組頭の責務
組頭の責務
「でも、どうやって入ったんだ?」
リビングに用意された、会議用の長テーブルへ着くと、【JITTE】がお茶の用意をしている【MEBOSHI】へ訊いた。
「自分は合鍵屋ですので――」
「ピッキングかい?それ犯罪だよ。」多治見が、本気とも冗談とも判断が付かない言い方をした。
「もっ、勿論。普段はしていませんよ。」
真に受け慌てて否定する仕草が面白く、笑みを浮かべたが、扉に近付く気配を感じ、真顔に戻ると「【TEGATA】達かな?」
「その様で。迎えに出ます。」
玄関に近い【JITTE】が動いた。扉が静かに開くと、二人の女性が入ってきた。
「ありがとう」
【JITTE】へ礼を言い、二人は【SABAKI】の対面に座った。
「上着を、お預かりします。」
「【MEBOSHI】、久し振り。こっちは私の右腕の【FUMI】。よろしくね。」
「こちらこそ、宜しくお願いいたします。」と答えながら、二人の上着を受け取り、隣室のハンガーに吊るした。
「【ABURI】が来ました。」
扉を開けると、大きな影が入ってきた。少し遅れて【NAGARE】が、最後に【ZANN】が入室して、予定の十九時半に、全員が揃った。
全員が揃ったが、多くは語らず重い雰囲気が、部屋に充満していた。議事進行は采配の為、【SABAKI】がするのだが、【JITTE】が先に発した。
「メールでは細かい事は書きませんでしたが、今回は大きな仕置きとなりそうですので、目明し組としましては、この【MEBOSHI】に勉強をさせていただきたく連れてまいりました。」
「【MEBOSHI】です。【ZANN】と【ABURI】、そして【FUMI】のお三方には初見です。葬に入りまして、五年と浅いですが、組頭に付いて勉強をさせていただいております。まだ若輩者ですが、宜しくお願いいたします。」
「ほう。五年かい。僕は二ヶ月って所だよ。宜しく頼むね。他に始めて会う人はいるのかな?」
「はい。」と【FUMI】が手を挙げた。一同の視線を浴びて立ち上がり、一呼吸空けて自己紹介を始めた。
「先手組の【FUMI】と申します。葬へ入って七年経ちました。まだ組頭には遠く及びませんが、一生懸命に勤めさせていただきます。それと、先程、下で【SABAKI】が冗談で言われておりましたが、苗字は七、八と書きまして、七八です。名は一、二、三と書き一二三と言います。」
「【FUMI】。本名は名乗らなくても良いのよ。」
「はぁ。でも」
「御免。僕が詰まらない事を言ったから。申し訳ない。」
「気になさらずに。」
「では、こちらも紹介しておきます。僕の隣から頼むよ」
多治見が【NAGARE】を指した。
「【NAGARE】です。」
「【ZANN】です。」
「【ABURI】です。」
三人が順番に立ち上がり、【MEBOSHI】と【FUMI】へ名を告げた。
「では采配を始めるよ。良いね。」
多治見が一同を見渡し、開催を宣言した。
「【JITTE】から、下手人の説明をしてもらう前に、今回は上様からの勅命だと言う事を先に伝えておきます。」
「勅命とは?」と【ABURI】が問う。
「死罪を最優先にする時に、上様が評定所を開かずに、最寄りの奉行所へ直接、名指しで仕置きの命をくだす。」
「死罪の――。実刑の調べは?」【NAGARE】が続いた。
「私達が急ぎ調べましたが、勅命の内容に間違いは有りませんでした。」【JITTE】が即答する。
「たかだか二人を仕置きするのに、どうしてこんなに大勢が加わるの?」
「確かに下手人は二人だが、用心棒の様な槌屋武彦は手強い。それと、他に四人程、流罪にしたい若い連れがいる。」
【ZANN】を見ながら多治見が答えた。
「では、罪状を説明させていただきます。」
【MEBOSHI】が隣室から、ホワイトボードを運んできた。それには、刑事ドラマなどで良く見られる物と似ている形で、下手人と若い連れの顔写真と名前、特徴、罪状が書かれてあった。
「良くまとまっているね。分かり安いな」
多治見が戸惑いながら褒めた。
「ありがとうございます」
【MEBOSHI】が素直に礼を言う。
「大変、申し訳ありません。この資料は、采配が終わり次第、私が責任を持って処分いたします。この場は、私に免じてお許しをいただきたく存じます。」
空かさず【JITTE】が、参加者全員へ詫びた。
「何をこそこそとしているのかと思えば、とんでもない事をしてくれたな!」
「すみません。自分が何か問題を起こしたのでしょうか?」
何故叱られているのか、全然理解できずに【MEBOSHI】が【JITTE】へ問う。
