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SABAKI 第二部 変革  作者: 吉幸 晶
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三役会


       三役会



 多治見が開放されたのは、午後九時を過ぎていた。駅長室から出て一番に【JITTE】と【TEGATA】へメールを入れた。


《今終わりました。まだ間に合いますか?》


《私も赤羽の人身事故で遅れて、先程蕨に着いたところです。【TEGATA】が一人で待っていた様ですが、今はマックで待機しているとの事です。》


 【JITTE】からの返信は直ぐに来た。京浜東北線も運転を再開していたが、時間の遅れの解消は今夜一杯掛かると、駅長が話していた。

 とりあえず来た電車に乗り込み蕨を目指した。赤羽からだと、西川口の次で三駅目になる。通常でも七、八分の所だが、遅れを取り戻しているのか、速度が増している様に感じた。


 蕨駅に着き階段を登り改札口に向かう。出口に【JITTE】と【TEGATA】が揃って待っていた。

「遅れてしまって申し訳ない。」

 多治見が二人へ詫びると「本年もよろしくお願いします。」と【TEGATA】が返してきた。横で【JITTE】が薄笑いを浮かべ「今日の姉さんは一味違うみたいです。」と意味有り気に続いた。

「ばか」【TEGATA】が軽く【JITTE】の頭を小突いた。

「ところで、何処でやります?」と多治見が問う。

「場所は用意して有ります。こちらへ」

【TEGATA】が二人をエスコートする形で、先を歩き始めた。

「お二人とも、夕食はまだですよね?」

「えぇ。」と多治見。「はい」と【JITTE】が同時に応えた。

「美味しい魚を出す居酒屋が近くにあるけど、打ち合わせの前では飲めないから、次の機会ということで。今日は部屋に、冷凍食品やレトルトを用意してあるので、それで我慢してください。」

「ありがとう。助かるよ」

「こんな田舎まで着て貰ったのに、手料理で持て成す事もできないわ。本当に御免なさい。」

「姉さん。今日は変ですよ」

「普段の私は、いつもこんな感じよ。」

「自宅では無いですよね?」多治見が訊く。

「はい。仕事場に近いので、事務所兼倉庫として使っているマンションです。」

「仕事場とは?」

「私はバレエ教室を開いています。教室はその建物の裏手にありますが、事務所兼倉庫がこちらです」

 そういいながら、一軒のマンションへ入った。

「大丈夫ですか?仕事部屋を提供したりして」

「時々、先手組での打ち合わせに使うから、安心してください。」

「カメラとか?」黙って着いて来ている【JITTE】が心配そうに訊く。

「大丈夫よ。裏で使うときは、カメラに細工しているから。」

「ばれません?」

「今の所はね。ここです。どうぞ。」

 一階の一番奥にある部屋の前で止まると、チャイムを鳴らした。

「誰かいるのですか?」

「御免なさい。今日は私の右腕が居ます。私を信じて入ってください。」

 扉が開くと、二人を強引に部屋へ押し込んだ。


 部屋は2DKで、八畳間程の部屋に事務机と本棚、それと応接セットが置かれていた。もうひとつの部屋は、扉が閉まっていて中の広さは分からないが、『倉庫』と扉に書かれていた。

