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SABAKI 第二部 変革  作者: 吉幸 晶
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それぞれの事情


       それぞれの事情



 翌朝の五時、何とか無事に采配が終わった。昨夜の言葉通り、多治見が一番に部屋を出て、廊下や階段、建物の外を確認し、携帯で【JITTE】へ『問題無し』と知らせた。

 【JITTE】と【MEBOSHI】意外は順番に部屋を後にし、散り散りに早朝の新宿の街へと消えていった。 


 皆が去った部屋で、片付けをしていた二人は、最後の会議机を降ろしていた。

「古山さん。知らないとは云え、今回は本当に申し訳ありませんでした。」と改めて、昨夜の不始末を詫びた。

「気にする事は無いよ。でも笹生(さそう)君、次からは注意してくれよ。」

「はい。」沈んだ声の返事だった。


 【JITTE】達、目明し組は、普段から他の組がいない時は、本名を呼んでいた。笹生とは【MEBOSHI】の本名である。


「実を言うとさ。僕も初めての采配で、先代の【JITTE】に大目玉を喰らってね。部屋から追い出されそうになったんだ。」

「えっ!本当ですか?」

「あぁ。采配の時のルールなんて、何も聞かされていなくてさ。『客人が来るから、準備を頼む』ってたった一言だったな。それで、脚が折りたためるテーブルと座蒲団に、お茶とお茶菓子まで用意して、先代の【SABAKI】に『茶を飲みに来ている訳じゃないぞ!』と大きな声で叱られて、次いでうちの組頭に『この戯けが!何年経てば分かんだ!テメェなぞ要らん。今直ぐ出て行け!』って、凄い剣幕で怒鳴られてね。半べそかいて出て行こうとしたら、【TEGATA】が『出てゆくなら、采配が終わって、ここを片付けてからよ』って。」

 昔を思い出したのか、車の前で足が止まり、会議机を持ったまま空を見上げた。

「人を持て成す事を、どの程度知っているのか見ていたんだ。組頭は――。」

「では古山さんもですか?」

「ごめんな。目明し組の、伝統的な慣わしみたいなものなんだ。だから、本当は嬉しかった。でも皆の手前、そう言えなくてさ。」

「良かったです。あの時は、本当に葬を辞めなければならないと覚悟しました。」

 返事をする事無く、ワゴンの後ろの扉を開けて「積んじまおうか」と、手に持っていた会議机を車に積み込んだ。


「でもさ。自分の名前で部屋を借りたって言うのは、正直驚いたよ」

「いけないんですか?」

「僕達は――。葬の僕達は、絶対に正体を知られてはならない。君一人の素性がばれたら、警察は威信に掛けて、殺し屋グループを探し出す。まずは君の周りの人達が疑われる。そして次は、付き合いの浅い者へと移り、最後は仲間に辿り着く。」

「良くわかりました。十二分に気を付けます。」

「それが分かれば、今回の采配に出席させた甲斐があるよ。」

「ありがとうございます。では自分は、部屋の持ち主へ鍵を返しに行ってきますので、古山さんは車で休んでいてください。」

 そう言うと【MEBOSHI】は、急ぎ足で建物へ戻って行った。それを見送った【JITTE】は、ワンボックスの助手席に乗り込むと、長く大きな欠伸をひとつした。

何気なく見ていた建物の風景に、【MEBOSHI】が見えた。一緒にいる人物に見覚えがある。思わず【JITTE】は体を低くして身を隠した。

(三四五六だ。あの部屋は五六の持ち部屋だったのか――。)

五六が昨夜、もし部屋に来ていたら、とんでもない事になっていた。と【SABAKI】の厳しい言葉を思い出していた。

(本当に危険な事をしていたんだ。組頭失格だ。)


