聴取
聴取
目が覚めたが辺りはぼんやりとしていた。自宅の木製の天井とは違う、白く綺麗な天井が見える。
「多治見!目が覚めたの!」
呼ばれる方を向くと、髪はぼさぼさで、化粧はすでに落ちて、一目ではいつもの本人とは判らないほどに窶れた、上神宮が自分を覗き込んでいた。
「課……長……」
「まだ動かないで。今、医者を呼ぶから」
上神宮がナースコールを押して、ナースセンターと何か話しをしている。
多治見は再び天井へ視線を向けた。
午後の診察が始まる前の慌しい中を、担当医が看護士数人を連れてやって来た。
「多治見さん。聞こえますか?」
担当医の問い掛けに「はい」と返事をして、担当医の目を見た。
「痛むところはありますか?」
「えーと。頭と肩が特に痛みます」ゆっくりした口調で答える。
「頭は。中ですか?それとも――」
「全体です。ガンガンと――」
「わかりました。頭は動かさないようにしてください。肩は?」
「この辺りが――」左の肩から鎖骨の辺りを指した。
「痛みとその部位が理解できているようです。恐らく大丈夫ですしょう。」
担当医が上神宮へ答えた。
「ありがとうございます。」
上神宮は担当医の手を取り、泣きながら礼を言った。
「課長――。ご迷惑と――ご心配を――」
担当医達が退室してから上神宮へ言いかけた。
「本当よ!貴方が元気だったら、一発ぶん殴っていたわよ。」
ぼろぼろと涙を零しながら、上司は答えた。
「本当に、無事で良かった。」
そう続け両手で顔を覆い、多治見が寝ているベッドへ伏して泣いた。
「私――意外には?」
上司が少し落ち着きを取り戻すと訊いた。
「江波君達は全員無事よ。焼け跡からは、犯人と思われる三人分の焼死体が見付かったわ。」
「そうですか(二人は無事に逃げられたんだ)」
「もう少し回復したら、聴取をするわよ。」
「はい。」
「貴方だけが生き証人なの。江波君とその家族も、三人の犯人については知っていたけど、あそこを出てからは一切判らない――と」
多治見は「承知――しています。課長も、ご自宅へ――」と言いかけて眠りに入った。
多治見が寝入ると、上神宮は登庁して部長である福島へ、多治見が目を覚ました事を報告した。
「ご苦労だったな。君も今日は帰って休みなさい。」
福島に言われ、上神宮は四日振りに帰宅した。
岩本が福島から連絡を受けたのは、その日の夕方であった。
「これで、うるさい三人から開放されるな」
岩本は福島からの連絡を受けて、『葬』の携帯でメールを書きながら呟いた。
《寺社奉行所の各位へ
先程【SABAKI】が、四日間の昏睡状態から目覚めたとの連絡が入った。復帰までにはまだ時間が掛かる。【SABAKI】が不在時の仕置きは、【NAGARE】が組頭代理で采配を頼みます。》
『奉行』からのメールを受け、各自がそれぞれに歓喜した。
特に【TEGATA】と【ZANN】に【ABURI】は、多治見の見舞いを『奉行』へ申し入れていた。しかし、岩本は厳しくそれを許可しなかった。仕方なく三人は毎日、『奉行』へ多治見の様態の確認をしていた。
最後に書かれていた『復帰までは時間がかかる』のくだりに、やはり三人から付き添いの許可申請が送られてきた。
岩本は、【SABAKI】の上司が、献身的に看病と付き添いをしているから、心配は無用だと返事をした。
これは岩本の誤算で、火に油を注いだ。
『上司とは誰か』から始まり年齢や容姿、既婚の有無。全ては『個人情報』だと返事をすると、今度は【TEGATA】と【ZANN】は【JITTE】を使い調べさせようとしたが、【JITTE】からの苦情が岩本に届き未遂に終わった。
世間ではすでに五月の大型連休に入っている。有給休暇を使うと九連休が取れるが、警察でその恩恵を受ける者は居ない。
多治見の回復は順調で、目覚めてから一週間後の五月六日に、警視庁捜査一課と千葉県警立会いの下、入院先の会議室を借りて、多治見への聴取がおこなわれた。
「先に断っておきます。多治見はまだ本調子ではないので、多治見の体調に異常が見られた時には、聴取の途中であっても、中止させて頂きます。」
上司の上神宮が、警視庁捜査一課課長と千葉県警刑事課課長。また各課の代表者五名に前橋本署刑事課課長、それに上神宮の上司の福島を前にして口上を述べた。
