうしようも出来ないじゃないか。」

 昨夜からいくら案が出ても、とどのつまりは、『たにやま』の間取りが分からない為に、全てが行き詰まった。

それでも【JITTE】は、何とか間取りを入手しようと、【MEBOSHI】や潜入の部下にも探させたが、何処からも情報は取れなかった。

 【FUMI】も、監視カメラや施錠方法など確認したかったが、深夜ではどうする事も出来ず、『たにやま』へ忍び込むといった、大それた案も出た。しかし【TEGATA】との約束があり諦めた。

結果、采配は何も出来ずに、二人は寒い絶望の朝を共に迎えた。

 

堂々巡りで疲労がピークに達したその時、【JITTE】が持つ(はぶり)の携帯が揺れた。

「【SABAKI】から電話だ。」そう【FUMI】へ伝えると電話に出た。

「おはよう。妙案は出たかい?」

 多治見の人懐っこい、優しい声が聞こえた。

「おはようございます――。」

「その声では、どうやら出なかった様だね。」

「申し訳ありません」

「新年会は何時からか分かる?」

「十八時からです。ちなみにチェックインは十七時と聞いています。」

「それまで、谷山は何処で何をしているか、掴めているかい?」

 多治見の真意が掴めないまま「はい。情報は得ています。」と答えた。

「教えて」

 【JITTE】は寝不足の頭を働かせて、記憶を呼び起こす。

「十一時から昼までは斐山市の北西にあります、江森寺(こうしんじ)へ行くようです。江森寺は武田氏縁の寺で、谷山家の菩提寺となっており、毎年『苦』に勝つ様、縁起を担いで正月の九日に訪れる様です。そのあと江森寺近くの、ほうとうの店で昼食、昼食後十三時からは、市議会の顔合わせという事で、斐山市役所へ行き、十五時まで市役所内です。その後は自宅に戻り、後援会の会長と役員を迎えて、挨拶を済ませた後に、十七時に旅館『たにやま』入り。以降宴会となります。」

「すごいね。まるで谷山の秘書のようだ。でも新年会を除くと、采配字の行動と変わっていないね。」

「はい。それで多少なりとも助かっています。」

「さすが僕達のサポーターだよ。助かる。」

「こんな事しか技量が無くて、申し訳ありません。」

 険しい目を外へ向けて自戒した。

「そんな事は無いさ。【JITTE】も【FUMI】も、僕達の変わりに、徹夜で考えてくれていたじゃないか。」

「しかし、結果が出せないのでは、無駄に時間を使っただけです。」

「二人の昨夜の時間が、無駄では無かった事を、僕が証明してみせるよ。」

「どうやって、ですか?」

「持っている新情報を僕達に送ってください。」

「【SABAKI】」

「情報を送ったら、朝食を摂り、温泉に入って十三時までぐっすり寝ること。【MEBOSHI】やその他の部下も同様。いいね。十三時になったら連絡をします。それまで、君達二組は完全休憩だよ。」

「しかし――」

「僕は葬に入って間が無い。死に急ぐ訳には行かない。今のままでは、君達は正直足手まといだ。食べて寝て、今夜、正常な判断が出来るようにするのが、今の君達の仕事だよ。」

 【JITTE】は両肩を落として項垂(うなだ)れた。

「後は僕達が引き継ぐよ。調べてから再采配をする。それまでは休んでいてください。では、情報を待っています。」

 電話が切れた。【JITTE】はその場に座り込んだ。それを見て【FUMI】が問う

「どうしたのですか?」

 【JITTE】はただ首を横に振った。意味が汲み取れず再度訊く。

「何かあったのですか?」

「仕置き組が引き継ぐから、飯食って、温泉に入って、十三時までしっかり寝ていろって。」

「えっ?」

 

【JITTE】は多治見へ手持ちの新情報を送った。すると数分で、【NAGARE】から返信が来た。


《ご苦労様でした。後は我々が引き継ぎます。

【SABAKI】の指示の通り休んでいてください。》


《僕達は何もできませんでした。

無用なのでしょうか?》


【JITTE】が返した。


《【JITTE】と【FUMI】とその部下達が、一晩掛けても案が出なと言う事は、情報が少なすぎるのです。その状態では、誰が何時間掛けても、結果は同じことです。

【SABAKI】は「城攻め程難しい戦いは無い。それを【JITTE】と【FUMI】が証明してくれました。その頑張りを無駄にしない為に、僕達が最高の采配をしなければならない。」と言っていました。

我々は全員が個々に江森寺に入り、城攻めの一番良い方法を考えます。》


《近くに【SABAKI】は居るのですか?》


《新宿を五時十八分の始発に乗って、高尾経由で斐山入りをするように。と昨夜【SABAKI】から指示がありました。

恐らくこの電車に全員が乗っていると思います。

じき斐山に到着する予定です。》



「城攻めは難しい。か――。答えが出せないはずだ。」

「【SABAKI】は、先が読めるのかしら?」

「だから僕は何度も言っているだろ。【SABAKI】ほど恐ろしい人はいないって」

「そうかしら?私は【SABAKI】ほど『頼もしい人』はいないと思います。」

 夜は完全に明けて、冬の乾いた青空が見え始めていた。

「今日は無事に終わるのだろうか――」

 【JITTE】が呟く。

「その為に、私達が今出来る事をしなければ。」

 【FUMI】が自分に言い聞かせる様に答えた。


 青空の白い一筋の雲が、静かに流れて行く。




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