 ひとり深く反省をしているところに、【MEBOSHI】が帰ってきて運転席に乗り込んだ。

「ご苦労さん。明日からの現地入りもある事だし、帰ろうか」

「そうですね。」そう返事をして、キーを回してエンジンを掛けた。

「ところで、部屋の持ち主だけど、何か聞かれはしなかった?」

 新宿駅の南口を過ぎたところで渋滞にはまり、眠気覚ましに訊いた。

「えぇ、特には。何でも、従業員が時々寝泊りする為に借りている。と話していましたが」

「そうか。それで空いていたんだな。」

「古山さんは、理由をご存知なのですか?」

「うん。昨日の晩飯に彼のラーメンを食べた。」

「五六ラーメン。美味いですよね。」

「君も食べたの?」

「はい。でも、もっと前です。何度か通いましたよ。」

「常連?」

「まぁ。」

「それで、貸して貰えたわけ」

「はい。」


 朝六時半だと言うのに、車の列は何かの渋滞で思うようには進まない。

「この車にも、衝突防止機能が付いていればいいのにな」

少し動いては止まる。を繰り返す中で古山が嘆くように呟く。

「前の車に、後方車を停めさせる機能があれば、この車のままでも良いですよね」

「それ良いね。前後方アシスト機能なら、衝突事故が半減するな」

笹生が古山の方に顔を向ける。その顔から疲れを読み取った。

「笹生君はこのあと予定ある?」

「いいえ。帰って寝るだけですが」

「それじゃその先のファミレスで、朝食と仮眠を取ろう。」

「助かります。実は結構眠いです。」

「僕もだよ。昼までゆっくり寝かせてもらおうよ。」

 二人が乗ったワンボックスは、ファミレスのPマークへ吸い込まれ停止した。



 多治見も睡魔と闘っていた。欠伸を噛殺して、涙目になっているところに、課長の萩本がやってきた。

「やけに眠そうで、どうされたのですか?」

「失礼しました。」目を擦りながら起立した。

「実は夕べ、撮り溜めしていた番組を立て続けに観まして、気付いたら三時過ぎでした」

「おや、珍しいですね。多治見さんは、規則正しい生活を送っているのかと思いましたよ。」

「はぁ。独身の夜は長いですから」そう返して頭を掻いた。

「ところで何か?」

「そうそう。この前の昇進試験。どうやら通ったようです。いよいよ警部ですよ。」

「本当ですか!」

「今、人事で聞いてきたので間違いは無いと思いますよ。」

「ありがとうございます。」

「これで、いよいよ以って私は不用品ですよ……」

「その様な事はありませんよ。課長有っての新宿南署生活安全課ではないですか」

「でも、警部二人は必要ありませんよ。来月早々、人事異動の下書きが出来る様です。私は奥多摩あたりでしょうかね。」

 両肩を落とし、しょぼしょぼと歩いて自席へ戻っていった。多治見は机上の家族の写真へ向かって、『警部』になった事を告げた。


「多治見係長、お客様がお見えです。」

 呼ばれて、声がしたカウンターへ目を向けると、五六(いつむ)が立っていた。

「おっ。来たか」

 五六の傍へ行き「ありがとう。被害届けを出して、店を守ろう。」

 多治見の言葉に、五六が力強く頷いた。

「吉田君、悪いけど彼の力になってやってくれないか」

「承知いたしました。では、あちらで書類の作成をさせていただきます。」

 吉田がカウンターの外れに設置された、間仕切りは有るが、粗末な応接セットを指して、五六と多治見の二人を案内した。



「ちひろ先生。明後日の衣装の確認をお願いします。」

 【TEGATA】の本名は仲村(なかむら)ちひろ。バレエ教室を持ち、幼児から大人までを教えている。明後日の九日は、仲村のバレエ教室の、二年に一度の発表会であった。生徒数は三十人ほどと少なめで、その為、知り合いのバレエ教室と合同で、二年に一度の開催となっていた。ここ数日は教室で練習に衣装合わせ、スタッフとの打ち合わせと多忙を極めていた。