多治見は車椅子に座り、その後ろに上神宮が付き添っていた。
「真犯人は誰だったのかね?」
一番に捜査一課長が口火を切った。
「前橋検事局の寄と名乗りました。他の二人は前橋本署の刑事課の若松と警ら課の堀川だと言っていました。」
会議室にざわめきが起こった。
「動機は?」
「独居老人の財産目当てだと」
「なんて事だ。」と殆どの者が嘆いた。
「君はどうやってあの場所を突き止めたのかね?」
「以前、江波君に会った時に、GPSを入れたお守りを渡しました。」
「何故にその様な物を?」
「冤罪だと疑り始めた時、本当に冤罪だとしたら、江波君の身に危険が及ぶのではないかと考えました。」
「調達先は」
「私の友人へ言って、使わなくなった子供のGPSを貰い、それを分解してお守りに入れました。」
「君がかね?」
「はい。職業柄、それぐらいの知識は持っておりますので」
上神宮が多治見へ水を手渡した。
多治見は礼を言って数口飲むと、上神宮へ返した。
「長引くと辛いだろう。江波一家が出て行ってから、何が起こったのか、話して貰えるかね」
多治見は頷くと目を閉じ、顔を上に向けた。
「まず寄は最初から、若松と堀川も、私と一緒に葬るつもりの様でした――」顔を正面へ向け直し、対峙する上長達を真っ直ぐに見て語り始めた。
「堀川は床に落ちていた角材を拾うと、自分を襲ってきました。頭に一撃を受けて倒れると、堀川の背後に若松が回りこみ、堀川の首を絞め、首の骨を折って殺害しました。すると寄が『多治見の息の根を止めろ』と若松へ指示をし、自分を――倒れている私を殺害しようとしゃがんだ若松へ、寄はポケットからワイヤーソーを出して、若松の首に当てたまま引きました。若松はのた打ち回って、窓の方へ――。そして寄は角材を拾うと、立ち上がりかけた自分を、角材で殴りました。再び自分は倒れて、身動きが取れない事を確認すると、部屋にガソリンを撒いて火を点けました。しかし寄自身の服にも、ガソリンを撒いた時に付いたのでしょう。床の火が移り慌てて逃げようとした時、ガソリン容器に躓いて、寄は床に倒れました。その時、部屋よりも寄自身が燃えていると思いました。」
一呼吸する。
「自分は床に倒れていた所為か、煙を吸う事無く、自力で這って外へ出る事ができましたが、他の者を担ぎ出す余裕はありませんでした。」
残念な表情をした。
多治見の供述と、千葉県警で行った現場検証がほぼ合致した。現場検証で堀川の首は何故折れていたのか、若松の周りに見られた、大量の出血の跡など、不明な点がはっきりした。また寄の死体に外傷は無く、焼死した事の理由も判明した。
犯人は全員が死亡したが、被疑者死亡のまま送検することに決まり、これによって、冤罪事件は全面解決となった。
調書を取ったその日の夜。病室に警視総監が現れた。立哨していた警察官は驚き慌てた。
「楽にしていなさい。少し多治見警部を見舞いたい。君達も向こうで休憩を取っていなさい」
強制的な文言に、二人の警察官はその場を離れると、岩本はドアをノックして「失礼するよ」と中へ声を掛けてドアを開けた。
上神宮が突然の来訪者を見て、起立したまま動けなくなった。岩本は笑みを浮かべ「そんなに固くなる必要は無い」と言いながら、上神宮の肩に手を置いた。
それで我に帰り、改めて敬礼を送った。
「悪いが多治見警部と二人にして貰えまいか」
「はっ。私は外へでております。」
「立哨の二人へも休憩を与えた。君も彼等とコーヒーでも飲んで来なさい。」
「しかし――」
「理解して貰えるかね?」
岩本の丁寧な口調が一層上神宮を強張らせた。
「一休みしてきなさい」
重ねて言われ、上神宮は敬礼をして外へ出て行った。
「本当に危なかったな。」
上神宮の離れて行く靴音を聞き、本音を言いながら、岩本がベッド脇の丸椅子に腰掛けた。
「無謀過ぎるぞ。まるで死に急ぐような事をしおって!」
岩本が窘めた。
「申し訳ございませんでした。」多治見は素直に詫びた。
「今回はたまたま運が良かったのだ。もう二度とこのような事はしてくれるな。」
「はい。運良く【ZANN】と【ABURI】に助けられました。」
「そうだな。」