「そちらへ掛けてください。」

 【TEGATA】が二人の客へ椅子を勧めた。多治見と【JITTE】が掛けると、キッチンから丸いお盆にお茶を乗せて、女性が入ってきた。

「実を言うと、今度の仕事は、私の表の仕事――。バレエの発表会と重なるのよ。私は(はぶり)の仕事を優先にしたいけど、教え子達に中止とは言えなくてね。」

「分かりました。【TEGATA】が薦める人なら、僕は構いませんよ。」

 多治見が話し途中で応えた。

「僕も【FUMI】さんであれば、構わないけど。」

「フミさんというのですか?確か、【ABURI】を送ってくれましたよね。」

「はい。その節はご挨拶もせずに、大変失礼をいたしました。」

「気にしていませんよ。何せ、他人を装う事が大事でしたから」

「ありがとうございます。あの【FUMI】はコードネームなので、さんは付けずにお願いいたします。」

「【FUMI】はね。私の右腕として、葬に十二年も尽くしてくれているわ。全てを任せても問題は無い。と自信を持って薦められる。」

「ありがとうございます。【TEGATA】にそう言っていただけて、勤めてきた甲斐があります。」

 二人へお茶を出しながら【FUMI】が礼を言った。

「では、始めましょうか」と【TEGATA】が照れくさそうに言うと「その前に何か食べさせてもらっても良いですか?」

【JITTE】が申し訳無さそうに訴えた。


 四人で夕食を済ませると、いよいよ本題に入った。まずは、【JITTE】のメールを読み直す。


《場所は山梨県斐山(ひやま)市。下手人は市議の谷山卓郎六十七歳。罪状は殺人及び殺人教唆・死体遺棄・詐欺・麻薬の売買・恐喝・傷害。

今回は再犯防止ではなく、早急なる犯罪者の排除。仕置き方法は自由。ただし死罪を適用。

尚、谷山には護衛兼共犯の槌屋武彦五十一歳が付随。邪魔な場合は共に仕置き可。生命の保障は不要。

明日一月四日午後二十時にJR蕨駅改札にて三役集合のこと。》


「斐山市は観光には良い所だね。」

 多治見が柔らかく進めに入った。

「でも、こんなに罪状が列記されていれば、表で裁けると思うけど。どうして私達に回って来るのか、理解し難いわね。」

「そうなんですが、『上様』からの直接の意向なので、一つ一つを立証しているうちに、証拠や証人を消しかねないらしく、明日にでも二人を消すように下知が下った様です。」

「『上様』からの勅命なのですか?」多治見が驚いた様子で訊いた。

「はい。」

「よくあるのですか?」

「いいえ。私は始めてです。」

 そう【JITTE】が答え、一番古株の【TEGATA】へ、三人の視線が向けられた。

「長く葬にいるけど、私も始めてだわ。それに、そんなに急ぐのなら、お庭番衆にやらせればいいのに。」

「ちょっと待っていてください。」

 多治見は皆にそう言って携帯を取り出した。


「もしもし【SABAKI】です。今、少しお時間をいただけますか?」

「あぁ。構わんよ。」

「今度の斐山の件ですが――」

「『上様』からの勅命の事か?」

「はい。」

「何か裏が有ると?」

「その様に受け取れます。」

「実は私も何か引っ掛かってね。急いで【JITTE】に調べさせた。結果は、上様からの命の通り。実際手を下したのは槌屋の様だが、麻薬関係や詐欺紛いの事は谷山が主犯だ。」

「お庭番衆の出番は?」

「それは無いな。有ればとっくに片付いていよう。」

「しかし解せません。」

「五奉行に訊いたが、作事奉行の所には、十年程前に一度。町奉行の所には、三年程前に一度、上様からの勅命が有ったらしい。どちらも極悪非道の犯罪者だった。警察としても、十分に逮捕送検が出来たが、敢えて仕置きをしたそうだ。」

「闇で葬る必要が有る。と?」

「私も君も警察官だから、表と裏の混同は避けようとするが、一般市民の者から見れば、今直ぐにでも死んで欲しい。と望むのかも知れんな。」

「そんなものでしょうか?」

 多治見は自問した。そしてホームで事故死を目の当りにした人間が、携帯で撮影してSNSに直ぐに載せようとした、狂気の群衆に変貌した姿が脳裏に浮かんだ。

「そうなのでしょうね。他人の命は命では無く、自分が目立てるチャンスなのだと思うのでしょう。」そう自答した。

「赤羽の件かね?」

「もうお耳に?」

「君は警視庁内では有名人だからな。」

「その様な事は。」

「今回の件だがね。気に乗らなければ、勘定奉行との境界も近いので、そちらへ回す事もできるが――」

「それには及びません。私達で仕置きはいたします。が、お庭番衆が出ない事を、『上様』にお聞きできますか?」

「難しそうだが、やってみよう。」

「では、三役会を進めます。」

「大丈夫かね。」

「【NAGARE】や【ZANN】、それに【ABURI】にも訊いてみます。警察官の概念が邪魔をしているのであれば、葬の時には、払拭する必要もありますので。」

「分かった。君に任せる。」


 電話を切ると、【TEGATA】が一番に「どうでした?」と訊いてきた。

「上様からの勅命は、奉行が調べたところでは、十年前と三年前の二回有ったらしい。どちらも警察で処理できるものだったが、敢て各奉行所で、仕置きで処理したとの事だったよ。」