「【JITTE】、もっと分かりやすく言わないと、肝心なところが伝わらないわよ。」
一番の古株の【TEGATA】が、『教育の仕方』を言う。
「貴重な時間をいただく事になりますので――」
「良く聞いて。」
【ZANN】が【MEBOSHI】を直視して続ける。
「万が一、今ここに誰か部外者が入って来たら、それをどう説明するの?この集まりは、極秘事項。指紋すらこの部屋に残さないために、皆、手袋までしている。本来であれば、いつでも逃げられるように、私物は手元に置くのが流儀。あなた、間違いだらけよ。皆を守るべき立場の組が、それすら守れないのなら、私は安心して【MEBOSHI】とは組めない。」
【ZANN】の厳しい言い方だが、本筋を手短に伝えるには、的を射た文言であった。
「そうでしたか――。上着やお茶。ひょっとしてこのテーブルもですか?」
【MEBOSHI】が全員を見回しながら訊く。
「当たり前だ。まさかここの部屋を借りるのに、君の名前を出してはいないだろうな?」
「いいえ。自分の名前で、今夜一晩だけ借りたいと、この部屋の持ち主と交渉しました。」
「ヤバイな。申し訳ありません。本日は中止です。急ぎ帰り支度をしてください。」
【JITTE】が全員へ告げた。
その言葉を受け、各々が立ち上がり始めた時に、「待って貰えるかな。」と多治見が皆を止めた。
「今回の勅命が守れないと、奉行に迷惑が掛かる。申し訳ないが、このまま、采配を続けさせて貰うよ。」
「しかし」【JITTE】のみならず、【TEGATA】と【ZANN】が異議を申し出た。
「そのボードを使って、概容だけでも今夜の中に決められれば、あとは予定通り、九日に現地へ入って段取りの確認は可能だ。そうすれば、翌日の十日には仕置きを遂行できる。」
多治見の提案に、【TEGATA】は椅子に座り直したが、不服を顔に出しながら、【ZANN】が多治見に詰め寄った。
「もし、ここに誰かが入って来たら【SABAKI】はどうするの?」
「これを使う」胸の内ポケットから、警察手帳を出した。
「誰にもこの部屋には入れさせない。」
「黄門様の印籠みたいね。それで、この部屋を出るときは?」
「僕が一番に出て、安全を確認する。」
多治見の返事に【ZANN】は、素直に腰を下ろした。
「ありがとう。」
「何を言っても、口では【SABAKI】には勝てそうに無いもの。仕方ないじゃない。」
【ZANN】は多治見を睨んだ。
「それでは【MEBOSHI】。ボードをここへ持ってきて、【JITTE】は説明を始める。良いかな。」
「助かります。しかしこの責任は、後日、取らせていただきます。」
「脱会とか、自殺とかは、認めないよ。況してや僕の部下に仕置きもさせないから。」
「……」
「もうそんな事は良いから、早く説明を始めてよ。」
最終的に、【TEGATA】の一言で采配を進行させる事になった。押し切られた格好になり、【JITTE】は深々と頭を下げた。当然【MEBOSHI】も【JITTE】の横でそれに習った。
【MEBOSHI】がボードをセットすると、【JITTE】の説明が始まった。
「今回は、裁きの時間も、采配に費やす時間も限られています。それなのに、仕置きをする下手人は、『死罪』が二人。『流罪』が四人と、大変厳しい内容となっています。まずは流罪の四人ですが、下手人の一人であります、槌屋が飼っている捨駒の様な若者で、目明し組では『若衆』と勝手に呼称しています。彼等は槌屋の身代わりに死ぬ事を恐れない、とても危険な若者達です。」
「何歳位なんだい?」
「下は十四の中学生から、上は二十半ばの青年までで、幅は広いのですが、今回の標的は、四人とも中学の同窓生で、現在二十六歳の最年長がここに張り出している四人になります。」
一同が写真と名前を確認する。
「若衆の中では四天王と呼ばれており、この茶髪の東がリーダで、無精髭が、サブの南澤です。スキンヘッドの香西は、金庫番で若衆の金を任されていて、最後の長髪の阿北は運転手を務めています。また、この四人は通常では、斐山の東西南北に別れて、それぞれ十数名を置いて、組織を成しています。」
「谷山の指示かい?」
「その様です。」
「どうしてそうだと?」
【TEGATA】が、右手の人差し指と親指で、眉根の辺りを押さえながら問う。
この仕草は、物事に集中している時の、【TEGATA】特有のものである事は、長い付き合いの【JITTE】と【FUMI】の二人だけが知っている。
「槌屋は凶暴だけが取得の様な、粗暴な人格者の様です。恐怖で下を制圧はできても、組織を作り運用できるような、器用さは待っていないとの情報です。」