「二人は?」
岩本は静かに笑うと「君の見舞いをすると言って聞かず。目が覚めると今度は付き添いをする。といってな。【TEGATA】を含め三人を抑えるのに、苦労をしたよ。」
「【ZANN】がですか?」
「そうだ。正直私も自分の耳や目を疑った。」
「そうですか。【ZANN】がですか――」
「嬉しそうだな。」
「はい。心を開いてくれたんですね。」
「君は『寺社奉行所』には、無くてはならない存在になっている。」
「本当の意味で、一員になれました。」
「ところで、具合はどうだ?」
「順調です。来週にでも現場復帰できるかと思います。」
「そうか。」
「ただ――」
「ん?」
「下手人を裁けば裁くほど、自分を信じる事ができなくなるような気がします。」
「後悔か?」
「それとは少し違います。」
岩本は言葉を捜している多治見を無言で見やった。
「私は、裏でこそこそと殺人を繰り返した寄と、寸分変わらない。卑怯者です。」
「私腹の為か、他人のためかの違いはあると思うがね。」
「たいした違いではありません。」
「だが――。少なくても君の裁きの後には、生きている人がいるのも事実だ。」
「――責めてもの……。逃げ道のようにも思います。」
「『葬』を抜けるか?」
「今更抜けるなんて、そんな寄よりも劣る事などできません。しかし前に『お奉行』がおっしゃっていた『持って五年』の意味が、理解できたような気がします。」
「そうか……。」岩本は寂しく呟いた。
「私は『葬』へ入った事も、今まで仕置きした下手人へも、後悔は一切ありません。でも【ABURI】を誘った事への後悔はあります。」
「自分の意思だけで、人の命を奪わせる事にか?」
「はい。『お奉行』がおしゃっていた、あの時のお話し全てが、合致してきました。ですので、『お奉行』のご本心も、私のこれに似ているのだ。と気が付きました。」
「君と直に話せて良かった。身体を早く治して、公私共に戦線へ復帰してくれたまえ。」
「ありがとうございます。私が居ない間は?」
「【NAGARE】に頼む」
「【ABURI】を上手く使ってくれれば良いのですが――」
「それは難儀だな。なんせ奴さんは、君にぞっこんだからな。」
「よしてください。そうさせたのは奉行ではないですか」
「ははは。もう【ABURI】だけでは無いか。『葬』の永遠のマドンナの【TEGATA】も、氷の心を持つ【ZANN】までが、今では君を心の拠り所の様に、完全に頼りきっている。」
多治見は軽く目を閉じ、この半年ほどを振り返り笑みを零した。
「【NAGARE】も【TATAKI】も君への全幅の信頼は揺るがないだろう。【JITTE】にしては、君に恐怖すら感じているほど、心酔していた――。【SABAKI】はもう。『寺社奉行所』に無くてはならない存在だ。私の引退も近いかも知れんな。」
「ご冗談を。『お奉行』が『上様』と『警察組織』を、上手に制御していただけるので、自分の思うままに動けるのです。」
「君にそう言われるとは思わなかったよ。」
「奉行は私をどう見ておられるのですか?」
「『持ちたくない部下』と言っておこうか。」
「ありがとうございます。」多治見は満面の笑顔で応えた。
「礼を言われる答えではないと思うがな。」
岩本が立ち上がった。
「そうだ。これを返しておく。」
『葬』の携帯を出した。
「ついでにメンテナンスをしておいた。新しいアプリもな。」
多治見は岩本から受け取った。
「では今後も頼むぞ。【SABAKI】」
岩本は部屋を後にした。
病室の窓から見える、夜の街灯りが寂しく感じた。
平成二十八年十月二十九日~平成二十九年五月六日
二部 ―変革― 完
二部では、今までの『葬』のメンバーがお互いに見せなかった私的な部分を
【SABAKI】が引き出し、『人間味』を中心に物語を進めました。
二部はこれにて完結しますが、三部(最終話)も少しずつ進めています。
三部のさわりを少し書きます。
【SABAKI】達『寺社奉行所』が震撼する事件が起こります。
メンバー全員が『寺社奉行所』の崩壊を覚悟する中で
多治見は『徳川の埋蔵金』と『葬』の関係を知ることになります。
最後までお付き合いいただけましたら幸いです。




