表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SABAKI 第二部 変革  作者: 吉幸 晶
3/21

悪戯の代償


       悪戯の代償



 翌日の昼休み。部下の吉田と昼食を取った後、喫茶店で話をしていると、奉行から電話が入った。多治見は吉田に断り店外へ出て電話を取った。

「昼休みの貴重な時間にすまんな。今、大丈夫か?」

「はい。食後のコーヒーを飲んでいたところです。」

「羨ましいな。ところで、上様の勅命とお庭番衆の件だが――」

 多治見は珍しく緊張した。

「勅命は、やはり死刑を急ぐ為だそうだ。また、お庭番衆に『殺し』をさせてはいけないとの、代々の決まりがあるようだ。」

「なるほど、上手く逃げられましたか」

「そう言うな。これでもしつこく聞いたのだぞ。」

「それでこの程度の情報では、刑事にはなれませんね。」

「おい!」

「冗談です。ありがとうございました。思う存分、やらせていただきます。」

「それと薮蛇になった。十日までに仕置きしろとの命だ。」

「また無理を言われますね。それで引き受けたのですよね?」

「不甲斐ない奉行で悪かったな。」

「上司に恵まれないのには慣れていますので」

「――!」

「冗談が過ぎました。奉行がおられるので、我々は安心して仕置きができるのです。」

「そう言う事にしておくよ。非常に疲れた。早退できればしたいものだ。では、頼むぞ。」

「承知いたしました。急ぎ采配をいたします。」


 店内に戻り冷めたコーヒーを飲む。

「何か込み入ったお話しなのですか?」

「一人身で暇だろうからと、高校の同窓会の幹事を任されてね。」

 この頃多治見が頻繁に、私用電話に出ている事を気に掛けていた。毎日、席の横でそれを見ている吉田へは、何か取り繕う必要が有ると思っていた。多治見はこれでまた、署内で一番信用し頼りにしている吉田へ、ひとつ嘘を重ねた。

「係長を暇人扱いですか?」

「一人身になって、気落ちしないようにとの計らいだと、先任の幹事が話していたよ。」

「係長は人が良すぎですよ。」

「公私混同はしないが、暫く私用電話やメールが増えるかも知れない。」

「承知しました。その時は上手く誤魔化します。ご安心ください。」

「本当に悪いね。」

 吉田の誠意を、殺しの為に使う自分に腹が立った。

「本当にすまない。」吉田へ一段と深く頭を下げた。

「止してください。」吉田は慌てて「時間です。帰りますよ。」と席を立った。


 署に戻り自席に着くと【JITTE】からメールが来た。


《【SABAKI】の許可を頂きましたので、新宿の好条件の部屋を押さえました。

建物及び室内の盗聴、盗撮、防犯カメラの有無は調査済みです。

安心して采配に使用できます。》


《了解。いつも早い仕事の対応に驚かされます。

予定通り、明日の晩は可能でしょうか?》


《可能です。急ぎ参加者全員へメールします。

それと、今回は勉強の為、私の片腕も参加させます。

ご承知置きください。》


《了解しました。では連絡まっています。》


 メールのやり取りを済ませ、机上の書類に目を通す。多数有る書類の中から、昨日の石田の日報に目が止まった。

四谷に近い小さな商店の数件が、嫌がらせを受けている旨が書かれていた。

「吉田君、ちょっといいかい?」

日報から目を離さず、右手を挙げておいでおいでをした。

「何でしょうか?」とすぐに吉田がやってきた。

「この件、詳しく聞いているかい?」

 吉田が日報を覗き込む。

「確か、土地の買占めが始まるとか、石田君が話しておりましたが」

「今更?」

「東京五輪が要因では。と言う意見もあるようです。」

「でもここは、買い占めても高層ビルは建てられない土地だよね。」

「アパートを建てるんじゃないでしょか?」

「アパート?僅かな出費で宿泊施設を作って儲ける算段かな?」

「申し訳ありませんが、詳しくは……」

「森田君は?」

「本件の確認で、午後一番に出掛けました。」

「そうか――。僕もちょっと行ってくるよ」

「承知いたしました。」

 多治見は課長の萩本へ報告を済ませると、上着とコートを着て出て行った。


 多治見は途中で森田へ電話をして、居場所を確認し合流した。

「どんな感じだい?」森田の浮かない顔を見て多治見が訊いた。

「どうも地上げ屋的な感じは無さそうですね。」

「そうなの?」

 二人は小学校に隣接した公園にいた。ベンチに腰を下ろしながら、「でも大事件ではなさそうで、一安心したよ」と森田へ告げる。

「そうですが、石田と武本が行った店を聞き込みしましたが、嫌がらせというよりは、悪戯紛いのものでした。」

「例えば?」コートのポケットから缶コーヒーを出すと森田に渡して、自分の分のプルトップを空けて一口飲む。

「ラーメン屋ではゴキブリが入っていたとか、ケーキに埃がついていたとか……。」森田も礼を言ってから一口飲み、両手を暖めた。

「確かに。小遣い稼ぎ的な感じだね。その二軒は近いの?」

「はい。隣同士です。どちらもそれなりに人気が有った様ですが、ネットに載ったらしく、その件以来、客足が落ちたと嘆いていました。」

「他には?」

「ケーキ店の一軒先の酒店では、買ったジュースの賞味期限が切れているのに気付かず飲んだ。と言って、慰謝料三万円を払った様です。」

「詐欺か」

「犯人は悪戯と思ってやっているようですがね。一軒あたり三万から五万円を、口止め料とか慰謝料と言って取っていますから。『ゴキブリ詐欺』ですかね。」

「面は?」

「三軒とも防犯カメラの設置は無く、路上にもありません。頼りの店主の証言ですが、どうも人相がはっきりしなくて、犯人の特定には難しそうですね。」森田が首を振りながら答える。