「どこで判断したの?」【TEGATA】の問いが続く。
「まず短気な性格。それにより、一度話して理解できなかった若衆を、何人か殺しているとの情報を得ております。」
「それは確認済み?」
「はい。」
「では何故に、谷山の言う事は聞くの?」
「若い頃に谷山から受けた恩と、谷山が持っている麻薬の両方からと部下より聞いております。」
「シャブ中か?」
「はい。しかも重度の様です。」
「それで見境無く、仲間も殺しちゃうのか。」
多治見が両手を頭の後ろに組み、視線を天井に上げて言う。
「それでは、放って置けば死ぬのでは?」
傍聴していた【NAGARE】が訊ねた。
「それは間違いないと思われますが、少なくとも、勅命の期日に合うかどうかは?」
「そうは上手く運ばないですか――。」
【NAGARE】が納得した様子を見て、「谷山は?」と多治見が話しの矛先を振った。
「谷山ですが、生家は古くから地元の資産家で、ワイン用の葡萄園やワイン工場、それ以外にも、ホテルや旅館にレストラン。土産屋など幅広く経営しており、資産はかなり有ります。また代々市議をやっている家系のようです。」
「我侭な坊ちゃんがじじいになって、頑固さが増えて、独裁に走った。ってところね。」
ボードの写真を見ながら、【TEGATA】が皮肉った。
「はい。その様です。子供の頃から、我が強く、何かと親の権力を嵩に、自敵は早期の内に、完膚なきまでに捩じ伏せてきたようです。それでも折れない者へは、弱みを掴み、脅して自分の前に平伏せさせた。隠れた敵は数多く、本当の味方は居ないのが実像と思われます。」
「そんな人が、良く何期も、市議に当選できるわね。」
「それは地元の――。資産家の恩恵です。」
「まぁ。葡萄園やワイン工場。谷山の所にいる従業員は、生活の為に投票するしかないしね。」
多治見が話しの途中で、何気なく【ABURI】を見ると、【ABURI】は下を向き、怒りを抑えているのがはっきりと見て取れた。
「【ABURI】。君の意見は?」
一同が視線を向ける。
「自分に、仕置きをさせていただけませんか?」
一同の視線を受けて答えた。
「谷山をかい?」
「はい。」
「【ABURI】には悪いが、今回は【NAGARE】のサポートに従事してもらうよ。その為に来て貰った。」
「何故です。」【NAGARE】が問う。
「【ABURI】、君にこれ以上『死罪』はさせない。君は、人を生かす方で葬の仕事をして欲しい。」
「どう言う事?」【ZANN】が多治見に詰問する。
多治見は【ABURI】としてよりも、杉村裕の心を大事にするべきだと、前回の亀井野の時に思った。杉村は中学の時に、いじめから助ける事ができなかった、幼馴染みの事がトラウマになっていて、下手人の命を奪って人を助ける事よりも、『流罪』の中で、人を生かす事を望んでいるのだと、亀井野を仕掛けた時の【ABURI】を見てそう感じていた。
「自分には、死罪が不向きだと?」
「向き不向きで判断した訳ではない。時には『死罪』を受け持ってもらうかもしれないが、君の心は、人を更生させる事を望んでいると僕は感じた。」
「さすが【SABAKI】ですね。たった一度、数時間を過ごしただけで、僕の本心を見抜くなんて。」
「では何故、自ら谷山の仕置きを買ってでた?」
【ZANN】の問いに「若衆を守る為に。だろ」
いち早くそれを理解した【SABAKI】へ、【ABURI】が黙って頷いた。
「これから君は、【NAGARE】の元で、『流罪』を学んでください。『死罪』は僕が中心で【ZANN】とします。」
「【SABAKI】は『死罪班』と『流罪班』に分けると、お考えですか?」
珍しく【NAGARE】の声が大きくなった。
「正確に線を引くわけでは有りません。【NAGARE】も【ABURI】と同じ考えを持っていると、僕は思っています。」
「確かに近しい考えを持っていますが、でも、だからと言って『流罪専用』とされるのは――」
多治見が【NAGARE】の言葉遮った。
「僕達に負担が掛かりすぎる。と言いたいのだろうけど、君の任期も【ZANN】と同じく、あと一年ちょっとだ。『死罪』に付いては、残った僕や【ABURI】が、君達の後任へ教える事はできるが、『流罪』に関しては、仕置き組の中では、君以外が担当した形跡は無い。となれば、誰かに伝授して貰わないとならない。」
「良く分かっているつもりですが……」