「では、今回も問題は無いと?」

「僕はそう判断したが、一応、お庭番衆が出ない事情を調べてもらう。」

「そうね。不安要素は全てはっきりさせた方が良いわ」

「うん。それと仕置き組に聞いてみる。少し時間が欲しい。」

「了解。では小休止ってことで。」

「始まって早々で悪いね。」

 多治見はそのままメールを書いて送った。


《法に委ねる事ができる犯罪者を、急ぎ始末する為に、仕置きするのは有りですか?》


五分程で【NAGARE】から返信が来た。


《『有り』だと思います。逮捕送検後に裁判。死刑が確定しても、実際

に死刑になるのは何年も先になります。

現に、新興宗教の教祖も未だに生きておりますし。

死刑執行の無いまま、刑務所内で人生を全うする者もおります。》


 読んでいる内に【ZANN】からの返信が届いた。


《『有り』》


「だろうな」多治見は【ZANN】らしいと、文面をみて軽く笑った。そこへ【ABURI】から返事が来た。


《私からは答えられません。申し訳ありません。

ただ願うのであれば、早期解決を遺族は望むかと……。》


「うちの組では、上様の勅命は『有り』の様だね。」多治見は返信メールを統括して皆に伝えた。

「確かに、時間が掛かり過ぎて、下手人の刑の実行を見届ける事ができない人も出てくるものね。」

【TEGATA】が話しながら【FUMI】を見て「意見が有れば遠慮なく言って」と訊いた。

「組頭でも無いのに済みません。」と断り、「被害者か遺族の中に、長く生きる事ができない人がいるのかも知れませんが、このまま疑問も持たずに、勅命に応じていたら無法に進む様で、素直に納得できない所もあります。」

「【FUMI】の言う事も一理有るな。法で裁けるのであれば、法で裁くのが筋だ。」

「しかしですね。今回の谷山卓郎と槌屋武彦は本当の悪ですよ。目明しの中でも、一、二の猛者(もさ)を着けて有りますが、それでも仲間の危機を感じるほどです。」

「でも市議だよね。」

「上辺だけですがね。」

「ヤクザより性質(たち)が悪いのかい?」

「間違いなく。特に、槌屋に(なつ)いている数名の若者が、常識を逸している輩で――。」

「そいつらも排除しなければ、谷山と槌屋を()っても意味が無いわね。」

「その通りです。」

 多治見に暫くの沈黙が有った。

「では、若い奴等は【NAGARE】に任せて、『流罪』にする。そして谷山と槌屋は僕と【ZANN】で仕置きする。」

「サポートはどうします?」

「【ABURI】と僕がするよ」

「仕置き組、総出?」【TEGATA】が驚きの声を上げて、【FUMI】を見入った。

「大丈夫?子供達には悪いけど、中止にしようか?」

「いいえ。大丈夫です。任せてください。」

「信じてはいるけど――。【JITTE】、その若い輩は何人いるの?」

「多い時には、二十人を超えますが、本当に危ないのは四人程で、四天王と呼ばれているようです。」

「では『流刑』はその四人としよう。」

「わかりました。大丈夫?」【TEGATA】が心配顔を【FUMI】へ向ける。

「四人を個別にでしたら、何とかできます。」

「わかった。【NAGARE】にはその旨を伝えておくよ。」

「助かります」【TEGATA】が代わりに多治見へ礼を言う。

「その時は、僕か【ABURI】がサポートに入る。」

「承知いたしました。」【FUMI】が緊張気味に答える。

「若い輩を先に片付けてから、槌屋は僕が、谷山は【ZANN】が仕置きする。サポートは【ZANN】には【NAGARE】を、僕には【ABURI】を着けるつもりだよ。」

「承知いたしました。」声が上ずって震えていた。

「【FUMI】。心配だから――」

「大丈夫です。やらせてください。」

 【FUMI】の目に力が有るのを【TEGATA】が見極めた。

「わかった。この大仕事は【FUMI】に任せる。だけど当日までに、誰を何に当てるか、どう処理するか。細かく報告をして頂戴。【FUMI】を失う訳にはいかないから。絶対よ。」

 強い師弟愛を、多治見と【JITTE】は見せてもらった。


「では、次回は二日の内でどうかな?」

 一通りの流れが決まったところで、多治見が言った。

「場所は?」【TEGATA】が問う。

「普段通りに僕が用意します。立地的には【SABAKI】の了解をいただければ、新宿辺りが良いのですが。」

「地元か?きついが、いい場所が有れば構わないよ。」

「では仕置き組全員と【FUMI】さんを含み、明中には、時間と場所を連絡いたします。」

「頼もしいね。」

「【SABAKI】の目が笑っていないのが怖いです。」

「今日のところはこれで解散だね。終電に間に合うかな?」

「もう二時を回っていますので、流石に――。始発でしたら」

「雑魚寝で良ければ、ここを使ってください。」

「姉さんと【FUMI】さんと一緒に寝られるんすか?何か興奮して別の意味で寝られないかも」

「あんたは外でも良いわよ。【FUMI】、窓を開けて、ベランダに寝袋置いて」

「そんな。それは余りにも僕が可哀想ですよ。」

「私はともかく、【FUMI】には手を出させないわよ。」

「【SABAKI】は、この扱いをどう思います?」

「もう休まれています。」【FUMI】が毛布を多治見に掛けていた。

「年よりは寝つきが云いからね。」

「あんたも寝つきが良ければ、ここで寝られたのにね。」

「そんな――。」

 正月四日。外の寒さは大変厳しい。【JITTE】は寝袋に押し込められて、外からチャックを安全ピンで止められた。その上で、廊下へ出され眠りに着いた。



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