「残念だな」

「石田と武田に張り込ませますか?」

「正月休み中だからね。張り込みは目立つよ。まぁ。昨日一日で十数万円は稼いだだろうから、二、三日は小遣いには困らないだろう。」

「では明後日辺りから始めますか?」

「そうだね。捕まえて、詐欺という罪を犯している事を、判らせる必要はあるからね。店側だって、売り上げが落ち続ければ、死活問題だし。『悪戯でした』では許せないよ。」

「わかりました。では明後日から、この界隈を張り込みます。」

「寒いのに悪いね。」

「警察官ですから」

「模範的な回答だな。ドリップしたコーヒーでも飲んで帰ろうか?」

「いいんですか?」

「たまにはね。」

 森田は貰った缶コーヒーをまじまじと見て「これもドリップコーヒーと書いてありますよ」と言ったが、多治見は既に先を歩いていた。

「コーヒーで腹が一杯になりそだな」森田がぼやいた。



 夜のニュースを見ていると、【JITTE】から明日の采配の時間と場所のメールが来た。


《明日、斐山市の件での采配を以下で行います。

新宿二丁目カエンビル三○三号室

時間 十九時半現地集合

出席者 三役

他に【NAGARE】【ZANN】【ABURI】【FUMI】    

それと私の片腕の【MEBOSHI】を今回参加させます。

以上八人に同時送信》


 多治見はメールを見て驚いた。

(新宿でも良いとは言ったが、何も署の徒歩圏内とは。一体何を考えているのか)

 そう返信しようかと思った時、ビルの名前にまた驚いた。

五六(ごろく)じゃないか」思わず声が出た。

 多治見が贔屓(ひいき)にしているラーメン屋の五六の上階となると、署員を含め、五六や五六の馴染み客にも見付からないよう、十分に注意が必要になる。場所の変更を今更言ったところで、仕置きに間に合わなくなっては、奉行の顔を潰してしまう。


《采配の件承知した。君に会うのが楽しみだよ。》


「【JITTE】悪いけど、会ったらただでは済まさんよ。」

 その後多治見は、どうするのがベストなのか慎重に考えた。十九時頃から夜中に掛けては、ラーメン五六(ごろく)も混んでいる時間帯だ。客が大勢いることは想定できる。その中に、署の人間か、あるいは自分を知る者がいないとは限らない。人が少なければ、注意しながらビルに入れるが、五時前の早い時間帯では仕込みや掃除、消耗品の補充などで、店のスタッフが忙しく動き回っているであろう。であれば五六やスタッフ達といつ顔を会わせるか分からない。

悩んだ末。五六と会っても仕事だと言えば、誤魔化しはできるであろうと、夕方の時間帯にビルに入る方に決めた。課長も早退では無く、聞き込み先からの直帰だと言えば、ひとつ返事で許可をくれる筈と判断した。

そうと決まれば、【JITTE】を早目に呼び出して、部屋を開けて貰う必要がある。多治見は急いで【JITTE】へメールをして、現地近くの二丁目の交差点で五時に合う約束を取った。


 翌日の夕方になると、多治見は予定通りに外出先から直帰すると萩本へ申し出た。

「直帰ですか?珍しいですね。」

「はぁ。申し訳ありません。少し聞き込みをしたい所がありまして」

昨日の花園に近いが、四谷署管内と入り組んでいる新宿一丁目辺りにも、被害が出ているか、確認の必要が有ると考えていた。ついでに新宿二丁目に渡り、聞き込みをするつもりだと萩本へ申し出た。

「一人で?それは危険だ。誰か付けましょう」

 普段であれば、「了解」とか「良いですよ」の一言で、あっさりと済むのだが、今日に限って萩本は、無駄に気を使ってくれた。

「それには及びません。他の者はすでに、六丁目の方へ範囲を広げ、被害の有無の聞き込みをしております。昨日も近くを回っておりますし、今日の所は、自分一人で十分可能な範囲ですので、許可を頂きたく。」


 新宿にはJR山の手線を隔てて、西側の新宿西署と南側の新宿南署に管轄が分かれている。西署は主に都庁や新宿中央公園に新宿の北側までを管轄とし、南署は歌舞伎町や新宿御苑。北側は早稲田近辺までが管轄であった。


「そうですか?吉田君でも何かの役に立つかも知れませんよ。」

 自席で電話に出ている吉田へ、萩本が目を向けた。

「彼には内勤と言う、重要な仕事があります。本当に大丈夫です。」

「そうですか?では十二分に気を付けてください。」

 やっと折れてくれて安堵した。

「ありがとうございます。」

敬礼の後、出掛ける支度を済ませ吉田の所へ行った。

「吉田君、一応聞き込みが済んだら電話を入れるが、残業して待つ必要は無いから。それと、森田君達が帰ったら、直帰する旨を伝えてください。」と伝言をした。


多治見は署を出て、一丁目を目指し歩き始めた。全て上手く行くと思っていたが、考えが安易過ぎていたと反省もした。まさか課長の所で躓くとは思っておらず、この後も何か厭な事が起きそうな気がしてきた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