 明日はステージでの通し稽古となる。今日はその前に教室で、出席者全員での最後の通し稽古を、午後から始めていた。

「私の衣装は後で見ておくから、先に通しでの稽古の確認をお願い。」

「わかりました。では幼児クラスから始めます。」

 スタッフの一人が部屋から出てゆくと、葬の携帯を確認する。

「【FUMI】からメール?何かしら」


《現地入りは明日午前中の予定です。

流罪用に六名。死罪用に五名を配置します。

メンバー表と配置図は添付資料にあります。》


 メールの文章からは、人の感情までは読み取れない。が、【TEGATA】には【FUMI】の緊張が手に取るように読み取れた。


《一緒に居られなくて御免。添付資料はあとで見ておきます。

ただ、死罪用も六名にした方が良さそうよ。

采配通り、流罪の逃がしなどは【JITTE】に任せて。

貴方は【SABAKI】に付いていて。

【SABAKI】は新参者だけど、とても頼りになるわ。

あとは現地入りしたら、全ての場所を選抜メンバーと一緒に確認する事。

何が有っても焦らない事。

貴方の広く深くものを見る力を信じてね。》


「ちひろ先生。次の小学生のクラスですが――」

「すぐ行くわ。」

 【TEGATA】は携帯を閉じると、両手で包み祈った。

「皆、無事に帰ってきて」

 鞄にしまい教室へ出て行った。



「係長。昇進おめでとうございます!」

 噂を聞き付け、吉田が祝辞を言ってきた。

「ありがとう。でも、まだ噂の域だからさ」

 照れながらも、遠慮がちに答える。

「係長でしたら間違いはありません!この吉田が保障しますよ。」

「君が?」

「あっ。失礼いたしました。」

「良いよ。でももし本当に昇進できたら、吉田君のお陰だよ。感謝の気持ちで一杯だ。何かお礼をしないとな。」

「そんな。自分は何も――」

「いいや。君が作ってくれたカリキュラム通り進めたからだ。」

 実際、多忙の多治見を案じて、スケジュールを作り、問題の傾向と対策を考えたのは吉田であった。

「この調子で、君や森田君も昇進してくれよ。」

「そうですね。係長に置いてけぼりは寂しいですから、負けていられませんね。」

 そこへ森田達が帰ってきた。

「係長!昇進おめでとうございます!今夜は祝賀会をしないといけませんね!」

「おいおい。まだ早いだろう。そう言う事は、辞令が出てからにしよう。」

「いいえ。こればかりは聞けませんよ。おい中田!急いで松のやを押さえろ!」

「はい。何人でしょうか?」

「そうだな。取り敢えず、多治見班全員で十人だな。」

多治見班はお祭り騒ぎになっていた。他班や他部署からも集まり出して、昨夜の采配の徹夜明けで、今夜も遅くまでの宴会は辛いが、多治見も止めるのを諦めた。

「係長。諦めてください。これはもう止まりませんよ。」

 火を点けた吉田も、些か呆気に取られていた。

「そのようだね。」多治見は完全に定時上がりを諦めて、宴会の覚悟をした。

「わかった。皆、ありがとう!この際、間違いでも良くなってきた。その代わり、明日の勤務に支障の無い様に!良いね。くれぐれも――」

「係長、誰も聞いていませんよ。新年会をサボった罰。と言う事で、今夜はお付き合いください。」

「そうさせて貰うよ。」

(これは長い夜になりそうだな)



「警部昇進。おめでとう。」

 宴会の最中、葬の携帯に電話が入った。急ぎ店の外へ出て受けると、奉行の岩本からであった。

「ありがとうございます。しかしまだ噂の――」

「いいや、決定だ。日頃の君の働きをみて私が推した。これほど確かな情報源は無かろう。」

「まさか『葬』の件でですか?」

「公私混同はせんよ。」

「そうですよね。」

「いいや、ひとつさせて貰った。」

「何をですか?」

「来年度から、本庁の生活安全部総務課生活安全対策第三係の係長になってもらうよ。」

「第三係は、地域防犯の――」

「その通り。現状より動き易くなるだろう。」

「とんでもありませんよ。同じ係長でも、所轄の係長とは別物です。もっと動きが制約されるのでは?」

「それと新しい【TATAKI】をスカウトした。その内、君に合わせるつもりだ。」

「お奉行!ちょっと待ってください。」

「何を怒っているのかね?君にとって最善を尽くしているつもりだが?祝辞とこの件を伝えようと思って電話したのだが――」

「今は斐山に集中したいので、この二件に付きましては、仕置き後の素面(しらふ)の時に、じっくり聞かせていただきます。」

 多治見は電話を自ら切った。そこに吉田が多治見を探してやってきた。

「係長。どうしんですか?」

「いや、ちょっと野暮用でね。そうだ。明後日と明々後日の非番公休で、静岡へ行ってくるよ。」

「奥様のご実家ですか?」

「いいや。近くには行くが、多分寄らないだろうな――。まだ。寄れないな。」

 ちょっと寂しげな顔を見せた。

「何かは知りませんが、今夜はまだまだ飲みますよ。さぁ!皆が主役を待っています。行きましょう!」 

 吉田に背中を押され、二人は店の中へ戻って行った。



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