「こう言っては、身も蓋も無くなってしまうけど、殺しは誰にでも、度胸さえ有ればできる。でもね。歪んだ心の持ち主を更生させる。社会で生きる事を教えるのは、誰にでも出来る訳では無いし、短時間で学べるとも思っていない。しかも『流罪』は葬の本来の姿、思想だ。だから、残りの任期を【ABURI】の教官として、葬の仕置き組の副組頭として、僕を助けて欲しい。」
目明しと先手の両組は、采配が思いも寄らない方向へ進んでいる事を諌める事無く、仕置き組の組閣を詳しく知るチャンスと、熱心に聞きいてた。
【NAGARE】に暫くの間が有り、「【SABAKI】のお考え、承知いたしました。」と返事をし「しかし【ZANN】と二人だけでは、二人の精神状態や体調が心配です。無理は決してしないと、お約束をいただけるのでしたら、【ABURI】を責任持って、お預かりいたします。」と続けた。
「ありがとう。お奉行へは、新しい【TATAKI】の補充を頼みますから、二人だけという事は長くは無いと思いますよ。」
「本来は、私の通り名の【NAGARE】と【TATAKI】が『流罪』を担当し、そのほかの三人が『死罪』を担当するという、朧げ的な線引きは、昔、存在したと聞きます。」
「やはりそうでしたか。【NAGARE】のコードネームが殺しとそぐわないと感じていたので、ある程度の線引きは有るのだと――。それに、【NAGARE】の任期だけが、他の者の倍近いのも気になっていたところです。やはり人生を終らせる『死罪』と人生をやり直させる『流罪』には分担があったのですね。」
「そのようです」と【NAGARE】が肯定した。
「ところでこのようになったけど、二人の気持ちを聞かせてもらえるかな?」
「自分は少し安堵しました。【NAGARE】。宜しくお願いします。」
【ABURI】が先に返事をして、【NAGARE】へ改めて挨拶をした。
「私も問題は無いけど、ひとつ条件があるわ。」
「条件?なんだい?」
「任期なんて無くして。今更、普通の生活に戻るなんて無理。私は――」
「それは、出来ない。」多治見は即答した。
「君は一生、殺し屋でいるつもりか?」
「それでも――構わない。」
「人間、歳を取れば色々な点で衰えてくる。それが原因で、最悪、仲間を危険に晒すことになるかもしれないし、自分が殺し屋だと世間に公表することにもなり兼ねない。それを承知で言っているのか」
多治見の険しい目が、【ZANN】を直視した。
「……。では、あと五年」
「駄目だ。」
「私が女だから?」
「それは考えていない。」
食い下がる【ZANN】へ「任期に付いては、お奉行がお決めになられた事だ。」と仕方なく答えた。
「そうなのですか?」
古株の【NAGARE】にしてみても、初耳だった。
「僕には『人間に戻れるギリギリの線』だと話していた。」
「人間に戻る気なんて――」
「君は、割り切って仕置きをしていると思っていたが、僕の見立て違いだった様だ。一番【NAGARE】に助けて貰わなければならないのは。【ZANN】。君なのかもしれないな。」
「えっ!」
「【SABAKI】。他の組の話しに割り込んで済まないけど」
「いいや。采配のはずが、身内の話しになってしまって、君達には申し訳ない。」
「私達にとっても、とても大切な事だから、それは気にしなくていいわ。私が言いたいのは【ZANN】の事。任期満了まで、まだ一年ある。もっと時間を掛けて話し合って欲しいの。」
多治見は内心(意外だな?)と思った。
「【ZANN】も、ちゃんと【SABAKI】には伝えるべきよ。」
「私は……」
(やはり先代の【SABAKI】意外に、何か持っているのか)
「わかった。【TEGATA】の言う通り、この件は時間を掛けて、双方が納得するまで話し合おう。ただし、人間に戻る気が無いのであれば、たった今から、君を仕置き組から外す。」
「そんな。」
「任期が来て、葬を辞めてからも、仕置きを続けるのは、我々にとっての裏切りだ。先日の【TATAKI】と何ら変わらない。」
【ZANN】が自分の両手をじっと見ている。
「私は――。私は【TATAKI】とは違う。納得して引退をするのであれば、次の人生を探す。」
「わかった。【ZANN】の今の言葉を信じよう。一応、お奉行へは伺いを立ててみる。この話しはそれまで『預かり』だ。良いね。」
「はい。」【ZANN】が素直に返事をした。
【TEGATA】は、周りと交わる事を拒んできた【ZANN】の心が、溶け始めていると感じた。
(【SABAKI】。貴方は、『葬』を大きく変えるかもしれないわ。とても楽しみよ。)
「では采配の続きを再開しよう。」
多治見が【JITTE】へ先を促した。